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何だこのくせ強すぎる先輩はって言ってる所が面白かったです
この11話の話がとても面白かったです
放課後になると廊下は、掃除をしている生徒やクラスメイトと話して盛り上がっている様子が見られ、今日も今日とて平和だな、と感じる。
「真由ちゃん、お疲れ様。」
教室のそばのスライドドアが開いたところから廊下を見ていたところ、背後から話しかけられた。
「風夏ちゃん、お疲れ様。」
風夏ちゃんは柔らかい笑みを作るので私も同じように笑みを返した。
「部活の方はどう?」
手元にある無地のメガネケースをパカッと開けるとメガネクロスを取り出し、メガネのレンズを拭き始めた。
「まぁ、忙しいこともあるけど、先輩達が優しいからなんとかやってるよ。」
「そっかー。」
彼女はやんわりとした笑みを浮かべた。
「吹奏楽部ってさ、週何回練習あるの?」
「週4日だよ。」
「週4日か。大変だね。」
「うん、だけど練習時間選べるから。」
「え、そうなの?」
「うん。」
「そうなんだ。珍しいね。練習時間選べるってすごくいいことじゃない?」
「まぁね。」
「最初はどれぐらいだったの?練習時間は」
「最初は30分からやったよ。」
「30分って結構短いね。」
「そう? 」
「うん。」
「でも、少しずつ慣れてきて今では1時間でやってるよ。」
「そうなんだ。練習大変だろうけど、頑張ってね!」
「ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
私は頭をぺこりと下げた。
「そういえば、風夏の方は部活どうなの?」
「私は、今を絵書いてて、お題に沿った絵を書くのをやっているよ。」
「そうなんだ。」
「こういうの書いてるんだけど。」
と彼女はスカートのポケットに入っていたスマホを取り出し操作するとひとつの画像を見せてきた。
「え、すごいね!」
彼女のスマホの画面には、綺麗なボブヘアの女の子が藤の花を持っていて、背景はお花畑が描かれており、水色と青色と白で丁寧に澄んだ青空が描かれている。
「これ、風夏ちゃんが書いたの?」
あまりにも絵が上手すぎて疑ってしまうほどだった。
「そうだよ。」
「これ、紙に書いたものを写真に撮ったの?」
「ううん。厚手の用紙にQRが貼られてて、書いた後に読み込めばデジタルで表示できるの。」
と彼女はまたスマホを操作してギャラリーのアプリに移動した。
「これが、書いたあとの写真だよ。」
先ほど見たデジタルのイラストではなく書き終わった直後の写真があった。イラストの色は絵の具などで鮮やかに彩られている。
「すごいね!絵、すごく上手いよ!」
「ありがとう。」
「美術部も大変なこともあるかもしれないけど、頑張ってね! 」
「うん、ありがとう。真由ちゃんも頑張ってね!それじゃあ、また明日ね。」
彼女はガッツポーズを作って私に見せると、荷物を持って教室を出ていった。
私は机横のフックにかかっている、クマのぬいぐるみキーホルダーのついたリュックを背負い、早足で音楽室へと向かった。
音楽室に着くと、1度深呼吸をした。入部してから週4で行っているけれど、入る時は毎回緊張してしまう。音楽室はいつも通り、扉が少しだけ開いていた。意を決してドアノブに手を掛ける。
カチャッ
「失礼しまs……」
「あんたねぇ!動画撮ったりゲームしてるんじゃないの!そんな暇があったら、大人しく勉強してなさい!」
「えぇぇ…。」
音楽室に入った瞬間、急な怒声が聞こえたものだから、驚いてその場で固まっていると、私に気づいた先輩が、へらへらと笑いながらこちらに近づいてきた。
「誰かと思ったら、我妻さんだったのね。ごめんね、うちの馬鹿な同級生に叱ってやったんだ。」
私にそう説明した人はサックスの藤田先輩だった。と、同じく私に気づいた藤田先輩と同じ学年だと思われる人が近づいてきた。その人は私を見ると藤田先輩に視線を向け、
「あんたの後輩?」
と聞いてきた。
藤田先輩は少しため息を吐きつつ、そう、と返事をした。
「へぇ、あんたの後輩なんだ。名前はなんて言うの?」
今度は私の方に視線を向けた。
「1年2組の我妻真由って言います。」
「真由ちゃんか、可愛い名前だね!」
「あ、ありがとうございます。」
今まで友達や親戚などに可愛いと言われたことがなかったから、可愛いと言われたことにむず痒さを感じた。
私が驚きのあまり固まり、可愛いと言ったその人にずっと視線を向けていると、視線に気づいた藤田先輩がその人に親指を向け、
「こいつ、うちの馬鹿同級生。えーと、織原さんでしたっけ?」
藤田先輩のニヤニヤとした表情がその人に向けられた。
「馬鹿ってうるさいわねぇ!!あたし、こう見えてやる時はやるのよ!」と胸を張って見せた。
「それと、そのにやにやとした表情やめて。あ、あと、真由ちゃんだっけ?」
「あ、はい。」
「あたし、藤田花楓と同じクラスの織原紫織って言うの。よろしくね!あと、勘違いしてほしんだけど、あたし、やる時はやる女だからね!馬鹿じゃないの!ふふっ笑」
(何だこの癖強すぎる先輩は……。)
頭の中のその呟きを声には出さず、私は苦笑した。
「あら、藤田さんと我妻さん。先に来ていたの?」
音楽室の扉が静かに開きひょこっと桐島先生が顔を覗かせていた。
「先生、こんにちは。」
「はい、こんにちは。まだ全員は来ていないのかしら?」
「はい、そうみたいです。」
「そうなのね。ちょっと私は作業残っているから一度職員室戻るわね。あ、我妻さん。」
「はい。」
「今日の合奏、フルートの他に担当して欲しいものがあるから、また私がここに戻ってきたらまた呼ぶわね。」
「わかりました。」
「それじゃあ、全員が来るまで少し待っていてね。」
「はい!」
先生は笑みを返すと軽い足取りで職員室へと向かっていった。
「我妻さん。」
ふと、いつの間にか椅子に座っていた藤田先輩が私に声をかけてきた。
「はい、なんですか?」
「最近、部活はどう?」
「部活は、そうですね。先輩方がすごく優しくて、練習時間もちょうど良くて、順調です!」
「そっか、それは良かったね。 」
私に向かって先輩は微笑んだ。
「あの、藤田先輩、少し相談があるんですけど、いいですか?」
「いいけど、どうしたの?」
相談と聞いて、先輩は大きく目を見開いた。
「実は、この前音楽室を出る前に、小柴先輩のノートから一枚の紙が落ちてきたんですよ。」
「ノート?……あーっ!日誌?あ、あれ予定書くやつか。」
「多分、予定を書くノートなのかなと、思います。」
「瑠夏、忘れちゃうからって言っていつもノート常備してて、ヌケモレとかないようにちゃんとメモしてるみたいなんだよね。」
「なるほど。」
「それで、そのノートがどうしたの?一枚の紙落ちてきたって言ってたけど。 」
「はい、それを見たらこんなことが書いてあったんです。」
私はリュックの外ポケットからファイルを取り出し、中から一枚の紙を先輩に渡した。
先輩は私から受け取ったその紙をじっくり読むと、眉間に皺を寄せた。
「なにこれ…。瑠夏が部活をやめたくありません……?」
「それ、どういう意味だと思いますか?」
私が質問すると眉間に皺を寄せたまま、考えるポーズをとり、うーんと考えた。
「分からないな。なにせ、あの子がこんなことを書くはずがない。」
「やっぱりそうですか?」
「他に誰かにこのこと言った?」
「はい、白川先輩に言いました。」
「葵衣ちゃんか。なんて言ってた? 」
「LINEで話したんですけど、そんなことするような人じゃないと思うと言っていました。」
「だよね、なんでだろう。」
小柴先輩は真面目で部員を引っ張っていることから、この紙を書くはずがない。なにせ、《私は部活をやめたくありません。》なのだから。
「先生に相談してみようかな。」
「桐島先生に、ですか?」
先輩はうんうんと頷いた。
カチャッ
「こんにちは。あら、花楓いたの?それに、我妻さんも」
「やっほー!!真由ちゃん、花楓先輩ぃ!!!」
音楽室に入ってきたのは、小柴先輩と後ろからくっついて入ってきた松山先輩だった。
「やばいね、一旦この紙、しまってくれるかな?」
「わかりました。」
耳打ちをすると私は紙をファイルに丁寧にしまい込み、外ポケットの中に入れた。
「にしても先輩っ!今日も合奏なんですかぁ?」
「あのねぇ、あなた、本番が近づいているのはわかってるでしょ?本番近いから、練習気を抜かないようにしないと。」
「えぇぇ、もう当日だけやればいいじゃないですかぁ!!」
「あのねぇ、全くもう……。」
ハハハ、声に出しつつ、気が抜けてそうな松山先輩にどんまいと呟いた。
「あの人たち、相変わらず喧嘩ばっかりするわね。」
「喧嘩なんですかね?」
「喧嘩でしょ。ひかるちゃんは練習にそんな集中して無さそうだし、まぁ、岸川がいるから何とかなってるけど。」
「トロンボーンの3年の方ですよね?」
「そうそう。瑠夏も、よく気にかけているからね。よく教室まわって、練習してない人達に声掛けするほどだからね。 」
「大丈夫なんですかね?」
「さぁ、桐島先生がいれば大丈夫じゃない?」
「そうですか……ハハ。」
「まぁね、先生を信じればいいよ。ついでに言うと、桐島先生がいなかった時、つまり真由がここにいなかった時は、本当に破滅的だったからね。」
「え、そうなんですか?」
先輩はこくんと頷く。
「2年前だったかな。桐島先生が来る前、男の先生だったんだけどね、吹部の強豪校から来た人で、私たちの演奏を聞いて、まぁまぁな人数がいるのに、なんでこんな下手な演奏になってしまうんだァ!?って言ってきて、お前ら演奏をなんだと思ってるんだァ!?ってね。強豪校から来たわけだから、私たちにとっては、いやここ普通の吹奏楽部なんでってツッコミそうだったけど、かなり怖い先生だったから、黙ることしか出来なくて。」
「は、はぁ…。」
「集団退部って聞いたことある?」
「はい、小柴先輩から聞きました。」
「瑠夏ね。あの頃、練習が上達しなかった人たちは、その怖い先生から毎日のように夜遅くまで指導してたの。」
「え、えぇぇ!?」
「みんな、泣きながらやってたよ。そりゃあね。だって男の先生だもの。失敗した時、耳元で怒鳴ってたって同級生から聞いたんだ。すごく可哀想だった。別に下手でも、練習すれば良くなるのにね。」
とにかく私は、黙って話を聞くことしか出来なかった。
「先生の、夜遅くまで居残り練習させるっていう考え方、クソみたいに昭和のような考えに思えていてね。」
いくら考えても、それは考え方が古すぎる。
「毎日、部員の髪を引っ張って、声を上げて泣いている生徒に泣くなって怒鳴って、無理やり練習をやらせて。これってDVだと思わない?」
「はい、思います。」
しかし、気になることがあった。
「先輩は、先生の指導を受けなかったんですか?」
「私?私は、それなりによくできる方だったから、先生からはお前はまぁ、って言ってた。なんか言えよとか言いそうになったけど、怒られたくないから我慢した。 」
「な、なるほど。」
「先生からの指導によって、限界に達した部員たちが一気にやめようとしたの。…でも、瑠夏はその子たちを必死に止めようとした。」
「なんでですか?」
「人数はある程度いるものの、誰かひとりやふたりがいなくなったら、大切な部員がいなくなっちゃったら、悲しいと感じたから…じゃないかな?」
「は、はぁ。」
「瑠夏も何度も先生に相談しようとしてたの。今の練習はやりすぎだから、少し控えて部員たちが効率よく練習出来るように、メニューを変えたらどうですかって。」
「そうしたら、どうなったんですか?」
「どうなったと思う?逆に。……、先生は認めてくれなかったの。」
「なんで?」
「練習が上達しない生徒が許せなかったのかな。」
「強豪校だからって、必ず上手いとは限らないんだよね。みんな必死に練習して、先生に褒められて、上達して、そこから上手くなる。私は、先生が生徒にアドバイスや褒め言葉をしてないのがおかしいと思ってる。」
「な、なるほど。」
「これが、集団退部のきっかけ。今話してみると思い出すな。すごくきつかったし、みんなとワイワイ話せない時期もあった。」
「今は、どうなんですか?」
「先生の暴力が生徒の報告によって発覚して、強制的に辞職させられた。その後、去年桐島先生が来て、先生の優しさに、みんなが涙したの。当時1年生だった葵衣ちゃんたちはぽかんってしてたけどね笑。」
「なるほどです。色々あったんですね。先輩がそんな経験してたの、初めて聞きました。」
「話してなかったからね。私がこのこと話したって瑠夏に言ったら、まぁ怒られる気はするけどね笑」
「なんでですか?」
「思い出しちゃうからよ。それで、また厳しくしちゃうかもだし。」
「あの、さっきの松山先輩への接し方ですか?」
「それもあるね。だから真由ちゃんも、気をつけてね。」
「はい、わかりました。」
「あら、みんな揃ったのね。」
私たちの会話で夢中になってしまったのか、いつの間に部員全員が集まっていた。
「小柴さん、号令お願いね。」
「はい、起立。」
「気をつけ、例」
『お願いします!』
「はい、お願いします。今日はこの後基礎練後、合奏をします。2曲の細かい修正と、追加部分を伝えることもあるので、早めに準備の方お願いしますね。」
『はい!』
「合奏は40分後に始めます。その間に基礎練を終わらせておいてください。」
随分急だな、と内心思いつつ、本番が近づいているからには、準備しなければ、と頭のスイッチが入る。
本番まで残り1ヶ月。本番までの期間でできる所を頑張ってやりたい。その思いを胸に秘めた。