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泣き疲れて、気づけば朝だった。ぷりっつはソファの隣で座ったまま眠り込んでいた。
俺の手を握ったまま。
——どれだけ泣いても、手を離さなかった。
その事実だけで胸が熱くなる。
そっと手を引こうとすると、 寝ていたはずのぷりっつが、かすかに眉を寄せた。
「……まぜ太……どこ行くん……」
「起こした……?」
「起きたんや……寝たふりの方がええんか……?」
「いや、なんでだよ」
思わず笑いそうになった瞬間、 ぷりっつは俺の手をぎゅっと握りしめた。
目はまだとろんとしてるのに、 その握る力だけは強かった。
「昨日……置いていかれへんって言ったやろ… まだ眠いけど……手だけは離さへんで……」
「……なんだよ、それ」
「約束の証や」
顔が熱くなるのが分かった。
こんな状況なのに、こんなふうに言われると…… 胸の奥で変な音がする。
ぷりっつはゆっくり体を起こし、俺の方を向いた。 腫れた目で、それでも強い意志だけは変わらない目で。
「……まぜ太。 俺な……決めたんや」
「……決めた?」
「“最後の一年”、全部いっしょに生きるって」
息が止まった。
「学校も、遊びも、思い出も… まぜ太のやりたいこと……全部支える。 全部いっしょにやる。 そして……最後の最後まで……傍にいる」
「……俺なんかのために……そんな——」
「“俺なんか”って言うな」
ぷりっつの声が固くなる。
「 俺にとってまぜ太は特別や。 ただの友達でも、ただのクラスメイトでもない」
「……それって……」
「言わな伝わらんなら言うで」
ぷりっつがぐっと俺の手を引いた。 距離が一気に縮まって、目をそらせなくなる。
「俺……まぜ太のこと……好きや」
心臓が強く跳ねた。
言葉が、思考が、全部止まる。
このタイミングで言わせるなんて、俺は最低だ。
普通なら“言い返し”たくなる。
本当は怖いくらい嬉しいくせに。
「…ぷーのすけ、 そんな……俺……一年しか——」
「分かっとる。 それでも好きなんや」
迷いが一つもない目だった。
一年後の絶望より、“今”の俺を見てる目。
「返事はいらん。 今ここで付き合えなんて言うつもりもない。 ただ……知っといてほしかっただけや」
ぷりっつは照れたように視線をそらした。
だけど、俺の手は離さない。
どれだけ怖くても、どれだけ泣いても、 ぷりっつは俺の手を離さない。
「まぜ太。 生きてる間、何したい? 行きたいとことか、やりたいこと……なんでも言え」
「……なんでも?」
「なんでもや」
一瞬だけ迷ってから、 俺はゆっくり口を開いた。
「……じゃあさ。 また、学校行きたい」
ぷりっつの目がふわっと優しく緩む。
「ええやん。行こや。 俺、毎日迎えに行くわ。 いや、迎えに行くっていうか……付き添いか?」
「……なんだよそれ」
「もう恋人未満の甘々やろ? 俺ら」
「恋人未満って……っ、誰が——」
「じゃあ、恋人になる?」
「い、今は……まだ……!」
「ほら見ぃ。未満や」
ぷりっつが笑った。
葬儀が終わって初めて見る、柔らかい笑顔。
その笑顔が、 なぜか胸の真ん中に灯りをともした。
「じゃあまぜ太。 最初の目標な」
「……なに?」
「今日からの一年 “後悔せん一年にする”。 それを俺ら二人で作る」
「……できるかな」
「できる。 俺がついてる」
その言葉は不思議なくらい温かくて、 弱っていた俺の心のど真ん中に届いた。
「まぜ太、笑ってや。 そんな暗い顔ばっかやと……俺もしんどい」
「……笑えるわけ……」
「ほら、ほっぺつんするで」
「やめろっ……!!」
ぷりっつが指で俺の頬をつついた瞬間、 我慢できずにふっと笑いが漏れた。
たった一瞬の、ほんの小さな笑顔。
でも、ぷりっつはその笑顔を見て、 嬉しそうに笑った。
「……ほらな。 まぜ太が笑うと……俺、世界一幸せなんやで」
そんなこと言うなよ。
心臓がもたないだろ。
でも、心のどこかで——
“この一年を、ちゃんと生きたい”と思い始めていた。
翌朝。
制服のボタンを留める手は、少し震えていた。
母さんがいなくなって初めての登校。
胸がひどく締めつけられて、息が浅くなる。
でも——
「まぜ太、行くで」
玄関では、いつの間にかぷりっつが待っていた。 手にはコンビニの温かい飲み物。
「……来てくれたのかよ」
「約束したやろ。 最初の日は特に、ひとりにせぇへんって」
渡されたホットミルクティーが熱い。
持つだけで指先がじんわり温まる。
「飲め。落ち着くで」
「……ありがと」
「俺も飲む」
そう言って自分のを開けるぷりっつ。 なんかそれだけで心臓が軽くなる。
「行こ。ゆっくりでええから」
俺はうなずき、二人で並んで歩き出した。
正門に近づくと、 何人かがこちらを見てひそひそ話しているのが分かった。
母のこと。
俺が倒れたこと。
色んな噂が流れてるんだろう。
胸がまたきゅっと痛む。 すると、ぷりっつがそっと俺の袖をつまんだ。
「気にすんな。
なんか言われたら、俺が全部跳ね返したる」
「……ぷーのすけが怒ると皆びびるからやめろ」
「びびってくれたら都合ええわ」
「いやいやいや……」
思わず苦笑が漏れて、少しだけ肩の力が抜けた。
教室に入ると、一瞬で静かになった。
嫌な沈黙じゃない。
心配する空気が伝わってくる。
『あ……ま、まぜ太……大丈夫……?』
『無理して来てない……?』
優しい声ばかりで、逆に胸が痛む。
するとぷりっつが一歩前に出た。
「まぜ太は大丈夫や。 今日からまた来るから、普通に接したって」
「ぷ、ぷーのすけ? お前なんでそんな偉そう——」
「こいつは俺の大事なやつやからな。 優しくしたってや」
一瞬、教室中の空気が固まった。
俺も固まった。
「お、お前……“大事なやつ”って……!」
「あかんの? 事実やん」
にやっと笑うぷりっつ。
顔が一気に熱くなる。
「ちょ……やめろって……!」
「照れてんの? かわいいな」
「うるせぇ!!」
クラスから小さな笑いが起きて、 空気がようやくいつもの場所に戻っていった。
放課後
ぷりっつが小声で俺に言った。
「まぜ太。 俺、ちょっと連れて行きたいとこあるんやけど」
「……どこ?」
「秘密。ついてきて」
手首を軽くつままれて、
胸がどきっと跳ねた。
「……まぁ、いいけど」
ぷりっつは嬉しそうに笑った。
二人だけの秘密の場所
連れて来られたのは、学校裏の使われてない中庭。 小さな藤棚と古いベンチがある、静かな場所。
「なんでここ?」
「誰も来んから。 俺らだけの……秘密の場所や」
「……秘密?」
「そ。 まぜ太がしんどい時、ここ連れてくる。
ふたりで休む場所って決めた」
そんなこと言われたら——
胸が痛いほど嬉しくなる。
「ほら、座れ」
ベンチに並んで座ると、
ぷりっつがそっと俺の頭を撫でた。
「まだ無理してるやろ」
「してないって……」
「嘘つき。 声で分かるんや。ずっと一緒におるから」
「……そばにいるの、当たり前みたいに言うなよ」
「当たり前やろ。 まぜ太の最後の一年、“全部いっしょに生きる”って決めたんやから」
そんな顔で言うなよ。
優しすぎて、泣きそうになる。
「……俺さ」
「ん?」
「ぷーのすけのこと……頼りすぎかもなって思う」
「いいやん。
頼られるの、嫌やない」
「……そっか」
沈黙。 風で葉が揺れる音だけが聞こえる。
ふいに、ぷりっつが横目で俺を見た。
「まぜ太」
「なに?」
「手……つないでええ?」
耳まで熱くなった。
「……なんで……」
「恋人未満でも、これくらいええやろ?」
半分、甘えてる声。
断れなかった。
「……いいよ」
俺が手を差し出すと、 ぷりっつはそっと重ねてきた。
指が絡む。
温度が伝わる。
胸が苦しくなるくらい、嬉しい。
「……あったか」
「お互いやな」
まるで恋人みたいなのに、 まだ恋人じゃない。
でも——
この“恋人未満”が今は心地よかった。
長い影を落としながら、 俺たちは夕暮れの中庭にずっと座っていた。