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その後は、互いの近況を報告し合ったり、懐かしい思い出話に花を咲かせたりと、それなりに穏やかな時間を過ごせていた。 もっとも、それは理人にとって「穏やか」というよりは、借りてきた猫のように大人しく、周囲の熱量に圧倒されているだけの時間だったのだが。
「ねぇねぇ。鬼塚くんって、役職に就いてるって本当?」
「あぁ、まぁな……」
「いいなぁ。うちの旦那は万年ヒラだし、給料は安いし最悪だよ」
「……そうか」
「鬼塚くん、結婚とかしないの? まだ独身なんでしょう?」
矢継ぎ早に飛んでくる問いに、理人は返答に窮した。
元々、人付き合いが特段上手いわけではない。おまけに口下手だ。高校時代は蓮との「誰にも言えない関係」に心身のすべてを侵食されており、周囲に漏らせぬ秘密が多すぎた。
余計な詮索を避けるために級友たちとは最低限の会話しか交わしてこなかった理人にとって、こうして正面からプライベートを切り売りせねばならない状況は、苦痛以外の何物でもなかった。
(……チッ、どう答えりゃ正解なんだよ)
助けを求めようと、エスコート役であるはずのケンジを視線で探す。だが、彼はすでに華やかな女性陣の輪に完全に呑み込まれていた。「ケンジ」としての端正な容姿と、ナオミとしての天性の人懐っこさを遺憾なく発揮している彼は、理人の窮地など露ほども気づいていない様子だ。
思わず小さく舌打ちしたくなる衝動を、理人は酒と一緒に飲み下した。
「ちょっと、みんな。鬼塚くんが困ってるじゃない。人にはそれぞれの事情ってもんがあるのよ」
その時、淀んだ空気を切り裂くように助け舟を出したのは、幹事の真紀だった。 彼女は昔から正義感が強く、困っている人間を放っておけない質だった。常に一歩引いた場所から周囲を冷めた目で眺めていた理人とは対照的に、太陽のように輪の中心で皆を引っ張っていく頼もしい存在。その姿は以前と変わらず、理人はどこか懐かしく、救われたような安堵を覚えた。
「……悪い」
「ううん、いいの。私も独身だし、独り身同士仲良くしましょ?」
「……そう、だな」
パチンとウィンクしながら差し出されたグラスに、理人は苦笑しながら自分のそれを合わせた。カチン、と軽い音が鳴る。
「あぁ、そうだ。鬼塚くん、スマホを受付に忘れてたよ」
「 あ、あぁ。悪い」
いつの間に落としたのだろうか。受付で出した記憶はなかったが、無意識のうちにポケットから滑り落ちたのかもしれない。不思議に思いながらも、差し出された端末を受け取り、ズボンのポケットへ深く押し込んだ。
それにしても、いくら晩婚化が進んでいるとはいえ、この歳で独身なのはやはり少数派なのだろう。 理人には「家族」という形がよく分からない。
今さら女性を相手にできるとも思えないし、そもそも結婚願望自体が欠落している。自分のような男に家庭生活は向いていない、とはなから諦めている節もあった。
「そういえば、真紀も独身だったよね? 結婚しないの?」
「好きな人はいるんだけどね……なかなか振り向いてくれなくって。あ! でも、昨日偶然会ったんだけど、その人、恋人にフラれちゃったみたいで随分落ち込んでたから、チャンスあるかも……なんて」
チラリと、真紀がこちらを見たような気がした。だが視線はすぐに逸らされ、彼女は話に食いついてきた女性陣の相手を再開する。 意味深な視線に感じたが、自意識過剰だろうと理人は思考を打ち消した。
「十一月の半ばくらいに、突然辞めちゃったんだけどね。一緒の職場だったの。すごく背が高くて、優しくて、仕事ができて……本当にかっこいい人だったんだぁ」
「へぇー! じゃあ今はフリーなんだ」
「まぁね。だから、頑張っちゃおうかなって思ってたりして」
「いいじゃん、頑張りなよ! 応援してる!」
真紀の言葉に、黄色い歓声が上がる。 その盛り上がりを余所に、理人は喉の奥に冷たい塊がひっかかったような、得体の知れない胸騒ぎを覚えていた。
ビールの苦味を喉に流し込んでいると、突如として入り口付近が俄かに騒がしくなった。 何事かと視線を向けると、すっかり出来上がった数人の男たちが、一人の背の高い男性を半ば強引に引き連れてこちらへ向かってくるところだった。
見覚えのある上質なスーツ。だが、整えられた髪型や纏う空気が以前とは違うせいか、一瞬別人のようにも見えて理人は目を細める。
「はいはーい! 皆さーん。スペシャルゲスト、御堂生徒会長様の登場だよ~!」
「お、おい……僕は別に……」
男の野太い声に、会場の全視線が一斉に注がれた。
「あらやだ。なんでこんな所にいるの……?」
「……蓮……」
その名を無意識に呟いた理人は、驚きのあまり持っていたグラスを落としそうになった。まさか、あの蓮が同窓会に顔を出すなんて、夢にも思わなかったからだ。
酔っ払った友人たちの話では、トイレの帰りに一足先にお開きになった披露宴会場から出てきた蓮と偶然出くわしたのだという。
どうせなら一緒に飲もうと、一方的に拉致同然で連れてこられたらしい。
(酔っ払いに捕まるとは、蓮もツイてない奴だ……)
先日再会した時にも感じたが、今の蓮は以前よりもさらに端整な印象を放っている。元から整った顔立ちではあったが、今はどこか精巧な人形のような、完成された美しさがある。すらりと伸びた四肢、動くたびに溢れる抗いがたい色香。 現に、既婚者であるはずの同級生の女性たちの目が、一瞬で色めき立った。
瀬名といい、こいつといい、自分の周りの男はどうしてこうも美形ばかりなのか。 だが、今さら自分には関係のないことだ。
蓮との関係などとうの昔に清算されている。きっと彼も、社会的地位に見合った伴侶を得ているに違いない。 そんなことより、今は一刻も早く戻って、瀬名との関係修復を考えたかった。
「えーっ、会長ってまだ独身だったんですか? 意外……」
「ハハッ、よく言われるよ。ずっとスーツアクターの仕事が忙しくて、暇がなかったからね」
「スーツアクターって、あの戦隊ものの!? すごーい! 子供と一緒に毎週見てたけど、全然知らなかった!」
流石に「イケメン」への食いつきは凄まじい。蓮が合流した瞬間から、女性陣はあからさまに色をなしていたが、テレビに出ている有名人だと判明した途端、その羨望は熱狂へと変わった。 女に興味がない理人には、その媚びを含んだ猫撫で声や、既婚者であることを忘れて擦り寄っていく姿が、ただただ浅ましく、辟易とする光景に映った。
「でも、先日引退したんだ。今は地方のショーに少し出るくらいだよ。撮影中に腰をやってしまってね……もういい年齢だし、やりたいことはやり切ったから、これからは裏方でもいいかなって。それに僕……ずっと忘れられない人がいるから。結婚はしない、かな」
チラリと、ほんの一瞬だけ。 蓮と目が合ったような気がして、理人は飲みかけのハイボールを噴き出しそうになった。 忘れようとしても脳裏に焼き付いて離れない、あの時の彼の表情、あの時の情事が鮮明に蘇る。瀬名に対して激しい罪悪感が込み上げると同時に、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
理人の葛藤など露知らず、女性たちからは黄色い悲鳴があがる。
「えーっ! 蓮くんにずっと思われてる人って、どんな人なの!?」
「うーん……そうだね。意地っ張りで、頑固で、不器用で、鈍くて。泣き虫だけど……すごく可愛い人、かな」
横にいたナオミが、ツンと肘で理人を突いてきた。
「ねぇ。蓮が言ってるのって、もしかして……アンタのことじゃない?」
「はぁ!? 馬鹿言うな。んなわけねーだろ!」
理人は呆れた声を上げたが、心臓は嫌な音を立てて跳ねていた。 そんなこと、あるはずがない。自分たちの間にあったのは、ただ歪んだ執着と身体の関係だけで、そこに「愛」なんて綺麗な感情は存在しなかったはずなのだから。