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ハッと目を覚ますと松田くんのベッドの上に私はいた。
おかしい……、誠と居酒屋に居たはずなのに、まさか夢か? と思うが自分からお酒の匂いがしてやはり現実だと思い知らされる。
(まさか私潰れちゃった!?)
バッと勢いよくベッドから降り、急いでリビングに向かうとソファーに一人座っている松田くんがいた。
「あ、あのっ、松田くんっ! もしかして私……」
「あ、気がつきました? 真紀って一回寝ちゃうとなかなか起きないですよね」
ハハハと笑いながらこちらに向かって歩いてきた松田くんはギュッと私を抱きしめて「好きだよ」と呟いた。
なんだかいつもより元気のない松田くんに違和感を感じた。
「ごめんなさいっ、私誠さんと、その、飲んでて、まさか寝ちゃうなんてっ、あ! お金は!? 支払いはどうなってる!? まさか誠さんが払ってくれた……?」
「誠が払ってくれましたよ」
「あーやっちゃった……明日にでも直ぐに返さないとな」
「真紀なら会計の事凄く気にすると思うって誠と話してましたよ、明日俺と一緒に返しに行きましょう」
更にグッと私を抱きしめる松田くんの腕の力が強くなる。もしかして、いや勘違いかも知れないが誠と何かあったのかも知れない。
何も聞かずに私は松田くんの背中に手を回しただ、ただ、優しく何度も撫でた。
「あー頭痛い」
今までの何十倍も辛い二日酔いで目が覚めた。ズキンズキンと割れるように頭が痛いのと、何か食べたら吐きそうなほどの気持ちの悪さが自分がどれだけお酒を飲んだのか思い知らされる。
結局昨日はあのまま松田くんに何があったのか聞く事も出来ず次の日も仕事だったので家まで送ってもらったが明らかにいつもの松田くんではない事は確かだった。
「あ! 誠さんに連絡しないと!」
誠宛にメールを送信する。
“昨日はいつの間にか潰れちゃってたみたいで本当にご迷惑をおかけしました。私の負けですよね……
支払いも誠さんが払ってくれたと松田君から聞きました。今日仕事が終わってから昨日の支払い分をお返ししたいんですけど、時間ありますか? なければポストとかに入れておきます!”
返事が来ますように……と祈り鞄にスマホをしまった。
ズキンズキンと頭が割れそうなほど痛く、耐えられないので痛み止めを飲み会社に向かう。
いつも通り会社のドアを開けると松田くんが……居ない。
「え……」
時間を確認してもいつもならもう来ているはずの松田が居ないので、もしかしてまた風邪!? と思い急いで松田くんのスマホに電話をかけると着信音が真後ろから聞こえてくる。
まさか? と思い後ろに振り返るとそこには松田くんが立っており、「今日はほんの少し寝坊しちゃいました」とニコニコ笑っていた。
彼の目の下に少し隈ができているのを私は見逃さなかった。
「……寝てないの?」
「ん? 寝ましたよ。ちょっと寝付けなくて、そしたら寝坊しちゃいましたよ」
「なら良いけど……、何か相談とかあったら言いなさいよ?」
「前にもそう言ってましたね、強いて言うなら真紀が一緒に寝てくれれば毎日ぐっすり寝れるかも」
私を抱き寄せる松田くんについ自身も抱きつこうとしてしまった所でここは会社だと思い出し、グイッと松田くんを押し離した。
「ちょ! ここ会社だから禁止!!!」
くくく、と笑いながらデスクに荷物を降ろす松田くんにつられて私も笑えてくる。その後直ぐに出社してきた涼子に「あんたらなにそんなに笑ってんの?」と突っ込まれるほど、私達は笑っていた。
自分の鞄の中から聞こえるバイブ音に気がつきスマホを取り出すと誠からのメールだった。
“真紀さんの負け決定~! 私今日たまたま仕事休みだから真紀さんの仕事終わりに会社の近くで待ってるよ。仕事終わるの何時頃?”
負けて潰れた奴のためにこっちの会社まで来てもらうなんて駄目駄目駄目!
“いえ! 私がそちらに行きます! 仕事終わりに誠さんのアパートに寄ってもいいですか?”
“了解、じゃあお言葉に甘えて来てもらおうかな”
“では、仕事終わり次第連絡しますね”
今日も早く仕事を終わらせようと気合が入る。頭痛も薬を飲んだお陰で痛みが引いた。
今日は特に急ぎの仕事がなかったのでマーケティング部の殆どの社員が定時で仕事を終えた。もちろん松田くんもだ。
「松田くん、お願いがあるんだけど良い?」
松田くんは座っていた椅子をクルッと私の方へ向ける。
「良いですよ、どうしました?」
「これから一緒に誠さんの所に行かない? あ、用事とかあるなら別にいいんだけど……」
「昨日一緒に行くって言ったでしょ? 今帰る支度しますから待っててください」
そういうと松田くんは素早く自身の鞄に必要なものを入れ「お待たせしました」と一分も経たずに帰る支度を済ませた。
少し距離をとりながら会社を出る。まだ何となく周りに付き合っている事がバレるのが恥ずかしい私への松田くんの配慮だ。
電車に乗り誠の家は松田くんと同じ駅なので一緒に降りそこからは松田くんと距離なく隣を歩いた。車で行った方が早いから、と彼の好意に甘えて、一度松田くんのアパートに寄り車で送ってもらった。
事前に誠には連絡済みだったので部屋の呼び鈴を鳴らし誠が出てくるのを待つ。
少し緊張しているのかやけに喉が渇き、手にじんわりと汗をかき始めていた。
「お待たせ~」と玄関越しに聞こえてくる声はいつもの誠の高い声ではなくごく普通の男の人の低い声だった。
松田くんも不思議に思ったのかお互い顔を見合わせ「え、ここって誠の部屋だよな?」「え? 誠さんの部屋でしょ!?」と聞こえない程度の小さい声でお互い驚きが隠せないでいた。
ガチャッと鍵の開く音。現れたのはいつもの可愛らしい誠ではなかった。髪の色は同じだが明らかに長さが短くなっている、と言うよりも男の人の髪型になっていた。
(だ、誰!?)
誠がヒョコッと顔を出し「驚いた?」と少し照れながら笑っている。
「えっ!? 誠さん!?」
「おまっ、え、急にどうした!?」
私も松田くんも驚きを隠せない中、誠が玄関から出てきて更に驚いた。いつも可愛い服装だった誠とは打って変わって男物のデニムにVネックの黒いセーターを着ていた。
「もう女装する意味もなくなったし、イメチェンしてみたんだけど、どう?」
女装する意味が無くなった?
言う誠の発言にハッとした。
昨日の様子の変だった松田くんと女装を止めた誠が点と点で綺麗に線が繋がったように納得ができた。
「凄く良いと思うわ! 女装している時も凄く可愛かったけど、男の姿も凄くカッコいいわね! 声もこれが誠さんの本来の声なの?」
「そうだよ、あの声出すの結構大変だったんだよね~喉痛めたら終わりだし」
「そうだったのね! あービックリした! ね、松田くん、ま、松田くん?」
反応がない松田くんを見ると明らかにムスッとした顔で怒っている。
「え……ど、どうしたの?」
聞いてもムスッとしている松田くんを見て、誠がお腹を抱えて「あー分かりやすすぎ!」とケラケラ笑い出した。
「あのね、真紀さん、大雅は多分俺の事を真紀さんがカッコいいって言ったことに対して焼き餅を焼いてるだけだと思うよ、だろ? 大雅」
ま、まさかそんな事で? と思ったがその通りだったらしく、「そうだよ、俺だってカッコいいって言われたことないのに……」と口を尖らせていた。
いや、今の状況はカッコいいと言うより可愛い……、でも可愛いと言ったら地雷を踏みそうなので言わずに心の中で可愛いー!と私は叫んだ。
「あ、そうそう、昨日の支払いなんだけど金額いくらだったのかしら?」
「あ~来てもらっといてあれだけど、昨日のはいいよ、俺からの二人へのお祝いって事で」
「えっ、それは駄目よ! そもそも私が誘ったんだから、じゃあこれ」
はい、と無理矢理誠の手の中に一万円札をねじ込んだが「要らない」と返された。
拗ねていた松田くんが「じゃあ遠慮なくカッコいい誠くんにお祝いされよう」と嫌味たっぷりに返事を返した。
「なっ、何言ってんのよ!」
「あ~本当大雅面白すぎ、俺が誰かと付き合ったらその時は大雅も祝えよ?」
「当たり前だろ? 俺と真紀で盛大に祝ってやるから」
笑いながらサンキューと言う誠の目が少し潤んでいたことに私は気づかないふりをした。多分同じように松田くんも気づかないフリをしていたと思う。
「じゃあお言葉に甘えて……、誠さん、また飲みに行きましょうね」
「もちろん、次は潰れんなよ?」
「いや、二人で行かせないから! 俺も行くからな?」
心の底から三人で笑い合えた気がした。
結局誠に昨日の分はご馳走になり誠のアパートを後にした。何となくだが松田くんと誠の雰囲気も良い方に変わった気がしたのはそっと胸の中にしまっておく。