事務所の関係者駐車場で車は停まる。ドアをあけてまず大森、続いて藤澤が車内から出た。
相変わらず眠たそうにあくびをした大森と並んで出入口まで歩くと、見慣れた車が目に入った。
「おはよう。涼ちゃん、」
「おはよう、若井も今?」
バンドメンバーで、大森とは中学からの付き合いである若井滉斗が丁度車をキーを閉めた所に遭遇する。
「そうなんだよ、渋滞にハマっちゃってさぁ。もっと早くに着くはずだったのに。元貴は眠そうだね、おはよ」
遅くなった理由を藤澤に口を尖らせながら言う若井は、まだぼんやりとした表情の大森にも声を掛けた。
「おはよー若井」
止まらないあくびを押し殺すように大森は返事をした。そんな大森に、若井は苦笑いをしながらも藤澤ととりとめのない話を続ける。
いつも通りの朝の出勤風景。これを出勤と呼ぶのかどうかはわからないが。
三人三様、まさにそんな表現の通りに、1日が始まろうとしていた。
「この件についてなんですが、僕達としてはこちらの案で進めたいと考えてるんですが」
会議が始まって数分後。
さっきまであくびが止まらずにいた大森はまるで別人のように饒舌に捲し立てる。
オンとオフがはっきりしている、つまり切り替えが早い。
ぼんやりした大森の顔つきが一瞬にして変わる様は今に始まったことではないが、やはり目の当たりにすると感心してしまうなと藤澤はしみじみ思った。
これからのスケジュールや展開などについての提案、マスコミ向けの発表などなど。
目まぐるしい予定がマネジメントから発表されるたびに、大森は的確に提案意見を述べてゆく。勿論、藤澤や若井の意見もそこにあり、三人で話し合って決めたことばかりではあるが。
このギャップが魅力なんだろうな。
藤澤は大森の発表する様を眺めてそう心の中で呟いた。
大森の話す言葉、そして資料をめくる指先、そして真剣な眼差し。
全てが、惚れ惚れするくらいかっこいい。
藤澤は大森の顔から目が離せなかった。
大森の口も、指先も、声も、眼差しも、昨夜あんなにも熱っぽく藤澤を求めてやまなかったものと同じなのだから。
長丁場となってしまった打ち合わせ会議を終えると、少しばかり休憩を取ることになった。
藤澤はコーヒーを買いに休憩コーナーの自販機へと向かう。と、そこには大森がいた。
「お疲れさまだったね」
「うん、久々にあんなにたくさん喋ったかもね」
言いながらコーヒーを啜る大森は先程とはうってかわって穏やかな表情だ。
いつもの元貴だな、と藤澤は思いながらコーヒーのボタンを押す。紙コップがセットされてコーヒーの芳醇な香りが鼻を掠める。淹れ終わった電子音と同時に、扉を開けて紙コップを取り出した。
藤澤は大森に背を向けたまま、コーヒーを啜る。
と、背中に温かい感触がした。
「涼ちゃん、さっきずっと俺のこと見てたね」
藤澤の背を後ろから抱きしめるようにしてひっついてきた大森に、藤澤は驚いて目を見開いた。
2人だけの部屋ならともかくとして、ここは事務所の休憩コーナーである。誰がなんどきでも入って来られるような環境で、この状況はまずいのではないだろうか。
「元貴、だめだよ。こんなとこで」
スタンドテーブルにコーヒーを置き、藤澤は大森の抱擁から逃げようと身じろいだ。しかし大森は藤澤を抱きしめる力を弱めることはなかった。
背中に埋めた顔をあげて、藤澤の頸にそっと唇を這わせる。
「涼ちゃん、物欲しそうに俺のこと見てたでしょ」
触れるか触れないかの口付けを首筋に落としながら大森はそう言って、藤澤の聴覚を犯してゆく。
「そんなつもりじゃっ…っ、、ん」
俯いた藤澤の耳は紅潮して、くぐもった喘ぎが漏れてしまっていた。
「可愛い、涼ちゃん。今すぐここでブチ犯したくなるくらい、可愛いよ」
優しい口調でとんでもない台詞を吐く大森。
藤澤は目に涙を浮かべて抱きしめられたまま、その顔を振り向いた。
「元貴、ダメ…ここじゃ」
まるで小動物のような仕草に、大森は藤澤の身体から手を離した。
「ごめんね、涼ちゃんが可愛すぎて意地悪しちゃった。泣かないで、涼ちゃん」
「元貴のバカ、、、びっくりしちゃったじゃん…」
藤澤は俯むくと、堪えきれなくなったのかそのままはらはらと涙を流してしまった。大森はバツの悪い表情を浮かべて藤澤の背をさする。
「ごめんね、涼ちゃん」
藤澤の目尻を伝う涙を拭うと大森はその髪を撫で、耳元でそっと囁いた。
「後で、いっぱい愛し合お?」
そう言われてしまうと藤澤はもう抗う気持ちなど消え失せてしまうのだった。
コメント
4件
んははー
更新ありがとうございます!胸キュンでした🥹