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#溺愛
「なんて大きなテディベアちゃんなのかしら!」
私はドレスの隠しポケットから、扇を取り出した。パッと左手で扇を開き、口元を隠す。
(――扇のサイン:『あなたとお近づきになりたい』)
空いた右手で、公爵の腕にそっと触れる。……いや、“そっと”ではない。躊躇なく、確かめるように触れた。
「なっ……貴様、何を……っ!」
「さすが、鍛えているだけあるわね。……とっても逞しくて、素敵」
私は彼の胸板に指先を滑らせた。途端に、彼の身体がびくりと強張った。
(ふふ、反応が分かりやすいわね)
「それに、この手……。大きくて、温かいわ」
私は彼の傷だらけの手を両手で包み込む。指を絡めながら、半開きの扇を唇に添えた。
(――扇のサイン:『私にキスしてもいいのよ』)
「仮面舞踏会なんて無礼講よ♡ ……今夜くらい、ね?」
私は彼の手を引いた。
「少しだけ、静かなところで話さない?」
彼は一瞬だけ視線を逸らし――それでも、私の手を振り払わなかった。むしろ、ぎこちなく握り返してくる。
(よし……押せばいけるわ!……もう少しでクロージングね♡)
***
静かな廊下の奥。人の気配が遠ざかった場所で、私は足を止めた。
「……ここなら誰も来ないわ」
彼はまだ仮面をつけたまま、じっとこちらを見ていた。
「お互い正直になりましょうよ。仮面、そろそろ外してもいいんじゃない?」
私は自分の仮面を外してみせる。すると彼もゆっくりと仮面を外した。
現れたのは、彫りの深い端正な顔立ちと――琥珀色の瞳。
(やっぱり……顔が良すぎるわ。ゲームでも思ってたけど、実物バグってるでしょこれ)
「……怖く、ないのか。……この醜い傷跡が」
彼は、自分の首元の傷を示した。
「……何言ってるのよ?」
私は彼の頬にそっと手を添え、至近距離で見つめ返した。
「怖そうな人ほど、誰よりも優しいって……私、知ってるのよ」
「…………っ!!」
彼の呼吸が、わずかに乱れる。私はさらに距離を詰め、耳元で囁いた。
「ねえ……もっと、素直になって?」
アレクが赤くして俯いた。
(ふふっ、可愛いとこもあるじゃない)
彼の腕が、ぐいっと私を引き寄せた。
「……っ!」
一気に距離が縮まる。
(ちょ、ちょっと待って――)
視界が揺れて――
***
――翌朝。
「……最悪」
頭が痛い。完全に二日酔いだ。
(昨日……何してたっけ……)
記憶を辿ろうとして、途中で止まった。
(……あれ?)
視線を横に向け、固まった。
「…………」
少し離れた場所で、昨日の男が安らかな寝息を立てていた。鋭い殺気はどこへやら。子供のように無防備な顔で眠っている。
(これ以上面倒なことになる前に、とりあえず逃げなきゃ。これはなかったことにするのよ!)
ドレスを拾い上げ、私は早朝の王城から全速力でバックレた。
***
「なんで、あんたがここにいるのよ!!」
私の絶叫は、王立魔法学院の中庭に虚しく響いた。 ほとぼりが冷めるまで逃げ切るつもりだった男に、わずか数日で再会するなんて。
(ちょっと待って。学院の入学資格って18歳からよね? アレク、あの見た目で私と同い年なわけ!? 設定が無理ありすぎでしょ!)
彼が険しい顔でこちらへ歩み寄ってくるのを見て、私は瞬時に「チャンス」だと弾き出した。この殺気、この不機嫌そうな顔。
(そうだわ……これって、もしや……婚約破棄イベント!?)
ここで「お前のような女に婚約者の資格はない!」と宣言されれば、処刑ルート、完全回避じゃない!!
私は、営業成績1位を獲った時のように完璧なビジネススマイルを貼り付けた。
さあ、はやく言いなさい! 婚約解消を!
彼が私の目の前で止まった。 見上げるほど高い身長。彼は私の肩をガシッと掴み、低い声を絞り出した。
「お前……」
(きたきた! さあ、破棄! 破棄しなさい!)
「……逃がさない」
「…………はあああ!!?」
周囲の空気すら凍りつくような執念を込めた言葉に、私の「勝ち確」プランは粉々に砕け散った。
(逃がさない……ですって!? なんでよ! なんでそうなるのよ!!)
心の中で、絶叫する。普通、冷たく突き放されて、終わるもんじゃないの?
それがどうして、朝から「一生そばにいろ」と言わんばかりの重圧で、私の退路を断とうとしているのよ!
「ちょっと待って!こないだのこと、私、全然覚えてないんだけど!?」
「……覚えていないのか」
「え?」
押し殺したような声だった。
「……そうか」
その一言で、空気が変わる。
(なにそれ怖いんだけど!?)
彼は私の腕を強く引いた。
「逃げるな」
(……もしかして私やらかした?)
いや違う。私の人生、完全に詰んだ。
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