テラーノベル
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週末の朝。窓から射し込む柔らかな光にまぶたを押されて、俺はゆっくり目を開けた。
昨日は久々の登校で、体力的にはきつかったけど……みんなが優しくて、そして何より、ぷりっつがずっとそばにいてくれて。 胸の奥のしこりが少しだけ軽くなった気がした。
とはいえ、今日も体は鉛みたいに重い。
だけど——
スマホに届いていた一通のメッセージで、そんな重さは全部吹き飛んだ。
『まぜ太、今日空いとる? 行きたい場所あるんやけど、一緒に行こ』
文字だけなのに、声まで聞こえる気がする。
「……お前、どこ行く気だよ……」
口元が勝手にゆるむ。 心臓がひとつ跳ねた。
“デート”って言葉は使ってないけど、どう考えてもそれっぽい。
行くしかないじゃん。 俺がどうなっても、今日だけは絶対に。
「お、来た来た。……まぜ太、思ったより元気そうで安心したわ」
待ち合わせ場所の駅前で、ぷりっつが手をひらひら振った。
白いパーカーに黒いキャップ。いつもよりちょっと大人っぽい格好に、思わず目が奪われる。
「いや、その……まあ、大丈夫」
「強がんなや。しんどなったらすぐ言えよ?」
頭をポン、と軽く叩かれて、胸の奥が熱くなる。
──こういうの、ずるい。 惚れるに決まってる。
「で、どこ行くんだよ。こんな朝早くに」
「ふふん、それは着いてからのお楽しみや」
ニヤッと笑いながら、ぷりっつは切符を二枚取り出した。 手の甲が触れる。 心拍数が一気に跳ね上がる。
電車に揺られて一時間。 着いたのは、少しだけ郊外の海辺の街だった。
潮の匂い。
広い空。
風が優しくて、胸の奥まで抜けていくようで。
「……すげぇ、海だ」
思わず呟くと、ぷりっつが満足そうに笑った。
「まぜ太、海好きって前に言うてたやろ。……こっち来たら少しは気持ち、楽になるかなって思って」
そんなの……そんなの、惚れ直すだろ。
「……ありがとな」
「あっ、ちゃんと言えたやん。偉い偉い」
「子ども扱いすんなって!」
「はいはい、反抗期反抗期」
笑いながら、波打ち際を二人で歩く。 足にかかるひんやりした海水が気持ちよくて、俺は気づけば久しぶりに心から笑っていた。
——あ、そうだ。
こうやって笑うの、いつぶりだろう。
「まぜ太、こっちこっち。昼はな……ここの海鮮丼がめちゃうまいんよ」
ぷりっつのテンションが高い。 俺を楽しませようとしてくれているのが、言葉じゃなくても伝わってくる。
食べ物の写真を撮って「うっま……!」って何度も反応する俺を見て、ぷりっつはずっと嬉しそうに笑ってた。
そして夕方。
山の上にある小さな展望台に着いた時、俺は息を呑んだ。
──海と街の灯りが全部見える。
オレンジ色の空がゆっくり紫に変わっていく。
風が涼しくて、静かで、胸が痛くなるほど綺麗だった。
「ここ、来たかったんだよな……」
自然と漏れた言葉に、ぷりっつが横目で俺を見る。
「やろなって思った」
「なんで分かるんだよ」
「……好きやからに決まっとるやろ」
心臓が止まった。
「…っな」
反射で出た声は裏返っていた。 ぷりっつは視線を逸らし、キャップのつばを触る。
「この前勢いで言っちゃったけど、改めてちゃんと言わせてや ……俺、まぜ太が好きや」
風の音が遠のいた。
胸の奥が一気に熱くなって、呼吸がうまくできない。
好き。
好き。
好き。
ああ……俺も。好きだよ。ずっと、何年想って来たと思ってんだよ。
諦めようって決めたのに…諦めれそうにないや。
「ぷーのすけ……俺も……ずっと、好きだった」
言った瞬間、ぷりっつの目が大きく開かれた。
「……ほんまに?」
「嘘つくかよ……」
次の瞬間、両肩を掴まれて引き寄せられる。
抱きしめられた。
強く、優しく、でも必死で。
「……っ、よかった……ほんま、よかった……」
胸に顔を埋められて、俺も堪えきれなくなる。
涙が一粒、声もなくこぼれた。
俺、死ぬんだ。 一年もない。 本当は、こんなこと……しちゃいけないのに。
でも。
「俺……ぷーのすけと一緒なら、どこでも行ける気がしてきた…」
「当たり前や。最後まで……全部一緒におる」
「……好きだよ、ぷーのすけ」
「俺もや、まぜ太。……付き合ってくれへん?」
夕焼けがきれいだった。 世界が泣きそうに光ってた。
「……うん。俺でよければ」
その瞬間、俺たちは恋人になった。
“最初で最後”の恋人。
でも、間違いなく世界で一番幸せだった。
最終電車で帰ってきた頃には、街はすっかり夜の匂いになっていた。
海風の残り香と、遠くで聞こえる車の音。
さっきまで胸の奥で暴れていた鼓動が、まだうまく収まらない。
——恋人。
俺とぷーのすけが、恋人。
現実感なさすぎて、正直ちょっと笑えてくる。
「まぜ太、ほんま疲れとるやろ。今日は俺んち泊まっていきや?帰すん怖いわ」
「……いいの?」
「当たり前や。恋人やねんから」
“恋人”って自分で言うのまだ恥ずかしいくせに、しれっと言ってくるからずるい。
俺は頷いて、ぷーのすけと並んで家に向かった。
ぷーのすけの部屋は、相変わらず本人そのものみたいにちょっと散らかってて、でも妙に落ち着く。
ベッドの端っこに腰を下ろすと、急に心臓がまた忙しく動き出した。
「……なんでそんな端っこ座んねん。落ちるで」
「いや……なんか……緊張して」
「は?なんで緊張すんねん」
「いや恋人だろ……?」
「……あ、せやったな……」
ぷーのすけも急に顔赤くして目を逸らす。
その反応が可愛くて、俺の方が真っ赤になった。
ベッドの軋む音だけが静かに響く。
しばらく沈黙が続いたあと、ぷーのすけがぽつりと言った。
「まぜ太……こっち来て」
その声が、妙にやさしくて。 誘われるように、俺は隣に座り直した。
距離、近い。
触れたら壊れそうで、触れないと苦しい距離。
そっと、俺の手の甲に指が触れた。
くすぐったくて、あたたかくて、胸がきゅうっとなる。
「手……つないでええ?」
「……うん」
繋いだ瞬間、熱が一気に広がっていった。
指と指が絡むだけなのに、“恋人”の実感がじわじわ押し寄せてくる。
ああ、俺……今、めちゃくちゃ幸せだ。
「まぜ太」
「ん?」
ぷーのすけが俺の手をぎゅっと握る。 今にも泣きそうな顔だった。
「……こうして触れとると、ほんまに……いなくならんといてほしいって思ってまうわ」
胸が強く揺れた。 ぷーのすけは続ける。
「俺、まぜ太の身体がどうとか、事情とか全部わかっとんのに……それでも、手離したくないって思ってまう。 こんな気持ち……どうしたらええんや」
「ぷーのすけ……」
「正直、怖い。まぜ太がいなくなる世界なんか考えたくない」
俺の胸の奥で、何かがはっきりと音を立てて弾けた。
今まで、“どうせ一年の命だから”ってどこかで諦めてた。
好きになっちゃいけないって、自分に言い聞かせてきた。
“生きたい”って言ったら、誰かを期待させてしまう気がして。
でも——
こんな顔、されたら。
こんな声、聞かされたら。
こんなに大事にされたら。
「……俺も、まだ生きたいよ…」
無意識に言葉がこぼれていた。
ぷーのすけが息を飲む。
「まぜ太……」
「ぷーのすけと……もっと一緒にいたい。 もっと笑いたいし、もっと喧嘩したいし……もっと、好きでいたい。 最後の瞬間まで、ちゃんと隣で生きたいって……今日、初めて思った」
言った瞬間、ぷーのすけは俺を抱きしめた。
強くて、震えてて、でも優しい腕だった。
「……まぜ太。俺もや。俺もずっと隣におりたい。 一年でも、一ヶ月でも、一週間でも……一秒でも長く、お前と生きたいんや」
胸が締め付けられる。
息が苦しいほど幸せで、苦しいほど怖くて。 でも、腕の中はあたたかかった。
「ぷーのすけ……離れんなよ……」
「離れるわけないやろ。恋人やねんから」
そっと額を寄せ合う。 呼吸が近くて、距離がなくて。 何度も名前を呼び合って、涙混じりで笑った。
こうして寄り添っている時間が、永遠に続けばいいのにと思った。
——生きたい。
この夜、俺は初めて心の底からそう願った。
翌朝。
カーテン越しの光が、優しく、少しだけ寂しく部屋を照らしていた。
ぷーのすけの腕の中で目を覚ますのは、まだ夢みたいで。 息を吸うたび胸がくすぐったくなる。
「おはよ、まぜ太」
「……おはよう、ぷーのすけ」
寝起きの声で名前呼ばれた瞬間、顔から火が出るかと思った。
けど——悪くない。むしろ嬉しい。
「身体、大丈夫か?」
「うん。もう疲れ無くなった」
「じゃあ……今日はゆっくりしよか。まぜ太の好きなもん食って、映画でも——」
「あ、ぷーのすけ」
「ん?」
胸の奥にそっと手を置いて、俺は一つ深呼吸した。
「……相談、あるんだ」
俺たちはリビングのローテーブルに並んで座った。 テーブルの上には、無地のノートとシャーペン。
「……まぜ太、これって」
「やりたいことリスト。俺が死ぬまでに、したいこと」
ぷーのすけが眉を寄せ、喉の奥で小さく息を呑む音が聞こえた。
「ほら、暗い話じゃねぇよ。せっかく恋人になれたんだから…… 最後まで楽しく生きたいんだよ。俺」
ノートを開く。 白いページが、やけに眩しい。
「……どんなこと、書くん?」
「まず……ぷーのすけと旅行。 昨日みたいなの、もっと行きたい」
「ああ、ええな。行こ。いっぱい行こ」
「あと……普通に学校行って、また昼飯一緒に食ってさ。 別に特別じゃなくてもいい。ほんとに、普通がいい」
「まぜ太……」
「それから、文化祭も一緒に回りたいし…美味しいもの食べたいし…… ぷーのすけの誕生日、ちゃんと祝いたいし……俺の誕生日も祝ってほしいし……」
ひとつひとつ言うたびに、ぷーのすけの表情が変わる。 悲しそうで、嬉しそうで、苦しそうで、でも愛おしそうで。
全部まとめても、やっぱり優しい顔だった。
そしてまたページに書き込む。
シャーペンの音だけが、部屋に静かに響く。
「それと……これが一番大事」
俺は手を止め、ぷーのすけを見つめた。
「今日からもう……あんまり余命の話、しないでほしい」
「……まぜ太」
「俺は……“死ぬ人”として扱われたいわけじゃねぇんだよ。 ぷーのすけは普段どおりでいてほしい。 特別扱いとか……もう、しんどい」
ぷーのすけは拳を握りしめ、奥歯を噛んでいた。
「……ほんまにええんか。 俺は、お前が辛いとき、何でもしたいって思ってまうんやで」
「してほしいよ? してほしいけど… でも、“余命あるから”じゃなくて……“恋人だから”してほしい」
言ってから、自分でも恥ずかしくなって顔をそむけた。
ぷーのすけは無言で腕を伸ばし、俺の頭をそっと撫でた。
「……わかった。 まぜ太が望むなら、俺はそうする」
その声は優しかった。
ぎりぎりのところで必死に感情を押しとどめてるみたいで、余計に胸に刺さった。
「ありがとう、ぷーのすけ」
「けどな?」
「ん?」
頭を撫でる手が止まって、俺の頬を包むように触れる。
「“普通”でいるんは約束する。 でも——好きなんは普通以上やからな?」
言ったあとに照れたみたいに目を逸らす。
その反応が可愛すぎて笑いそうだった。
「……じゃあ俺も同じ条件でいくわ」
「条件ってなんや」
「普通の恋人として… 好きなだけ、ぷーのすけに甘える」
ぷーのすけが言葉を詰まらせる。
顔が真っ赤だ。
「おま……そんな可愛いこと言うなや…」
くだらないやりとり。 でも、こんなのがいい。
こんなふうに笑って、“いつも通り”で過ごしたい。 そう思った瞬間——胸の奥がじんわり熱くなる。
この先どうなるかなんてわからない。
でも、“普通の恋人”でいたいって願いは、俺たちの最初の約束になった。
翌朝。
昨日、ぷーのすけに“普通でいてほしい”って頼んだその翌日。
いつも通り支度をして玄関の扉を開ける。
どんな顔して来るかな、と少し不安だったけど——
「お、まぜ太。生きとったか、全然来ねぇからさ〜」
開口一番、それかよ。
「いや生きてるだろ。そんな簡単に死なねえから」
「いや〜、もしかしたらゾンビ化しとるかもな〜思て。 ほら見せてみ? 噛み跡とか——」
「ねぇよ!やめろ!」
俺が突っ込むと、ぷーのすけはニヤッと笑って肩を組んできた。
その仕草が、あまりにも“いつも通り”で。
たまらなく嬉しかった。
「ほら、早よ行くで。遅刻したら先生に怒られんの俺までや」
「なんでお前が怒られんだよ……」
「まぜ太の恋人やからやろ?巻き添えシステムや」
「勝手にシステム作んな!」
くだらない会話。 でも、俺は歩きながらずっと笑っていた。
昨日まで胸を締め付けていた重いものが、
少しずつ溶けていくみたいに。
教室に入ると、クラスのやつらがぱっとこっちを見た。
「あ、まぜ太来た!」
「無理すんなよー!」
大げさじゃない。けど、ちゃんと心配してくれている感じの声。
それが温かくて、ほんの少し泣きそうになった。
ぷーのすけは俺の後ろで腕を組んで、なぜか得意げに言う。
「こいつはな、寝不足やねん。寝不足で倒れただけや。アホやろ」
「アホは余計だろ!」
「いや〜お前ほんま弱いねん。ほら座っとけ座っとけ」
「うるせぇ!」
周りが「ぷりっつ相変わらずやな」「まぜ太も元気そうやん」と笑って、 教室が一気に明るくなった。
——こんな日常、しばらく忘れてた。
席につくとぷーのすけが顔だけこっそり寄せてくる。
「……“普通で”って言うたのはまぜ太やからな。 俺、ちゃんと守っとるで?」
目の前で小声で言われて、心臓が跳ねた。
「分かってるよ……ありがとな」
「礼とかいらんわ。恋人サービスや」
「恋人サービス!?」
「せや、ちゅ——」
「言わせねぇよ!」
頬が真っ赤になった俺を見て、ぷーのすけはケラケラ笑う。 その笑い声だけで、胸の奥が温かくなる。
授業中。
いつもみたいにぷーのすけは俺の消しゴムを勝手に使って、 俺が取り返そうとしたら机越しにヒョイと避けて笑って。
放課後。
いつもみたいにふたりでコンビニ行って、
適当な菓子買って、階段に座ってダベって。
全部“いつも通り”なのに。
——なんでこんなに楽しいんだろ。
同じ風景のはずなのに、 隣にいるぷーのすけの笑顔が、 手の温かさが、 全部いつもより強く胸にしみる。
「まぜ太?」
「ん?」
「なんや、ニヤニヤして。気持ち悪……いてっ!」
「てめぇが言わせてんだよ!!」
ぷーのすけの頭を軽く叩くと、 彼は痛そうなフリしながら笑う。
「……やっぱりまぜ太は、笑っとる方がええな」
何気なく言ったその一言が、 今日一番胸に染みた。
「……ぷーのすけのおかげだよ」
「ちょ、そのセリフは反則やろ……心臓、しぬ……」
「死ぬのは俺だろ」
「おま、やめろ言い方ぁっ!」
俺たちの馬鹿みたいなやり取りに、 夕陽が差し込む階段がゆっくりと橙色に染まっていく。
“いつも通り”がこんなに幸せだったなんて。
“普通でいたい”と願ったあの日から、
初めて心から笑えている気がした。
俺は今日、強く思った。
——生きてぇな。
こんな日、まだまだ欲しい。
「なぁ、まぜ太」
「ん?」
「次のデート、決めよや」
その一言で、胸の奥がふわっと明るくなる。
俺に“未来の約束”をしてくれた。
たったそれだけのことなのに、涙が出るくらい嬉しい。
「……ぷーのすけ、デートとか慣れてんの?」
「アホか。おまえが初めてやっちゅーねん」
「……っ!」
堂々と言われたら逆に刺さる。 ずるいよ、ほんと。
「ほら、言ってみ?」
「え、うーん…」
「……映画、とか……?」
「ん〜〜……」
ぷーのすけはちょっと考えて、いたずらっぽく笑った。
「映画館でいちゃいちゃしたいってこと?」
「はぁ!? 違ぇよ!!」
「冗談やって」
でも、目は本気で楽しそう。
「映画ええやん。 暗いし…手もつなげるし」
「なに、手つなぎたいの?」
「離したくないだけ」
ストレートに言われすぎて、俺は返事すらできなくなった。
ぷーのすけがふっと笑って、スマホを開く。
「じゃ、次の日曜、映画な。行きたいやつあったら教えて」
「……うん楽しみにしとく」
家の前に着くと、いつもみたいに別れるはずが
「まぜ太」
呼び止められる。
振り返った瞬間、ぷーのすけが俺の頭に手を乗せた。 撫でるでもなく、触れるだけの、優しい重さ。
「……明日も一緒に帰ろな」
「……当たり前だろ」
「小さい約束でもええねん。こーいうの、嬉しいからさ」
胸がぎゅうっと締め付けられた。
“一緒に生きる一年”。
その真ん中に、こうして小さな約束が積み重なっていく。
ほんの少しだけ、
俺は“明日を楽しみにしてる自分”に気づいた。
「……また明日な、ぷーのすけ」
「おう。また明日、まぜ太」
ふたりが笑ったその瞬間、
夕暮れの街が少しだけ明るく見えた。
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本当表現力が神がかってます! 続き楽しみにしています!