テラーノベル
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合宿最終日の朝。空気は澄んでいたけれど、体育館へ向かう部員たちの間には、どこか落ち着かない緊張感が漂っていた。
「……というわけで、成瀬。今日のシングルス枠、遥の代わりは凌に行かせる。異論はないな」
朝のミーティング、小谷先生が淡々と告げた。遥は列の端の方で、悔しそうに自分の腫れた足首をじっと睨みつけている。
「……わかりました。凌、しっかりやりなさいよ」
成瀬がどこか含みのある視線を先生に向けながら承諾する。先生はそれに応えず、事務的に視線を落とした。
「紗南ちゃん、こっちにおいで」
集合が解かれた瞬間、凌先輩がふわりと微笑んで私の隣に並んだ。その自然で柔らかな物腰は、いつもの「完璧な先輩」そのものだ。
「……すごいね、成瀬。先生をあそこまで黙らせられるのは、彼女くらいかもしれない」
凌先輩は少し楽しそうに笑いながら、私の耳元で囁いた。
「紗南ちゃん。遥の代わりに僕が出るからには、絶対に負けないよ。勝ったら……昨日のココアの続き、もっとゆっくり話してくれるかな」
先輩の綺麗な顔が近くにあって、私は返事に詰まってしまう。
その時、横から強い力で腕を引かれた。
「おい紗南、こっち来い。ボトルの準備あんだろ」
遥だった。松葉杖をつきながらも、私の腕を掴む手には力がこもっている。
「……兄貴。あんまり紗南を困らせんなよ」
低く、地を這うような遥の声。
それを受けた凌先輩は、余裕を崩さないまま、けれど瞳の奥だけをスッと細めた。
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