テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
━━鬼だ。
いつからだろう。
私の名前より先に鬼と呼ばれるようになったのは。
少女は一人で廊下を歩いていた。
小豆色のポニーテールが風に揺れる。
彼女の名は鬼灯《ほおずき》茜。
かつてヴィラン組織に所属しており、今はヒーロー組織に所属している、ヒーロー組織の一員である 。
少なくとも、書類上では。
「おいおい、鬼がいるぞ笑」
「近付くなよ、この鬼が」
「いつ裏切るか分からないからな」
聞こえないふりをしても、耳には入ってきてしまう。
ヒーロー達の視線は冷たい。
軽蔑と嫌悪。
そして恐怖
茜はなにも言わない。
反論したところでどうせ意味がないことを知っているから。
彼らにとって茜は守るべき仲間ではない。
ただの監視対象。
そして飼い慣らされた怪物。
それだけなのだから。
「おい、鬼灯」
低い声が響いた。
そこにいたのは教官だった。
「明日急遽任務が入った。単独で行け」
周囲から小さな笑い声が漏れる。
まただ。
危険な任務はいつも自分に押し付けられる。
失敗していなくなっても別に困らない駒。
それが茜の役割だった。
「……了解しました。」
茜は頭を下げる。
教官は鼻で笑った。
「素直で結構だ。元ヴィラン」
その言葉に胸が少し傷んだ。
元ヴィラン。
その言葉も嫌いだった。
別に、自分で望んでヒーローになりたくてここにいるわけじゃない。
数年前。
ヴィラン組織が襲撃され壊滅した日。
仲間たちは捕らえられ、自分もまた拘束された。
そのときヒーロー達は言った。
『協力するなら助けてやろう』
選択肢などなかった。
生きるために従わないと行けなかった。
ただそれだけだった。
なのに。
残っているヴィランからは裏切り者。
ヒーロー達からは元ヴィラン。
どちらにも居場所なんてなかった。
「…はぁ」
明日の任務の準備に向かうため、来た廊下を戻りながら、茜は小さくため息を吐いた。
本当は。
本当はただ。
皆が肩書きなんて気にせず笑って暮らせる場所が欲しかっただけなのに。
ヴィランの仲間たちは優しかった。
ヒーロー達が違うといっても、少なくとも茜にとってはそうだった。
孤独だった自分を拾い、受け入れてくれた。
街の人々だって同じだ。
今のヒーローみたいな悪人ばかりではない。
街の人の中にも優しい人はたくさんいる。
ヒーローの中にも優しい人は少しだけだがいる。
なのに。
正義を名乗る人たちの大半は、人を肩書きでしかみない。
ヴィランだから、ヴィランだったから悪
ヒーローだから善
そんな単純な話じゃないのに。
茜は窓の外を見る。
夕暮れに染まる街並み。
人々の笑い声。
帰宅する子供たち。
沢山の人の笑顔。
ひたすらに守りたいと思える景色だった。
だからこそ思う。
もし。
もし今のヒーロー組織がなくなれば。
本当に優しい人たちだけが手を取り合えたら。
もっともっと平和な街になるのではないか。
その考えを誰にも話したことはない
話せば危険思想と騒がれ、すぐにでも殺されるだろう。
だけど。
胸の奥で燃える小さな炎は、年々大きくなっていた。
いつか。
いつの日か。
この腐ったヒーロー組織を終わらせる。
そして。
ヴィランも。
街の人々も。
ヒーローの組織の中にいる優しい人たちも。
皆が安心して笑顔で暮らせる街を作る。
誰も怯えなくていい街を。
そのためなら━━
「鬼といくら呼ばれても構わない」
茜は静かに呟く。
誰にも聞こえない声で。
その瞬間。
彼女の瞳が赤く輝いた。
額から黒い角が伸びる。
禍々しく。
恐ろしく。
誰もが恐れるであろう鬼の姿。
だが、その見た目に対し、胸の中にある願いだけは誰よりも優しかった。
その願いを叶えるため、彼女は行動を始めた。
━━彼女の反逆は今、静かに始まろうとしていた。
361
43
コメント
1件
読了しました……。 茜の孤独と、それでも胸に秘めた優しい願いが痛いほど伝わってきました。 「鬼」と呼ばれても、誰よりも平和を願ってるっていうギャップに胸が締め付けられますね。 腐った組織に抗う決意のラスト、めちゃくちゃ格好よかったです。 続きが気になります……!🥀