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扉を開けると、暖かな光が差し込んだ。

空を見上げると、まばらに雲が揺蕩っている。

涼しい風が通っている。

吸い込んだ外の空気は清浄の過ぎた室内より排気が混ざっていて親しみの気を起こした。

二つばかり隣の家から慣れない煙草の臭いが運ばれてくる。

懐かしいように思えて記憶に当てはまらない風景。

彼に連れて来られた場所。

位置関係も歴史も人間も知らない、地域名だって告げられていない、それでいてどこか見覚えのあるような。

全く、変な気分だ。

摂取した空気や風景が脳で不安に変換されて、それが動脈を巡っているような。

不安?

本当にそれは『不安』だろうか?何かもっと、違う、他のものだと思う。何?

違和、疑念、浮遊感?…泥濘、……軋轢、……………。

そんなことを考えている間に、彼の慎重な足音が聞こえた。

支度を済ませたようだ。

…決心したような、どこか真剣な表情をして。

「よーし、じゃあ行くぞ…。今車の鍵を開けるから待ってくれ」

「……ん」

彼はポケットに手を入れて、柔らかい電子音と共に車の鍵を開ける。

段差から一緒に車までの短い路を歩く。

全く知らないも同然の人間と、朝餉を食べた後、買い物に行こうとしている。

不安ではない筈だ。不安に近い、何か…。

ふつふつと、前にもこんな経験があったことを思いだした。

雨粒を眺めながら、ぼんやりと誰かと歩いた…あれはいつの話だったか。

並んで歩いているうちに、ふと段々彼の姿が視界に入らなくなっていくことに気が付いた。

振り返ると、短い路を少しずつゆっくりと歩いている様だった。

行きたくないのだろうか?

十数センチ程上にある彼の黒い目はどこか斜め上を捉えている。

ついには、路を半分歩き切っていないまま立ち止ってしまった。

「…どうしたの」

「いやー…。」

彼はそっと溜息交じりに呟いた。

鳥の甲高い鳴き声が聞こえる。風の温度を感じる。

彼は何度も息を吸い、また何度も吐いて躊躇う様に言った。

「家の鍵締めてないなって…。」




窓の流れゆく景色を眺めている。

鍵を閉めた後缶コーンポタージュのあの車に乗り込んで、どうやら少し遠いショッピングモールに向かうらしい。

野菜のついでに、新しく来た自分用の日用品を買うのだとか。

何も話し合わず放って置いた間に、彼に養われることが決定していたようだ。

んん…鍵を締めていないと気付いたときすぐ締めに行かない人間に養護されるのは多少不安が残る。それに、朝餉を信じられない騒音と速度で作り上げた人間だ。きっと私生活は忙しいのだろう。

彼の生活を圧迫して迄幸福になるのが許されるほど、自分は善良な人間ではない。

寧ろ、今迄救われるべき人、恩人を…殺して、追い詰めて、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して…。

本当の罪を生涯に塗りたくりながら中途半端で投げ出すことも現実にすることもできない希死観念を生命の本軸に変えた恩知らずで決断も行動も何もできない愚図が救われるべき人間の身体にまるで寄生虫の様に穢らわしく巣食って未来も過去も全部全部潰し無自覚の内に不幸を撒き散らして人類を道連れに自分も死んでしまう位だったらそうなる前に早く自爆しておけば良かったのにいつもいつの日か己の手で潰してしまうだろう幸福を必死で手繰り寄せて更にはそれに不満を垂れるなんて嗚呼全く生まれて来なければ良かったのにどうしてまだ生きているのだろう頭痛が酷いあの時無理にでも抜け出して見えないところで死んでしまえば良かった息が詰まって苦しい結局汚い空気と街が精精与えられる物なのだからそれに満足していれば否違う生命を受けた事自体が罪であり早く神からの裁きを受けなければいやそれも違うもう駄目だ分からなくなった息が出来なくて苦しい吐き気がする目が霞んで見えない心臓が不安を拒んでいる耳鳴りと頭が壊れていく音がする――――――――――――


「……ぶ」

「……じょうぶ、大丈夫…大丈夫、そう、息を吐いて…よしよし、そうだよ…偉い偉い」

…頭に手が乗せられている。

左右運動を繰り返している。

…撫でられている?

「お、良かった…落ち着いてきたんだな。水を飲んでおいた方がいいだろう、ほら。飲めるか?」

「…ここは」

「ん?ああ、ひとまずコンビニに停まったんだ。ほら、取り敢えずまずは水」

そうして差し出されたペットボトルを受け取った。飲むように催促されたそれの蓋を開けて口まで持っていくと、彼は満足そうな顔をして頷いた。

…苦い。硬水だったようだ。

状況を整理したくてペットボトルを口に当てたまま周りを見やると、まず運転席側のドアが乱雑に開かれているのが目に入った。車のエンジンも掛かった儘。

きっと彼は急いで車から出て、コンビニまで駆け込んだ…のだろう。

また自分側の車のドアも開かれていて、そこに彼がしゃがんでいた。

ああ…成程。

つまり…彼は後部座席で過呼吸かなにかを起こしていた自分に気が付き、近くにあったコンビニに急いで車を停めて、そこで水を買い、自分に声を掛けながら症状が治まるよう頭を撫でていた…ということらしい。

かなり余計な手間を掛けさせていたようだ。さっきとは違う手汗と反省に混ざり合った何かを感じる。

思えば、こうやって誰かに介抱してもらうことは少なかったかもしれない。

いや?果たして本当にそうだろうか。忘れてしまった思い出もあるかもしれない。もうわからない。

戻ることのない過去だけ見据えて歩いて来たから、それ以外は殆ど夢の様に感じる。廃人同然。

「…よーし、もう大丈夫か?ええと、じゃあちょっとコンビニで買い足すものがあるからここで待っててくれ。すぐに戻る」

少し早口気味に彼は言って、また忙しなく向こうへ駆けていった。

はて、一体何を買うのだろうか?野菜…はショッピングモールで買う予定だったから…さあ、見当もつかない。何だろう。

車は清浄な空気で満たされていて、締め忘れたドアからは昼前の柔和な風が入り込むのに、…どうしても、はっきりと、像の見える、芯を持った考えが浮かんでこない。掴めない。

「……いッ」

突然、肌に小さな、それでいて気味の悪い、鋭い痛みを感じた。

この感覚は知っている。何かが起こる前に感じる、前兆。

麻酔跡でも、静電気でも、痺れでもない。何か。

何か。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。

―爆音。

先程とは打って変わってガラスと鉄筋を溶かしたような空気が、ドアの隙間から入り込む。

何が起きた?

滑る手で開いたままの隙間を更に広げ、日陰に慣れきった眼を瞬かせる。

灰色の煙が炎々と立ち上っているその下に、骨の見えるビルがあった。

テロ。

テロが起きたのだ。

逃げなければいけない。

…と、思った。

しかし、

同時に、このまま死ねたらいい、とも思ったのだ。

逃げたほうが複雑な事態を避けることができる、でも。

実行犯が自分たちのいる場所にも目を付けて、自分が事故として死ぬことができる可能性は、ある。

自死する方法はいくらでもあるが、自然な『事故』として死ねることは稀だ!

けれど、もし事故が無かった場合に実行犯と疑われて混乱が起こる事態も考えなければならない。

…どうしたらいい?

逃げておいた方が楽だ。でも、その後でその行動を許せるだろうか?

耳が痛い。悲鳴が行動を急き立てている。わからない。

「おや?」

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