コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――高橋優菜の視点――
「ねえねえ、優菜! あれ見た? 鈴木くんと美咲ちゃん、付き合ってるらしいよ!」
昼休み、クラスメイトがそう話しかけてきたとき、私はお弁当の箸を落としそうになった。
「……えっ、ほんとに?」
「うん、放課後に一緒に帰ってるとこ見たって!」
冗談だと思いたかった。でも――見たんだ、昨日。屋上へ続く階段で、陽翔くんと美咲ちゃんが並んで歩いているのを。
彼の横顔はいつも通り優しそうで、でもどこか遠くに感じた。
それが、全部現実だったんだ。
__________________________________________________________
私、高橋優菜は――恋に恋するタイプの女子だと思う。
小説みたいな恋に憧れてて、ドラマのセリフに胸をときめかせて、夜にひとりで想像して泣いたりもする。
でも、現実の恋はいつも私のことを置いていく。
特に――陽翔くんに、初めて「好きかも」って思ったあの日。
それは体育の授業で私が転んだ時。誰も気づかなかったのに、彼だけが走ってきて、真っ先に手を差し伸べてくれた。
「大丈夫? 立てる?」
そのときの目が、優しくて、あったかくて――ズキン、と胸が鳴った。
それからずっと、目で追ってしまうようになった。
笑う顔、友達とふざけてる姿、ちょっと寝ぼけたような朝の顔――どれも全部、好きだった。
でも彼は、美咲ちゃんのことを見てたんだね。
なんとなく分かってた。クラスの女子たちの間では「美咲ちゃんって陽翔くんといい感じらしいよ」って噂されてたし。
それでも、奇跡が起きるかもしれないって、期待してた。
バカみたいだよね。
__________________________________________________________
昨日、思い切って声をかけた。昼休みに、一人で屋上に向かう陽翔くんの背中を追いかけて。
「陽翔くん」
名前を呼ぶだけで、心臓が飛び出しそうだった。
振り返った彼は、少し驚いたような顔をしたけど、「どうしたの?」といつもの優しい声だった。
「ちょっとだけ、話してもいい?」
緊張で喉が乾いて、うまく言葉が出てこない。
でも、どうしても知りたかった。
「……陽翔くんって、いつから美咲のこと、好きだったの?」
自分で聞いておいて、なんでそんなこと訊くの? って心の中で叫んでた。
陽翔くんは少し考えてから、ぽつりと答えた。
「うーん、気づいたら、って感じかな。気がついたら、目で追ってて、話したくて、隣にいたくて……って」
その言葉が、刃みたいに私の胸に刺さった。
優しくて、自然で、真っ直ぐで――だから好きになったのに。
その「真っ直ぐ」が、今は一番苦しい。
「そっか……」
それ以上、何も言えなかった。
好きって言いたかった。伝えたかった。でも、もう遅いって、分かってた。
それでも、心のどこかが叫んでた。
――私を、見てほしかったよ。
__________________________________________________________
教室に戻ると、杏奈がじっと窓の外を見ていた。文学少女の彼女は、いつも自分の世界にいる。
でも最近、何かが変わった気がする。視線の先には、佐藤拓海くんの姿があった。
「杏奈……もしかして、好きなの?」
杏奈はちょっとだけ驚いた顔をして、それからほんのり赤くなった。
「わかんない……けど、気になる。あの人の心の奥が、知りたい」
そう言った彼女の横顔が、今の私よりずっとまっすぐで、ずっと綺麗に見えた。
私はまだ、本当の「好き」を知らないのかもしれない。
それでも――誰かを本気で想ってみたい。
この恋の迷路から抜け出すために。