テラーノベル
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「なんて大きなテディベアちゃんなのかしら!」
私はドレスの隠しポケットから、扇を取り出した。パッと左手で扇を開き、口元を隠す。
(――扇のサイン:『あなたとお近づきになりたい』)
空いた右手で、公爵の太い腕の筋肉を、躊躇なくムニムニと触った。
「なっ……貴様、何を……っ!」
「さすが、身体を鍛えているだけあるわね。……とっても逞しくて、素敵」
私は彼の分厚い胸板に、そっと掌を添えた。途端、彼は耳まで真っ赤になり、ぎこちなく身を固くする。
「それに、この手……。大きくて、温かいわ」
私は彼の傷だらけの手を、自分の両手で包み込んだ。 彼の指に自分の指を絡めつつ、半開きにした扇子を自らの唇に押し当てた。
(――扇のサイン:『私にキスしてもいいのよ』)
「今夜は……たっぷり楽しみましょうよ♡」
アレクの喉仏が、大きく上下した。彼は私の手を振り払わなかった。それどころか、震える指先で私の手を──力強く、握り返してきたのだ。
(よし、……あとはクロージングね♡)
私は彼を近くの客室に誘い込むと、後ろ手でカチリと鍵を閉めた。
「今夜くらい、お互い正直になりましょうよ。仮面、そろそろ外してもいいんじゃない?」
私は自分の仮面をベッドの上へ放り投げた。
「……い、嫌だ」
弱々しい拒絶だった。
「じゃあ、私の好きにさせてもらうわね」
私は微笑むと、彼をベッドへ――ドンっ! と力任せに押し倒した。そのまま上に跨り、逃げ場を奪う。
「……っ!? な、何を……っ!」
ドレスが肩から滑り落ちるのを厭わず、私は目を見開くアレクの唇を、強引に塞いだ。
シャツのボタンを外していくと、露わになったのは無数の傷跡が刻まれた、鋼のように硬い胸板。
「……怖く、ないのか。……この醜い傷跡が」
「……何言ってるのよ?」
私は彼の頬にそっと手を添え、至近距離で見つめ返した。
「怖そうな人ほど、誰よりも優しいって……私、知ってるのよ」
「…………っ!!」
私は彼の耳元で、蕩けるような声で囁いた。
「ねえ……もっと、素直になって?」
アレクが絶望したように腰を浮かせた。
(ふふっ、可愛いとこもあるじゃない。今夜は徹底的に『よしよし』してあげるわ♡)
***
――翌朝。
「…………無理」
身体の節々が痛くて、指一本動かしたくない。 私は絹のカーテン越しに差し込む朝の光を見上げた。
(……ブラック企業の20日連勤よりキツイって何事!? コイツ、体力お化けの野獣じゃない!!)
隣を見れば、昨夜の「犯人」が安らかな寝息を立てていた。 鋭い殺気はどこへやら。子供のように無防備な顔で眠っている。
昨夜、結局彼は自分から仮面を外した。彫りの深い端正な顔立ち、射抜くような琥珀色の瞳。 ゲームの画面越しでも顔が国宝級だと思ってたけど、実物の破壊力はバグっていた。
しかし、まともに相手してたら身体が持たない。
(とりあえず逃げなきゃ。これ(一夜の過ち)はなかったことにするのよ!)
私は這うようにベッドを抜け出し、床に散らばるドレスを拾い上げた。そして早朝の王城から、私は全力でバックレた。
***
「なんで、あんたがここにいるのよ!!」
私の絶叫は、王立魔法アカデミーの中庭に虚しく響いた。 ほとぼりが冷めるまで逃げ切るつもりだった男に、わずか数日で再会するなんて。
(ちょっと待って。アカデミーの入学資格って18歳からよね? アレク、あの見た目で私と同い年なわけ!? 設定がバグりすぎでしょ!)
だが、彼が険しい顔でこちらへ歩み寄ってくるのを見て、私は瞬時に「チャンス」だと弾き出した。この殺気、この不機嫌そうな顔。
(そうだわ……これって、もしや……婚約破棄イベント!?)
酔った勢いで一夜の過ちを仕掛ける女なんて、公爵家にとっては汚点でしかない。
ここで「お前のような女に婚約者の資格はない!」と宣言されれば、処刑ルート、完全回避じゃない!!
私は、営業成績1位を獲った時のように完璧なビジネススマイルを貼り付けた。
さあ、はやく言いなさい! 婚約解消を!
彼が私の目の前で止まった。 見上げるほど高い身長。彼は私の肩をガシッと掴み、低い声を絞り出した。
「お前……」
(きたきた! さあ、破棄! 破棄しなさい!)
「……逃がさない」
「…………はあああ!!?」
周囲の空気すら凍りつくような執念を込めた言葉に、私の「勝ち確」プランは粉々に砕け散った。
(逃がさない……ですって!? なんでよ! なんでそうなるのよ!!)
心の中で、絶叫する。
紫陽花
#ロマンスファンタジー
普通、一夜を共にした後は「……フン、遊びだ」と冷たく突き放されて、終わるもんじゃないの?
それがどうして、朝から「一生そばにいろ」と言わんばかりの重圧で、私の退路を断とうとしているのよ!
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