テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「なんて大きなテディベアちゃんなのかしら!」
私はドレスの隠しポケットから、扇を取り出した。パッと左手で扇を開き、口元を隠す。
(――扇のサイン:『あなたとお近づきになりたい』)
空いた右手で、公爵の腕にそっと触れる。……いや、“そっと”ではない。躊躇なく、確かめるように触れた。
黒髪の隙間から覗く瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれた。
「なっ……貴様、何を……っ!」
《……テディベア? 俺のことか?》
《熊扱いされたのは初めてだが、なんだこの胸の高鳴りは。……いや、落ち着け、これは罠だ》
《誰もが恐れる俺をこんな風に扱うなんて、狂っている……!》
「さすが、鍛えているだけあるわね。……とっても逞しくて、素敵」
私は彼の胸板に指先を滑らせた。途端に、彼の身体がびくりと強張った。
(ふふ、反応が分かりやすいわね)
《ひっ……!? な、ななな、何を触っている!? やめろ、俺の鼓動がうるさすぎて周囲に聞こえてしまう!》
「それに、この手……。大きくて、温かいわ」
私は彼の傷だらけの手を両手で包み込む。指を絡めながら、半開きの扇を唇に添えた。
(――扇のサイン:『私にキスしてもいいのよ』)
「仮面舞踏会なんて無礼講よ♡ ……今夜くらい、ね?」
「……っ」
《こ、これが世に言う『恋の駆け引き』というやつか!?》
《剣術の訓練では習わなかったぞ! どうする、握り返すべきか? それとも逃げるべきか!?》
《いや、離したくない。バイオレッタが少なくとも関心を持ってくれている!……俺の右手が、絶対に離すなと言っている!》
彼は一瞬だけ視線を逸らし――それでも、私の手を振り払わなかった。むしろ、ぎこちなく握り返してくる。
(よし……押せばいけるわ!もう少しでクロージングね♡)
「ねえ、少しだけ、静かなところで話さない?」
「……ああ」
私は彼の手を引き、人目の少ない廊下へ向かった。
***
静かな廊下の奥。舞踏会の喧騒が遠ざかった場所で、私は足を止めた。
「……ここなら誰も来ないわ」
彼はまだ仮面をつけたまま、じっとこちらを見ていた。
「お互い正直になりましょうよ。仮面、そろそろ外してもいいんじゃない?」
私は自分の仮面を外してみせる。すると彼もゆっくりと仮面を外した。
現れたのは、彫りの深い端正な顔立ちと――琥珀色の瞳。
(やっぱり……顔が良すぎるわ)
(ゲームでも思ってたけど、実物は完全に作画バグってるでしょこれ)
「……怖く、ないのか。……この醜い傷跡が」
彼は、自分の首元の傷を示した。
「……何言ってるのよ?」
私は彼の頬にそっと手を添え、至近距離で見つめ返した。
「怖そうな人ほど、誰よりも優しいって……私、知ってるのよ?」
「…………っ!!」
彼の呼吸が、わずかに乱れる。私はさらに距離を詰め、耳元で囁いた。
「ねえ……もっと、素直になって?」
《これは、夢か?》
《他の令嬢なら傷跡を見ただけで気絶するだろうに、バイオレッタが俺を受け入れてくれるだと……!》
「……ああ」
彼は耳まで赤くして俯いた。
(ふふっ、可愛いとこもあるじゃない)
「……分かった」
《……そうか。俺の気持ちを、全部ぶつけていいんだな?》
彼の腕が、ぐいっと私を引き寄せた。
「……っ!」
(ちょ、ちょっと待って――)
視界が揺れて――
***
――翌朝。
「……最悪」
頭が痛い。完全に二日酔いだ。
(昨日……何してたっけ……)
記憶を辿ろうとして、途中で止まった。
(……あれ?)
視線を横に向け、固まった。
「…………」
少し離れた場所で、昨日の男が安らかな寝息を立てていた。鋭い殺気はどこへやら。子供のように無防備な顔で眠っている。
(これ以上面倒なことになる前に、とりあえず逃げなきゃ。これはなかったことにするのよ!)
ドレスを拾い上げ、私は早朝の王城から全速力でバックレた。
***
「なんで、あんたがここにいるのよ!!」
私の絶叫は、王立魔法学院の中庭に虚しく響いた。 ほとぼりが冷めるまで逃げ切るつもりだった男に、わずか数日で再会するなんて。
(ちょっと待って。学院の入学資格って18歳からよね? アレク、あの見た目で私と同い年なわけ!? 設定が無理ありすぎでしょ!)
彼が険しい顔でこちらへ歩み寄ってくるのを見て、私は瞬時に「チャンス」だと弾き出した。この殺気、この不機嫌そうな顔。
(そうだわ……これって、もしや……婚約破棄イベント!?)
ここで「お前のような女に婚約者の資格はない!」と宣言されれば、処刑ルート、完全回避じゃない!!
私は、営業成績上位になった時のように完璧なビジネススマイルを貼り付けた。
さあ、はやく言いなさい! 婚約解消を!
彼が私の目の前で止まった。 見上げるほど高い身長。彼は私の肩をガシッと掴み、低い声を絞り出した。
「お前……」
(きたきた! さあ、破棄! 破棄しなさい!)
「……逃がさない」
「…………はあああ!!?」
周囲の空気すら凍りつくような執念を込めた言葉に、私の「勝ち確」プランは粉々に砕け散った。
(なんでよ! なんでそうなるのよ!!)
心の中で、絶叫する。普通、冷たく突き放されて、終わるもんじゃないの?
それがどうして、朝から「一生そばにいろ」と言わんばかりの重圧で、私の退路を断とうとしているのよ!
「ちょっと待って!こないだのこと、私、全然覚えてないんだけど!?」
「……覚えていないのか」
「え?」
押し殺したような声だった。
「……そうか」
その一言で、空気が変わる。
(なにそれ怖いんだけど!?)
彼は私の腕を強く引いた。
「逃げるな……話がある」
(……もしかして私やらかした?)
いや違う。私の人生、完全に詰んだ。