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うわあああ、今回めちゃくちゃ胸に来た……!! 鈴奈がついに本当の自分をさらけ出して「好きだったから」って言えたシーン、泣けたよ。恒生さんも借金肩代わりしてくれて、ただのいい人じゃない熱さがあるよね。別人格に打ち勝つ鈴奈の内面の成長もエモい。次が気になりすぎる🔥
長年に渡って染み付いてしまった臆病でマイナス思考な性格は、簡単に変えることなどできない。
それによってもたらされた数々の難局から、これまではずっと逃げてきた。心がどんなにすり減ろうとも、見て見ないふりを続けてきた。
その結果がこれ。
唯一残された道は、ダメな自分としっかり向き合って正直になること。それしかない。
エレベーターが1階ロビーに到着し、辺りを見渡した。
恒生はすぐに見つかった。ロビーソファーの脇で所在無げに佇む恒生の姿がある。怜央は見当たらない。
「恒生さん」
歩み寄って声をかけると、恒生は強張った顔を鈴奈に向けた。
「やあ。仕事中に抜け出して大丈夫かい?」
「恒生さんこそ、お仕事は」
「僕はいいんだ、外回りのついでだから」
「あの……怜央さんはどこに?」
「僕ひとりだよ。姉から驚くような話を聞いて、急いで会いに来たんだ」
驚くような話……おそらく怜央から鈴奈の真実を聞いたのだろう。
あえて怜央は顔を出さずふたりきりにして、どんな最悪な結末を迎えるか陰で楽しんでいる。いかにも奸智に長けた怜央の考えそうなことだ。
ここで話をするのもなんだから外へ出よう、と言う恒生のあとに続いてビルを出た。
道路沿いを少し歩くと、立ち並ぶビルの隙間にちょっとした公園がある。昼はランチをする人々で賑わうが、この時間帯はひっそりとしていた。恒生と並んで、公園のベンチに腰掛ける。夏の日差しが降り注ぐとはいえ、ビル風が心地よく頬を撫でた。
「姉から聞いて、まさかと思ったよ」
「そう……でしょうね」
「信じられなかった。なんで、もっと早く言ってくれなかったんだ」
「ごめんなさい……」
恒生はふうとため息をつくと、おもむろに鈴奈に顔を向けた。
「まさか、弟さんがそんな重大な病を抱えていたなんて」
「えっ?」
「一刻を争うんだろ? すぐに手術しないと助からない。だがそれには大金がいるが、リサさんは用意できなくて困っているそうじゃないか」
「あ、あの……」
「この前、沈んだ表情のリサさんを見て、なにか秘密を隠しているんじゃないかと疑ったんだ。それもとても深刻な秘密を。そう思うと心が落ち着かなくて、楽しく過ごせなかった。だけどやはりそれは本当だったんだね」
あの時、浮かない表情を浮かべていたのは、タカシのキスマークに気づいたからじゃなかった?
いやいや、そんなことより。
怜央はどういうつもりで、婚活サギの嘘を恒生に吹き込んだのだろう。真実を隠して。
おそらく、あの怜央のことだ。恒生がいかに鈴奈に騙されるかを楽しむことにしたに違いない。
でも、そんな手には乗らない。乗るものですか。
鈴奈は唇を噛み締めて、ぐっと拳を握った。
「こんなこと言うと失礼なのはわかっているが、僕、お金はそこそこ持っているんだ。手術に必要なお金は500万、それとも1000万? それくらいなら、すぐにでも用立ててあげられると思う」
いつしか涙があふれていた。
恒生の誠実な気持ちが、ひしひしと伝わってくる。こんな素敵なひとを裏切れるわけがない。
「……違うんです」
「なにが、違うんだい?」
「私に弟なんていません。実は私……婚活サギ師なんです」
「婚活サギ師?」
「はい。本当の名前は前橋リサではなく、幸手鈴奈。ずっと恒生さんに嘘をついてきました。本当にごめんなさい」
あっけにとられる恒生に、鈴奈はたんたんと話を続けた。
元カレの借金を背負わされて、ヤミ金の黒崎に無理やり婚活サギを命じられたこと。
ターゲットとして、マッチングアプリで恒生を選んだこと。
別人格が現れて、鈴奈が知らないうちに刑事のタカシから同じ手口で500万を奪った。だけど、そのお金は返すつもりだと。
「……これが真実です。恒生さんには、もう嘘をつきたくない」
恒生は強張った顔で、公園の噴水で遊ぶ母子をじっと見つめていた。
さながら永遠の時が流れ、鈴奈がすべての終わりを悟ったとき。
ぼそっとつぶやくように恒生が言った。
「どうして、その話を僕に?」
涙が止まらなかった。でも、気づいたら心からの本心を口にしていた。
「だって、恒生さんのことが好きだったから」
恒生は黙ってベンチから立ち上がると、腰を手で払った。
「もう行かなきゃ」
「はい……」
「最後にひとつだけ教えて欲しい」
「なんでしょう」
冷たい表情で恒生はポケットからハンカチを出すと、鈴奈にすっと差し出した。
「黒崎ってひとの連絡先だよ」
◇
寂れた商店街からアパートへと向かう道は、真っ赤な夕焼けに染まっていた。
あれだけ騒がしかった蝉の声も、ここ数日でずいぶん静かになったような気がする。
『ねえっ』
歩きながら鈴奈の頭のなかで声がした。それは別人格の怒った声だ。
『キミはキミのままでいいのに、どうして余計なことをするわけ?』
鈴奈はその声を無視した。今は別人格とやり合う気分じゃない。だけど、別人格は勝手に話を続けた。
『あたしに言われて自我が芽生えちゃった? 今更、グズで情けない自分から抜け出そうとしてる? お笑いもいいとこね。どうせすぐに、あたしと入れ替わるのに』
鈴奈は立ち止まって、赤色から群青色に移りゆく空を見上げた。そうして、こう口にする。
「それも、いいかもね。じゃあ、今そうして」
別人格は押し黙る。歯ぎしりする音だが聞こえてくる。
「そっか、できないんだ」
そう呟くと、頭の中からふっと別人格が消えていった。最後の言葉を残して。
『今回は、キミの勝ちね……』
自分の中に存在する別人格の影が、以前より薄くなっているのを鈴奈は感じていた。それは鈴奈の心境に変化が訪れたせいなのか。自分を変えたいと思う心が、別人格の力を弱めたのか。
いずれにしても、別人格の思惑に反して、鈴奈をけなした言葉が結果的に励ます力となったのは事実だった。
一番大事なひとを失った今となっては、もうどうでもいいことだけど。
無心でとぼとぼと歩いてアパートに辿り着くと、道路脇に見慣れた黒いレクサスが停まっていた。
窓から黒崎が顔を出す。
「おう。ちょっと乗れや」
鈴奈は無言でドアを開け、言われるがまま助手席に乗り込んだ。
「なんだ? おまえ、いつもと違うな」
「そうですか。それでなんの用ですか。1000万円の支払い期限は、まだ数日残ってると思いますけど」
「なに、ふてくされてんだ。わざわざ出向いてやったのによ」
黒崎はカバンから一枚の紙を取り出すと、鈴奈に向ける。
「ほれ、例の借用書だ」
「それが、どうしたんですか」
「返してやるよ」
「えっ?」
鈴奈は紙を受け取ると、しげしげと見つめた。確かにこれは祐也の借用書だ。騙されて押した鈴奈の印もある。
「碓氷って男から連絡があって、カイシャの口座に1000万が振り込まれたんだ。これでおまえの借金をちゃらにして欲しいってな」
鈴奈は借用書に見入ったまま、驚きで声も出なかった。
「晴れて借金地獄からサヨナラってわけだ。碓氷は婚活サギのターゲットだったんだろ。おまえ、やっぱり才能あるじゃねえか」
「……」
「その才能を使えば、もっとでっかく稼げたのにな。でも、まあいい。おまえの顔を見るのも、そろそろ飽きた頃合いだ」
鈴奈は借用書を握りしめて呆然としたまま、車を降りた。
恒生さんが、いったいなぜ。こんな最低としか言いようがない裏切り者の私なんかのために……。
短くクラクションを鳴らして走り去る車を、鈴奈は唇を噛み締めながらいつまでも見つめていた。