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精神統一に次ぐ精神統一。
人並み外れた集中力を手に入れないことにはミッションは成功しない。そう口酸っぱく刷り込まれたウィルは、集中しているはずが次々浮かんでくる雑念に苦しんでいた。
ウィルに与えられた使命は、分身ギミックの完成と、ダンジョン内のモンスターを一括制御する機能の開発。しかしどれだけ苦悩したとて理解できるはずもなかった。
ウィルはとにかく集中力を高めればいいんだろうと、ゼピアの街外れにある修行の地として名高い滝壺のダンジョンを訪れていた。
「ああダメだ。どれだけ滝に打たれても、頭は働かないし雑念も消えない。どうしたら二人のように天才っぽくスマートになれるのだろうか。いや、待てよ。僕は既にスマートで天才だ。……だとすると、もしかして何もしなくて良いのでは?!」
ウィル背後で男の独り言を聞いていたイチルは、滝に打たれながら高笑いするウィルの頭をフレアとペトラに代わってゴツンと殴った。
「なッ、なぜ貴様がここに?! 貴様はムザイとチャラチャラ遊び歩いているはずではなかったのか?!」
「バカを放置すると危険だからな。ああ、そうだそうだ。小僧二人からコイツを渡すように頼まれていたんだった。お前はこれからコイツを常に腕に付けておけ。何があっても絶対外すなよ、外したらクビだからな」
イチルは糸状の特殊な金属元素で編み込まれた腕輪をウィルの手首に巻き付けた。
二人に頼まれたというのは当然嘘で、イチルが子供時代、父親に騙され付けさせられていた魔法とスキル矯正用の専用魔道具だった。
「これはなかなかイケてるじゃないか。ところでこれを付けると良いことでもあるのかい?」
「知らん、俺は頼まれただけだから。よし、じゃあしっかりやれよ。あ、あと一つ――」
頭から水をかぶっていた男の胸元をポンと押し込んだイチルは、ウィルを爆流の背後にポカンとあいている大穴へ突き落とした。慌てて腕を掴もうとしたウィルの指先をするりと躱し、イチルは「死ぬなよ~」と手を振った。
底も見えない穴底へと落下していくウィルの悲鳴が反響し鳴り響く中、厩舎から拝借したバットのコピーをウィルの監視に解き放ったイチルは、そのまま滝壺を後にした。
「さて次だ。ええとロディアはあそこだったな」
急いでラビーランドへと戻ったイチルは、その足で地下のコーティング加工された大広間に入った。
一時はムザイによって破壊されていたが、ようやく使えるまでに復旧した施設は、まだミアの使う魔法独特の匂いが漂っており、イチルは顔をしかめながら待ち構えていた面々に「よっ!」と挨拶をした。
「よっ、じゃない。散々ぱら待たせておいて、堂々と遅刻とは舐めるにもほどがある!」
怒り心頭なロディアをまぁまぁとなだめ、イチルはそのさらに背後で親の仇でも見つけたように睨みつけた面々に声を掛けた。
「遅れてしまって申し訳ない。早速だけど、今回キミらに集まってもらったのは他でもない。少し協力してほしいと思ってね」
地下室に集まっていたのは、過去討伐隊としてランドに踏み込んだ冒険者たちだった。
ピルロ、キート、ブッフ、ムブの四名は、いつかの礼とばかり、今にも襲いかかってきそうな顔でイチルを見つめていた。
「御託はいい。俺たちが集まったのは、ここのいけ好かない経営者を、心のままぶちのめしていいと言われたからだ。あの夜の恨み、よもや消えた思うまいな?」
ピルロが先陣をきり言った。
キートとブッフも同じように怒りをあらわにしたが、ムブは黙ったまま様子を窺っていた。
「あれはギルド側の手違いだったんだから、お互い恨みっこなしにようや。それに、今回の条件は、君らにとっても悪くないもののはず。だろ?」
言葉を詰まらせたブッフは、話だけ聞いてやると武器に置いていた指先を外した。
不穏な空気漂う地下空間でひとり息を飲んだロディアは、またイチルがろくでもないことを言いだすのではと苦心してた。
「突然ですが、皆さんにはあの時の鬱憤を晴らしていただくため、ここにおられますランドの管理責任者、ロディアお嬢様を、ボッコボコのグッチャグチャにする権利をお与えします。もちろん、何をしていただいても構いません。あーんなことや、こーんなことも、お気の済むまでやっちゃってください」
しばしの無音が続き、遮るようにロディアが「ハァ?!」と叫んだ。
イチルはロディアの耳元に顔を寄せ、「コイツらのスキルを全部盗め。それがお前に与えられたミッションだ」と二人からの課題を伝えた。
「バカを言うな。彼らはEクラスの冒険者だぞ、私とでは差がありすぎる!」
「知らん。これは俺ではなく、フレアとペトラが考えた指令だ。文句ならあいつらに言え(※九割嘘)」
「そんな……。あの二人は、私に死ねと?!」
消沈したロディアが目の前のターゲットを一瞥した。 ゴリゴリと骨を鳴らした四人は、今か今かとその瞬間を待ちわびていた。
血の気が引いたロディアは、一歩後退りながら「冗談でしょ?」と呟いた。
「あと今回はモンスター使うの禁止な。自分の力だけで、そいつらから全てを盗み、打ち負かしてみせろ。当然だが、最初から全力でやれ。……でないと死ぬぞ、奴ら本気みたいだからな」
耳元でクククと笑ってから、「では俺がここを出たらスタートです」と宣言した。
待てとロディアが縋るも、聞く耳を持たないイチルはすぐに振り向き手を振った。
「じゃ、せいぜい死なずに頑張れよ。バイバ~イ!」
一瞬でイチルが姿を消した。
「また騙された!」というロディアの悲鳴と同時に、ダンジョンのギミックが発動し、地上へ続く全ての出入口が封鎖された。
「さぁて、お嬢さん。本当に何をしても良いんだろうな?」
引きつったロディアの横顔を屋根裏から見届け、イチルはさらに急ぎ足で食事処へ向かった。 未だ客足の絶えない掘っ立て小屋の焼き場には、ただ一人仕事に残されたミアが亀肉を焼いていた。
「いらっしゃいませ~。こちら美味しい美味しい青鱗亀の串焼きで~す。なかなか食べられないレアな部位も用意していますよ~。この機会に食べてってくださいね~」
要望がある以上、簡単に全アトラクションを休業させられず、食事処だけ営業させたまま魔道具作りに移行することが決定し、ミアだけは食事処に残り、ただひたすら亀肉を焼くのだった。
「亀肉、一本おくれ」
「はいただいま! って、オーナーさんじゃありませんか。すみませんが、今はお客様への提供が先です。オーナーさんの分は最後!」
余裕がないのか、いくらかつっけんどんな態度のミアは、慣れは感じるものの、捌ききれない客の対応にてんやわんやしているようだった。
「少しは上手く焼けるようになったのか?」
「わかりません。ですが、初めよりは上手く焼けるようになってるはずです!」
生返事したイチルは、並んだ串の中で一番具合が良さそうな物を勝手に物色し、パクリと食いついた。
「あ!」と頬を膨らませ、ミアが邪魔しないでと声を荒げた。イチルは香ばしく焼き上がった亀肉を咀嚼しながら、嫌らしく何度も首を横に振り言った。
「ぜ~んぜんダメだな。これじゃ決まった時間肉を焼いただけの、どこにでもある凡飯だ。せっかくの材料が台無しだ」
少しムッとしたミアは、「だったらオーナーが焼いてみてくださいよ」と憎らしそうに言った。
仕方なく生の肉を一本手にしたイチルは、左手の指先で串を摘んだまま、右手でパチンと音を鳴らした。一瞬で焼き上がった亀肉は、あまりにも芳醇かつ鮮やかな照りを放ち、全ての肉汁を包み込んだまま、ジュウジュウと優雅な音を発していた。
「ハエッ?! どゆこと、どうして?」
焼き上がった肉を困惑するミアの口に突っ込んだイチルは、ミアが焼いたものと自身が焼き上げたものの違いを聞いた。
パリッとした食感と、とろけてなくなってしまうほど柔らかく調理された亀肉の旨さに悶絶したミアは、「なんですかこれ?!」と驚きのあまり悲鳴を上げた。
「楽することを良しとするな。いかに短時間で、いかに美味いものを作るか。それを常に模索しながら働け。いいか、とりあえず数日内に、今食ったレベルにまで肉の質を高めろ。わかったな?」
「質って、そんなぁ……」
「そこまで焼けるようになったら……、残りは閉めて休んでていいぞ。ということで、後は頼んだ」
「休んじゃっていいんですか?!」と、どこか嬉しそうに半笑いを浮かべ、ミアが言った。
イチルは悪人顔で何度か頷きながら、「連休を楽しんでくれたまえ」と返した。
よーしと腕まくりしたミアが新たな亀肉に火を入れるのを確認し、イチルは背後で様子を窺っていたムザイに合図を出した。
食事処を出てすぐに、ムザイが声を掛けてきた。イチルはもう一度ミアにしたように、何度も頷きながら言った。
「お子様二人は俺が手を下すまでもないだろう。あっちはあっちのボスがいるからな」
「ボス?」と首を捻るムザイの肩に手を置いたイチルは、ミアにしたより卑猥に、かつ嫌らしく、それでいて楽しげに微笑みながら言った。
「人の心配より、お前は自分の心配をした方が良いんじゃないか。悪いが俺を連れ出しちまった以上、もう冗談でしたでは済まさんぞ。……覚悟はできているんだろうな?」
言葉尻を読み取ったムザイが、これまでになく青褪めた表情に変わった。
それでもムザイは、冷や汗を拭いながら「上等」と啖呵を切った。
「俺が仕事をするのはこれが最後だと思え。初めに確認しておくが、アライバルがどんな存在かは知っているな?」
「冒険者を目的の地へ送り届けるのが務めであり、決して冒険者を手助けしてくれる存在ではない。これでいいか?」
「ふぅん、まぁいいだろう。それで何処へ行きたいんだって?」
ムザイは用意していた紙と、ギルドから受け取った討伐依頼書を併せて手渡した。
文言に軽く目を通したイチルは、もう一度ムザイの目を見てから、「本気だな?」と確認した。
「決めたことだ。瓦礫深淵なら、二人が求める魔石が必ず手に入る」
「確かに。で、勝算は?」
「……ない。が、どうにかする」
「どうにかするか。くく、良いだろう、案内してやる」
イチルは受け取った紙をすぐに燃やし、「久々の仕事だな」と首を鳴らした。
緊張した面持ちで後に続くムザイは、武者震いなのか、小刻みに身体を震わせながら、ふぅと大きく息を吐いた。
「では各自、しっかりと働きましょうかね。《ラビーランド魔道具開発大作戦(仮)》、これよりスタート!」