テラーノベル
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その晩のこと。
アパートの薄暗い部屋で鈴奈はからだをを丸めて床に座り込み、手に持ったスマホを見つめていた。
画面には恒生の電話番号が映し出されている。発信ボタンに指を伸ばしては戻す。もう何時間もずっとその繰り返し。
なぜ、私のために黒崎に大金を払ったのか確かめたい。いや、それよりもただ、恒生と話がしたくてたまらない。
だけど今更電話なんて。恒生は私の声など聞きたくもないだろう。もう、恒生とは終わったんだ。
心は悶々と彷徨う。それは狂おしいほどに。
想いに耽るあまり、荒々しくがちゃがちゃとドアノブを回す音など耳に入ってこなかった。
はっと気づいたときには、いつしか目の前に祐也のストーカー女が仁王立ちしていた。
「な、なんですか!」
呆気に取られて座ったままバタバタと後退りする鈴奈を、ストーカー女は伸び切った髪の隙間から覗く小さい目でじっと見つめる。
ぶるぶると小刻みに震えるその手には、鈍く光る包丁が握られていた。
「祐也は……どこ……」
地を這うような声で、そう呟く。
「だから祐也は、もう死んでるってば! あなたが殺したのよ!」
「そんなはずない……祐也はきっとここにいる。わたしにはわかってるの」
「狂ってる。もう出ていって!」
「いやだ。祐也を出さないなら……ノロウ。いや、ノロウのはもうやめた。おまえをコロス、コロシテヤル」
女は包丁を、鈴奈に向かって突き出す。
すると突然、祐也の幽霊が鈴奈の隣に現れた。馴れ馴れしく鈴奈の肩を抱きながらハイテンションで声をあげる。
『はーい。俺はここだよ! と言っても、俺の姿や声は鈴奈にしか認識できないけどね』
「祐也、いったいなんなのこのひと。どうにかしてよ!」
『ちょっと待った。彼女がこの家の合鍵を持ってると気づきながら、鍵を変えなかった鈴奈だってどうかしてるぜ』
「だって最近、それどころじゃなかったから」
『まあ、おかげで俺の作戦どおりだけどな!』
「え? それって、どういう意味よ」
祐也は立ち上がると女の後ろに回り、その両肩に手を置き鈴奈に向かってニタっと笑った。
『つまりは、このストーカー女に殺されて欲しいってわけ』
「はあっ!?」
『俺のアパートへ行ってくれって頼んだのも、この女と鈴奈を会わせるためだったんだ。こいつは俺の彼女だった鈴奈を憎んでた。だから鈴奈を殺してくれると思ってさ』
「いったい、なぜ……」
驚きのあまりポカンと口を開ける鈴奈に、祐也は拗ねた表情を浮かべた。
『だって、霊界にひとりぼっちは寂しいんだもん。鈴奈がこっちに来れば、楽しいかなってね』
「そ、そんなことのために……!!」
呆然とする鈴奈に、ストーカー女はキッと鋭い眼光を向けた。
「なにをだらだらと独り言を呟いておるのだ。いいか、よく聞け。これからおまえをコロス。そのからだを、ザクザクと引き裂いてやる」
女は包丁を振りかざす。
狭い部屋に逃げ場はない。もうだめだと覚悟したその時。
ごとり、と音がして再びドアが開かれた。
ぬっと姿を現したのは、隣の部屋のヤンキー女。
「なに、お取り込み中?」
今にも鈴奈を包丁で刺そうといった体勢のストーカー女と、座り込んだまま手で顔を防御して歯を食いしばる鈴奈。
誰がどう見ても修羅場としか言いようのない光景にもかかわらず、ヤンキー女は怪訝そうな顔をしながらずかずかと部屋に上がり込んできた。
「なんだ、おまえは」
気勢をそがれたストーカー女は、ふっと肩の力を抜くとヤンキー女に向き直る。
「アンタには関係ない。この女を殺しにきただけ」
「はあ?」
「旦那を殺したこと、気づかれちゃってさあ。警察に告げ口されたくないから、もうこいつも殺すしかないんだよね」
ヤンキー女の手にもまた、包丁が握られていた。
包丁を手にしたふたりの女が、面と向かって睨み合う。
「そっちの事情は知らないけど、わたしが殺しちゃっていい?」
「だめだ。この女はワタシがコロス」
「あ、そう。まあ、死んでくれるなら誰が殺しても一緒か。じゃあ、どうぞどうぞ」
「いや、待て。おまえもコロシに来たのだろう。ならば、目的を果たさぬか。こっちこそ、どうぞどうぞだ」
お互いに包丁を握りしめたまま、まるでコントのように譲り合うふたりの女を見て、祐也はけらけらと笑っている。
「ああ、もう面倒くさい。じゃあ、いっせいのせ、でふたりで刺しちゃおうか」
「それで良かろう」
やっと意気投合したふたりが頷き合い、鈴奈に向かって同時に包丁を振りかざしたその時。
三たび、ドアが開かれた。
慌ただしくどかどかと部屋に上がり込んできたのは、タカシと前に来たことのある小林と坂井、ふたりの刑事だ。
入ってくるなりタカシは、怒りをあらわにしながら声を張り上げた。
「幸手鈴奈! 詐欺罪の容疑で逮捕する! 署まで同行……ってあれ?」
そこでようやく、ただならぬ状況に気づいたタカシはポカンとする。
刹那、極小の鈴奈の部屋にひしめき合う大勢の人々が、一斉に固まった。
「「「「「は?」」」」」
時間の止まった世界で鈴奈は、ひとり立ち上がると窓を開ける。
そこから逃げたかったからじゃない。ただ怒りや憎しみのない新鮮な空気を、からだいっぱい受け止めたかっただけ。
小さな手すりから思いっきりからだを乗り出して、天空に浮かぶ満月に向かって手を差し出した。
それは、とっても大切な愛のひかり。ずっと探し求めていたもの。
からだが揺らぐ。
バランスを崩した鈴奈は、そこから転落した。
◇
『ちぇ、つまんねーの』
病室のベッドの端っこに腰掛けて足をぶらぶらさせている幽霊の祐也が、つまらなそうにポツリと呟く。
頭に包帯を巻いた鈴奈は、祐也を睨みつけた。
「死んでもあんたと一緒になんか、ならないから」
『あちゃー』
祐也はわざとらしくも肩をすくめる。
「二度と私の前に姿を現さないで。出てこれないようにお坊さん呼んでお祓いしてもらう」
『え……待って、それだけはやめて。そんなことされたら俺、地獄に堕ちちゃうじゃない』
「あなたなんか地獄がお似合いよ。地獄でナンパでもしてれば?」
『そんな、鈴奈ちゃん。後生だからお祓いだけはやめて。ね?』
「今更かわいこぶってもダメ。祓われたくなければ、もう金輪際現れないで」
『ううっ……そんなあ……』
泣きながら祐也は、その姿を消していく。それでもまた、しれっと現れるだろうが、鈴奈は決心していた。
もう、祐也には絶対に関わらないと。退院したらきちんとお祓いしてもらおうと。
あの晩、アパートの二階から落下した鈴奈は、頭を強く打って意識を失った。
一週間後にようやく病院で目覚めた頃には、いろんなことが終わったあとだった。
ストーカー女とヤンキー女は、居合わせた刑事たちによって逮捕された。
どちらもそれぞれ、祐也と旦那殺しの容疑がかけられており、おそらく長い刑務所生活となるだろう。
鈴奈の起訴は見送られた。
部屋にあった500万のお金はタカシの手に戻ったし、なにより捜査二課でサギ犯罪を担当しているタカシがサギ被害に遭ったとなれば警察としても都合が悪いのだろう。
500万円は個人どうしの単なる貸し借り。それで全てはなかったことにされた。
あの日、黒崎に初めて会ったのをきっかけに、どっと押し寄せていた大波が、すっと泡となって消えていったような気がする。
全ては終わった。なにもかも。
心に大きなしこりだけを残して。
いつしか涙が溢れ出てくる。目を瞑っても、涙はとどまることなく頬を流れ落ちていく。
「鈴奈さん」
どこか懐かしいその声が、聞こえた。
空耳だ。そう思って、さらにぎゅっと目を瞑る。
ふと顔になにかの感触があり、はっとして目を見開いた。
涙でぼやけた視界に入ったのは、スーツ姿の恒生だった。幻影なんかじゃない、ホンモノの恒生だ。
恒生は、ハンカチを鈴奈の目元に当てていた。何度目だろう、恒生のハンカチで涙を拭うのは。
いつものクールな目でじっと鈴奈を見つめている。なぜ、ここに恒生さんが。
「無事でよかった」
「どうして……」
「どうしてって、きみは大事なひとだから。だから会いに来た」
「だ、だって私、恒生さんを騙してサギを働こうとしてたんですよ。そんな最低の女に、恒生さんと会う資格なんか……!」
心が昂って泣きじゃくりながら吐露する鈴奈の口を、恒生は人差し指でそっと押さえる。
「黙って。僕はきみに騙されたりなんかしてない。僕の意思で行動したまでだ」
「いや、でも」
「こう言ってはなんだが。僕たちお互いに、どこか欠陥を抱えていた。だからこそ、惹かれあったんだよ」
恒生は鈴奈に顔を寄せると、ごく自然にキスをした。
それはとても甘いキスを。
コメント
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うわああ第22話読み終わったよ!!😭💦 いやもう最後の最後までハラハラしっぱなしだった…!ストーカー女とヤンキー女が包丁持って「どうぞどうぞ」って譲り合ってるの、修羅場なのにちょっと笑っちゃったんだけどww🤣 でもその後の鈴奈の転落シーンはマジで心臓止まるかと思った…。そして祐也の「寂しいから一緒に来て♡」はエグすぎるでしょ、それ呪いやんけ!! 最後に恒生さん来てくれてホントよかった…「大事なひとだから」のセリフで完全に持ってかれたわ、最高のキュンポイントすぎる😭💕 恒生×鈴奈の甘いキスシーンで終わるとか反則だよ!!!完璧な締めくくりでした、お疲れさまですクムさん✨