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第4話 試作品のケーキと、知らない記憶
カラン。
「いらっしゃい。」
『こんにちは、燈矢さん!』
「……うるせぇ。」
翌日。
約束通り――いや、誘われたと思い込んだ啓悟は、講義が終わるなり(『Blue Flame Cafe』)へ駆け込んできた。
『ちゃんと来ましたよ。』
「別に来なくてもよかった。」
『昨日、「来い」って言いましたよね?』
「言ってねぇ。」
『言いました。』
「言ってねぇ。」
「言いました!』
「……うるせぇな。」
燈矢はため息をつきながらも、ショーケースの奥から皿を取り出した。
「ほら。」
『え?』
「試作品。」
目の前に置かれたのは、シンプルなチーズケーキだった。
『わぁ……!』
「大したもんじゃねぇ。」
『いただきます!』
一口食べた瞬間、啓悟の目が大きくなる。
『……美味しい。』
「そう。」
『すごく美味しい。』
「……。」
『これ絶対売れますよ。』
「そうか?」
『うん。』
啓悟が嬉しそうに笑う。
燈矢はそっぽを向いた。
「なら、出すか。」
『え。』
「メニュー。」
『……俺の感想、参考にしたんですか?』
「別に。」
『したんだ。』
「……。」
『燈矢さん。』
「何。」
『ありがとうございます。』
「……何で礼言うんだよ。」
『なんとなく。』
燈矢は眉をひそめた。
「変な奴。」
『また言った。』
二人のやり取りに、店内の空気が少しだけ柔らかくなる。
その時だった。
ーー(『………荼毘』)
ガシャン。
「……っ。」
突然、燈矢の手からグラスが落ちた。
『燈矢さん?』
割れたガラス。
飛び散る破片。
そして。
赤い羽根。
炎。
苦しそうに歪む金色の瞳。
ーー(『……生きて。』)
「……ッ!」
『燈矢さん!』
気づけば、呼吸が浅くなっていた。
心臓が嫌な音を立てる。
頭が痛い。
知らないはずの景色が、脳裏を焼く。
『……大丈夫ですか?』
啓悟の声。
その瞬間。
「……啓悟。」
名前が零れた。
啓悟の表情が固まる。
『え……?』
燈矢自身も驚いていた。
「……何で。」
どうして。
名前を呼んだだけなのに。
胸が締め付けられる。
泣きそうになる。
「……ごめん。」
『え?』
「……何か、分かんねぇけど。」
啓悟は息を呑む。
「お前見ると、変なんだ。」
『……。』
「どっかで会ったことあんのか。」
問いかける声は、ひどく真剣だった。
啓悟の喉が詰まる。
言うべきか。
(『前世で会ってたんです。』)
そう言えば、楽になるのだろうか。
でも。
もし思い出した先にあるのが苦しみだけなら。
『……初対面ですよ。』
啓悟は笑った。
『ただ、俺が燈矢さんのこと気に入ってるだけ。』
「……そうか。」
燈矢は目を伏せる。
納得したわけではない。
それでも、それ以上は聞かなかった。
「ガラス。」
『あ、片付けます。』
「危ねぇから座ってろ。」
『でも。』
「いい。」
ぶっきらぼうに言って、燈矢はしゃがみ込む。
『……。』
啓悟はそんな背中を見つめた。
前世では。
あんなふうに誰かを気遣う余裕なんてなかった。
怒りと憎しみに飲まれていた。
だけど今の燈矢は違う。
穏やかで。
不器用で。
少し優しい。
『……よかった。』
思わず呟く。
「何が。」
『燈矢さんが、幸せそうで。』
燈矢の手が止まった。
「……俺が?」
『うん。』
「……。」
少しの沈黙。
「……幸せかどうかは知らねぇ。」
『え?』
「でも。」
燈矢は立ち上がる。
「前よりは、悪くねぇ気がする。」
『……。』
「……何だよ。」
『いえ。』
啓悟は笑った。
今にも泣きそうな顔で。
『本当に、よかったなって。』
燈矢は眉をひそめる。
「だから何なんだ、お前。」
『秘密です。』
「気持ち悪ぃ。」
『ひどいなぁ。』
そう言いながら。
啓悟の胸は少しだけ軽くなっていた。
思い出さなくてもいい。
全部を背負わなくてもいい。
この人が笑っていられるなら。
それで十分だと思っていた。
――この時までは。
閉店後。
一人になった店内で。
燈矢は額を押さえていた。
(『……生きて。』)
(『……荼毘。』)
(『お願い――』)
「……っ。」
頭が痛い。
知らない声。
知らない感情。
それなのに。
どうして。
「……会いたい。」
ぽつりと零れた言葉に、自分で目を見開いた。
誰に?
何で?
答えは分からない。
ただ。
「……明日も来るんだろ。」
金色の瞳をした大学生の笑顔が、頭に浮かんだ。
そして、その頃。
アパートへ帰る途中の啓悟は、夜空を見上げていた。
『……ごめんね。』
思い出してほしい。
でも。
思い出してほしくない。
矛盾した願いを抱えながら。
『今度こそ、幸せになってほしいんだ。』
小さく呟いた。
その想いが届くように。
夜風が静かに吹き抜けていった。
第5話へ続く
「雨宿りと、忘れられない温もり。」
ーーNEXT♡
コメント
1件
うわあ、第4話、すごく良かったです……! 試作品のチーズケーキを巡るやり取りがもう、燈矢さんの不器用な優しさにじんわり来ました。「別に」「言ってねぇ」って言いながら、ちゃんと啓悟くんの感想を参考にしてメニューに出すって決めるの、完全に照れてるじゃないですか(笑)。それでいて急にフラッシュバックする記憶の断片――「荼毘」って名前と「生きて」っていう声が、すごく胸に刺さりました。啓悟くんが「初対面ですよ」って笑ってごまかすところ、あの優しい嘘に泣きそうになりました。燈矢さんが「前よりは悪くねぇ」って言えたこと、本当によかったですね。次回も絶対読みます!