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このお話すごく好きです!続きが読みたいです!
キーの返却のところ凄く好きです🥰
目が醒めるとベッドの中にいた。いつの間にか朝を迎えていたらしい。カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。
シャワーを浴びて残滓の後始末をしたところまでは覚えていたが、その後の記憶がはっきりしない。
気を失ってしまったんだろうか。
藤澤はぼんやり考えながら、隣にいる筈の温もりに手を伸ばした。が、先程まであっただろう温もりはもう既に無い。伸ばした手は虚しく宙を切るのみだった。
「元貴」
ゆっくりと身を起こして布団から出る。名前を呼んでみたが、大森の姿はもうどこにも居ない。
自分が眠ったのを見届けてから、自宅へ戻って行ったのだと藤澤は思った。ふと、思うことがあり、藤澤はガウンを羽織りながら寝室を出た。廊下からリビングへ向かう途中にあるキーボックスを開けて、確かめる。
「ちゃんと閉めてってくれたわけね」
部屋のキーが一本なくなっているのを確認して、藤澤は口元を緩めた。
こうして大森が藤澤の部屋にやってきて夜を過ごした後、彼は必ず施錠して帰ってゆく。
「オートロックだし大丈夫なのにね」
一緒に朝まで過ごすことのない大森が、不思議ではあったけれど、藤澤はそのことに関しては何も不満はなかった。
彼は多忙極まりない生活をしていることは分かっていたし、現に今日だって事務所にて打ち合わせの予定がある。
「あ、そうだ、打ち合わせだ」
仕事の打ち合わせがあるということは、事務所の人間が迎えに来るわけで。
藤澤は時計を見ながら慌てて身支度を整えるのだった。
完全に頭を覚醒させるために、もう一度シャワーを浴びる。髪を濡らさないよう、髪留めで纏めると、ふと脇腹に虫刺されのような痕を鏡越しに見つけてしまう。
昨夜の行為がふと脳裏に浮かび、藤澤は身体が熱くなる、が、それも刹那。
「しっかりしろ、これから仕事なんだから」
自身に言い聞かせるようにそう呟くと、藤澤はシャワーのコックを締め、浴室を後にした。
それから程なくして、マネージャーが藤澤の部屋のインターホンを鳴らした。いつも通りに返事をして、エントランスへと向かう。事務所の車が停まっていることと、運転席の見慣れた顔を確認すると、藤澤は小走りに駆けて行った。
「おはようございます、今日もよろしくお願いします」
「おはようございます、藤澤さん。この後大森さん迎えに行きますので、宜しくお願いします」
そう、いつもの流れがこうなのだ。
だから、大森は藤澤の部屋で一夜を明かすことはない。迎えに来る手間を考えると、一緒にいた方がいいかもしれなかったが、大森も藤澤もその辺の線引きはするべきだと考えていた。
というのはほんの建前で、実際は事務所の人間に色々詮索されることが煩わしかったのもあるが。
藤澤は大森との関係をあえて隠しているわけではなかったが、大っぴらにしたいとは考えてはいない。知られないのならそれに越したことはなかったし、自分達だけに止まらない影響を鑑みると、あえて言わない方が最善だと思っている。
多様性が受け入れられる世の中にはなってきていたが、やはり色眼鏡を通して見られることには違いなかったからだ。
そんなことを考えているうちに、車は大森の住むマンションの敷地内へと入って行った。
きっと、藤澤の時と同じようにマネージャーは来客用の駐車場に車を停める。そして、後部座席の藤澤にこう言うのだ。
「藤澤さん、すみません。さっき大森さんにコールしたんですが出なくて。インターホン鳴らしてきますんで少し待ってて貰えますか」
モーニングコールに返答がなかったということは、まだ寝ている可能性が高いな。
「構いませんよ。元貴、まだ寝てるのかな」
「寝てたら叩き起こして連れてこなきゃですね」
彼の睡眠不足の一因を作ったのは紛れもなく自分だと思いながら藤澤はそう嘯く。
「すみません、ちょっと行ってきます」
申し訳無さそうにマネージャーはそう言い、車を後にした。
インターホンを鳴らす姿が、車内から見える。大森が返答した素ぶりはないままだ。何度かインターホンを鳴らすと、ようやく返答があったのか、エントランスのドアが開いた。小さくため息を吐きながらマネージャーが中へと入っていくのを藤澤は見つめた。
それから少し経って、眠そうな顔をした大森を伴ってマネージャーは車へと戻ってきた。
「ごめんねー、涼ちゃん」
「大森さん早く、乗ってください」
後部座席のドアを開けてあくびをしながら謝る大森は明らかに睡眠不足で。辛うじて身なりは整えたのだろうが、コンタクトを入れる間もなかったのか、眼鏡をかけていた。
「おはよう元貴」
大森は隣に座ったまま、すっと手を藤澤に差し出した。
マネージャーに気取られないよう、藤澤は顔色を変えずに大森から部屋のキーを受け取る。
そう、これまでがデフォルトなのだ。
藤澤の部屋で夜を過ごした大森は夜明け前に彼の部屋を出る。スペアキーで彼の部屋を施錠して自分の部屋へと戻り、翌日何事もなかったかのように藤澤にキーを返却する。
お互い、正面を向いたまま、マネージャーと笑い話をしながら。ルームミラーに映らない箇所でこういうことをする背徳感。
キーを受け取った藤澤の手に、大森は自分のそれを重ねた。
ゆっくりと伝わる大森の体温。
ああ、俺は元貴のことが大好きなんだ。
藤澤が実感するのを感じ取っていたのか、大森は藤澤の手を優しく包むように握りしめた。
程なくして車は事務所へと到着する。と、同時に大森の手は藤澤から離れて行った。