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「え、な、なんでそれ知って…」
「二人の雰囲気でね、あとひろくん会計のときになーんか上の空だったし、なんとなく察した」
物憂そうな瞳に見つめられて、つい目を逸らしてしまう。
「は、はあ…そうですか…」
なんだか気まづくてよそ見してそう言うと、至近距離まで太齋さんが顔を近づけてくる。
「それで?あの子と付き合うの?」
その声色はどこか冷たくて、いつもの明るさは微塵も感じられないほどに静かで大人びたものだった。
そう聞かれても、正直僕は分からないとしか言いようが無かったけど、ふと思ったことを口にした。
「正直、戸惑ってて……でも、その人のことを独占したいと思ったり、もっと一緒にいたいと思ったり、自分だけを見ていて欲しい…そう思うのって恋、なんですかね」
太齋さんの目を見ながらそう尋ねると、沈黙の中、憮然とするような露骨な表情をされた。
それに疑問を抱いたが、太齋さんはすぐに「そうかもね」と狡そうに笑った。
僕はそういう感情を、瑛太でも他の誰でもない、太齋さんに抱いている。
そのときに気づいた。
この感情は、恋みたいな感情は、ただ仲良い友達に抱く独占欲だけじゃない。
それよりも濃くて、甘い恋愛感情なのかもしれないと。
そのことについて、今ここで気持ちを伝えようか迷っている間に、先に口を開いたのは太齋さんの方だった。
「俺、ひろくんのこと諦めるよ、だからその恋、応援してるね」
太齋さんの何処か寂しげな表情に、勘違いさせてしまった…?と思い、席を立つ。
「ち、違うんです!今言ったのは…」
そんな僕の言葉を遮断するかのように口を開く。
「それが聞きたかっただけだから、気遣わなくていいよ。今日はもう遅いし、帰ろ?」
そう言って席を立った太齋さんは、店の扉の方まで歩いていくので、仕方なく背中を追う。
すると戸を開けて、僕の方にいつもの笑顔で向き直る。
「今日はありがと、暗いから気をつけてね」
渋々、お礼を言って外に出ると、こちらこそっと言われ、あっさりと扉を閉められてしまった。
太齋さんが、閉める直前にこちらに見せた顔は、どこか悲しげに見えた気がした。
(絶対太齋さん誤解してる…よね?そ、それとも…本当は、太齋さんのこと好きって言おうとしたから、それがいけなかった……?)
(そうだよ……まず諦める、ってなに…?まさかとは思うけど、僕が太齋さんのこと好きになってるって分かって、もういいやってなった…ってこと…?)
さっきの太齋さんの表情に言葉、理解が追いつかず色んな妄想を膨らませてしまう。
どんな思いで帰宅したかは覚えていないが、家に帰ってからもずっと考えていた。
これは、太齋さんに振られたってことなのか…
分からない。
なんで急にこんなことに…?
いきなり、僕のこと諦めるって言われて。
意味がわからない。
でも、多分これ、僕のせい、だよね
僕が答えを出すのが遅れたから、それに嫌気が差した…?
これでおしまいってこと?
太齋さんに気持ちを伝えたかっただけなのに。
それからというもの、前のようにLINEが来ることはなくなったし、店に行っても完全に客としての対応。
明らかにそっけなくなった
僕を呼ぶ声が、今まであった柔らかい声音が、平坦で硬いものになった気もする
まさに心が無くなったのだと感じた。
僕は彼にとって不要な存在になったんだと。
それが酷く悲しい。
でも……彼のことを諦められないのも事実だった。
きっと太齋さんに惹かれてる。
これは恋なんだと気づいてしまったから。
だから彼の気持ちをどうにかしたいと足掻いているんだ。
もう一度、僕に振り向いて欲しくて…あれが嘘じゃないなら、もう一度だる絡みぐらいしてきてほしい。
また、好きと言ってほしい
そうは思っていても、ビビりな僕には何も出来なくて、ただ時間だけが刻々と過ぎていった。
(太齋さんことなんて、早く諦めるべき…)
でも、今更そんなこと無理だ。
この気持ちは、どうにもならないくらい、大きくなっている。
閉店後に呼ばれることも無くなり、会って話がしたくてLINEを送っても「忙しいからごめんね」と一刀両断されてしまう。
街中で、太齋さんを見かけて話しかけても、顔を顰めて名前すら呼んでくれない。
思い切って、手を掴んで名前を呼んでも
聞いたこともないような低い声で「離してくれる?」と言われて手を振り払われ、反射的にビクッとしてしまった。
「太齋さん…っ、どうして…」
そのとき初めて太齋さんに怖感を抱いた。
結局、何も出来ないまま数日が過ぎたある日のことだった。
休日、買い物に行こうと思い外に出た帰り道でのこと
見知らぬ女性と太齋さんが一緒に歩いているのを見かけてしまった。
女性の方も太齋さんの首に手首を回して、抱きついていた。
見てちゃダメだ、早く去らないと…
そう思っても、目の前の光景が言じられなくて、何もできずに立ち尽くしている間に、太齋さんがこちらに気付いてしまった。
「ひろ、くん」
僕に見られたくないものだったのか。
ロボットみたいに呟いたその声に、胸が痛む。
それよりもなんで太齋さんがそんな顔するの、って無性に腹が立ってしまう。
挙句の果てには、そんな太齋さんと同じく女性も僕の方に振り返って「ねえだれ?知り合い?」と聞き始める。
僕は唇を噛んで、溢れそうになる涙を堪えながらその場から逃げるように走り去った。
家に帰ってもまだ涙が止まってくれなくて、そこから5日ほど彼と顔を合わせないように、お店すらも避けるようになっていた。
その間、ずっと頭の中には太齋さんの声や笑顔があって、好きな市販のチョコレートも全く口を通らなくなっていた。
ただ一言理由を知りたくて仕方なかった。
ここで粘らないと、二度と彼に会えなくなる気がする。
(だから、どうしても太齋さんの気持ちを知りたい…)
(どうして僕のことを諦めるって言ったのか……それが聞きたい。)
だから、平日の夜、太齋さんが店を閉めて帰宅する時間を見計らって、太齋さんの家の前で待ち伏せをすることにした。
計画通り、待っていると、私服の太齋さんが姿を現した。
『え、なんでここに…』
予想外だったのか、目を見開いてこちらを見てくる。
「太齋さんを待ってたんです、僕、どうしても聞きたいことがあって……!」
『俺は、無いよ』
すぐに目線を逸らし、僕の横を通り過ぎて、家に入ろうとする。
「……っ」
(もうそんなに僕のこと、興味が無いんですか)
落胆しながらも、ここで太齋さんを逃がしたら、もう終わりだと思った僕は、勢いで彼を後ろから抱きしめた。
「なんであのとき、諦めるとか幸せにとか言ってきたんですか」
今の太齋さんは、正直、優しくない。
『家入りたいから、離して』
どちらかと言えば怖い
それでも、話さなきゃいけないことがあるんだ。
「嫌です、太齋さんが話してくれるまでは離しませんから…っ!」
『……っ』
「どうして、僕のこと諦めるなんて言ったんですか…」
『…はあ?そりゃ、好きな子に好きな人できてんなら諦めるでしょ』
「それも…嘘ですか?」
『いや、嘘じゃないって』
『つーか、そろそろ離して。しつこいから』
「もう、飽きちゃったってことですか……っ」
『だからそういうんじゃなくてさ…』
「やっぱり、僕が太齋さんのこと好きって言おうとしたから….?」
『は…?』
太齋さんは、僕の言葉に動揺したように顔だけで振り返る。
「なにそれ、どゆこと?」
僕は、溢れる涙を無視して言い続けた。
「僕が振り向いたら…それでもう僕のことなんかどうでもよくて…….っ、だから女の人と…」
「太齋さんは…チャラいけど、僕のこと本気で好いてくれてるんだなと思ってた……でも、違ったんですね…ぼ、僕のこと、面白がって告白したんじゃないですか…?僕がゲイで、反応も面白いからって理由で………」
すると太齋さんは、暴走する僕の肩を強く掴んで言う。
『ちょ、まって…ひろくん、さっきから、何言ってる…?…俺、ひろくんが瑛太くんのこと好きなのかと思ってあんな振り方したんだけど……は、違うの?』
「へ……?」
僕は太齋さんの言っていることが理解できなくてあっけらかんとしてしまう。
「俺、もしかして早とちりしてたってこと…?まってどういうこと」と続けてくるので、僕もすぐに言葉を繋げた。
「え、え?えっと、とり、あえず…状況理します…?」
聞けば、太齋さんは僕と瑛汰が両思いになったのだと勘違いしたのだと言う。
「えっ、じゃあ僕が瑛汰のことが好きだって勘違いしてたんですか…!?」
「…うん、てか、泣かせてごめん。俺、まだひろくんのこと好きだよ…?…でも、ひろくんが瑛太くんに恋してるみたいなこと言うから…てっきりそうなのかと思ってさ…だからわざと冷たい対応してた」
「それで、ひろくんへの気持ち…女の子とえっちでもすれば忘れられるかなって思って、ヤケになってホテル行こうとしてたんだよね。ま、そこでひろくん見かけちゃったから、正気になってヤる気もなくなっちゃったわけ」
「な、なんか…すみません」
「いや…俺の方だから、謝んの。まじでごめん。酷い対応もしたろうし、挙句の果てに好きな人泣かすし、こんなのに好かれてるとか嫌だよね」
「い、いいんです…!もう、誤解は、お互いに解けましたから…」
「そ…っか…ありがとう…」
「でも…あんなに素っ気ない太齋さん初めて見たので…ちょっと、怖かったんです…太齋さんも、クズ男なのかなって、そんなわけないのに…だから、またこうやって笑えて…本当によかった…です」
「ごめんね、好きな子泣かせてる時点でクズ男だと思うけど、ひろくんが話そうとしてくれなきゃずっとあのまま勘違いしてたと思うし、ありがとね…」
そう言うと、太齋さんは僕の体をギュッと抱きしめる。例えるなら、昔からずっと一緒に寝ている大切なぬいぐるみを抱くように。
というか、あっさり口にしてしまった
“太齋さんのことが好き”
通りで太齋さんはめっちゃニヤけているわけで。
「太齋さん、僕の顔見ながら、ニヤけるのやめてくれます…??」
すると太齋さんはまるで思春期の男子みたいに照れてモゴモゴと口を動かす。
「いや、ひろくんに好きって言われると、やばいな….破壊力が」
破壊力すごいのは太齋さんの照れ顔だと思うけど
そう言われて、改めて頭で整理した言葉を紡いだ。
「僕、太齋さんのことチャラいし軽薄だし女たらしな、いつも僕のことからかってくるただの幼馴染だと思ってました」
「わ、我がごとながら酷い言い様…」
「なのに…顔だってスタイルだって抜群なイケメンなのに、本命とか作らないし、女の子にもモテモテなのに僕みたいな平凡な陰キャのこと好きとか言って、その後には忘れてとか言って振り回すし…そんなことされたら意識せずにはいられない、っていうか…」
僕の独白をただ呆然と聞いてくれていた太齋さんが、ポツリと言った。
『アプローチか、貶してんのかわかんないんだけど…』
「どっちもです」
空恥ずかしい思いで言い返すと
ぷっと笑われたが、それと同時に頭に手を翳されて『なにそれ、告白のつもり?かわいいけど』と言いながら喜色の笑みを浮かべる太齋さん。
「笑いすぎです!ていうか、告白っていうか…僕もよく分からなくて…だからその、今すぐ付き合ってどうこうなるっていうのは…っ」
決まりが悪い言葉でそう言うと
「あーーー、ごめん、俺も迫りすぎてた自覚はあんだよね。いやまじ、全然ゆっくりでいいからさ…ひろくんさえ良いなら、俺とお試しで付き合ってくれないかな?」
続けて聞いてくる太齋さんのうるっとした瞳に見つめられると、愛犬に強請られるみたいに愛くるしくなる。
そんな柔らかい瞳に見つめられては、断るなんてとてもできなくて。
「一ヶ月、お試しでなら、まあ…」
「まじで?いいの?!」
「……お、お試しですから、仮ですからね!」
僕がそう答えると、息が止まりそうなほど勢いよくギュッと身体を抱きしめられた。
なんだか見えない耳としっぽまで見えてきそうな気さえした。
「でさ…お試しならどこまでしていい?ハグは?キスはなし?」
「くっ、くるしいです…ハグなら今もうしてるじゃないですか…キスは、口以外なら…」
「ははっ、そーだった。それじゃあ、明日からよろしくね、ひろくん♡」
翌日…僕は昼頃に大学の食堂で昼食を取ってい
た
そのとき、告白の返事を出すために手を止めて瑛太の目を見つめながら口を開いた。
「ごめん、僕…太齋さんと付き合うことにしたんだ。だから…」
僕は太齋さんのことが好きだから、瑛太とは付き合えない。
そう断るつもりだったのに、瑛太は僕の言葉を遮って言う。
「あーそれなら良かったわ、お前に告ったあれ、お前と太齋さんをくっつけるつもりで言ったんだからな」
クスっと笑みを浮かべてそう言う瑛太の言葉に驚いて、僕は驚きを隠せなかった。
「え、えっ?!そ、そうなの!?」
「ったりめーだろ、俺がゲイなの事実だけど、まずお前俺のタイプじゃねーし」
「だったら最初からそう言えば僕だって演技したのに…!いやまずそんなことしなくても良かったって言うかなんていうか…」
「お前がやるとどーせすぐバレそうだったからな
~、ほら、敵を欺くにはまず味方からって言うだ
ろ?」
「そのことわざの使い方が合ってるかどうかは分かんないけど…まあ、ありがと?なのかな?」
「なんで疑問形なんだよ」
お互いに笑いながらそんなことを話すと、ふと思った。
確かに瑛太から告白されてそのことがあって、太齋さんに恋心をいつの間にか抱いていたことに気づいた。
色々あったけど、関係も上手く丸まった…のかは分からないが。
一応、お試しで恋人にはなった。
僕の気持ちにも良い変化があったんだと思いたい。
その日は、大学の正門から出るといつも渡る交差点で瑛太と別れた。
今日はなんだかいつも以上に疲れてチョコが食べたい気分だったが、昨日の今日ということもあり
太齋さんと顔を合わせるというのも、なんだか気恥ずかしく、行こうか迷いながら帰路を辿っていた。
そんなとき、見覚えのある車が僕の横で止まる。
「ひろくんじゃん、今帰り?」
運転席の窓を下にスライドさせ、顔を出したのは紛れもない太齋さんだった。
「だ、太齋さん!えっと…はい、太齋さんは…買い出しの帰りですか?」
聞くと、太齋さは首を縦に振って言った。
「買い出しついでにそろそろ大学終わる頃かなーと思ってひろくんを迎えに来たんだけど、乗ってかない?」
太齋さんにそう言われ、断るのも避けてる理由もなかったので「太齋さんさえよければ」と一言返事をする。
「じゃ、扉開けるから助手席の方回って座ってくれる?」
太齋さんの言う通りに助手席側に回ると、扉を開けてくれたので「失礼します…」とチラッと太齋さんの顔を確認しながら車に入る。
太齋さんはとても機嫌が良さそうに微笑んで車を発進させた。
それに比べて僕はというと、まるで借りてきた猫状態になり、ただ膝に両手を置いてスマホを触る余裕もなく直立不動に座っていた。
すると太齋さんが「ひろくん固まりすぎでしょ」と笑ってくるので少し間を置いて僕も口を開く。
「太齋さんこそ……さっきから怖いほど満面の笑みですよ?」
「ははっ、そりゃあ仮にも恋人が助手席座ってんだから顔にも出るって。」
「こ、恋人…」
「また照れてる?ほんと表情コロコロ変わるから見てて飽きないよねぇ」
丁度信号待ちに引っかかったところで、そんなことをいいながら太齋さんは、僕の頭を人撫でしてきた。
またからかわれているのかと思って太齋さんの方を見上げると、気持ちよさそうに目を細めていた。
「なに?そんな見つめて」
「だ、太齋さんこそ…」
「ははっ、まじ?…あーそだ、ひろくんさ、この後予定あったりする?」
「え?と、特に無いですけど…….どうかしたんです
か?」
僕がそう返すと太齋さんは運転しながら続ける。
「いやさ、この後暇なら店寄ってかないかな一つて…….久々にチョコでも食べながらゆっくり雑談でもしよ?」
そう言われて、静かに、そっと答えた。
「…ぜひ」
彼はクスッと微笑んでから、また前に向き直りハンドルを握ると車を発進し始めた。
数十分後…
店に着くと、太齋さんが店の扉を開けて「ささ、入って」と言うので
お邪魔しまーすと言って、家に上がるような気分で、太齋さんと僕以外は誰もいない店に入る。
台所の方に向かった太齋さんは、戸棚からコーヒーカップを取り出して僕に聞く。
「ひろくんってコーヒー飲める人だっけ?」
「はい、大丈夫です!」
そう答えると彼は、手際よく二人分のコーヒーを淹れて、僕の待つテーブルへと運んできた。
「はい、どーぞ」
目の前に置かれたコーヒーは、今まで飲んだコーヒーの中でいちばん美味しくて僕は目を丸くした。
「えっ、ここのコーヒー今初めて飲んだんですけど、めちゃくちゃ美味しいですね……」
そんな僕の言葉に太齋さんは少し嬉しそうに笑みを浮かべると「よかった」と言って椅子に座る。
そして思い出したように言う。
「そういえばひろくん、聞きたいことあるんだけど
いい?」
「聞きたいこと…?なんですか?」
そう返すと太齋さんは少し間を置いてから真剣な表情で聞いてくる。
「ひろくんって…童貞?」
「なっ……?!」