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紫陽花
#ロマンスファンタジー
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「……俺のことを愛していると、何度も……」
(え、そんな重大な告白、した覚えがないんだけど!?
私は記憶フォルダを必死に検索し、数日前――「無理ゲー攻略」の夜へと巻き戻す。もしかして、あのときの……あの瞬間。
『……バイオレッタ、愛している。一生、離さない』
『私もですわ……っ♡』
アレクの切実な囁きに、私は彼の広い背中に腕を回し、耳元でこう返したのだ。
(いやいやいや! あれはその場の雰囲気よ! 気持ちを高めるための、ただの掛け声みたいなものでしょ!!)
それを一言一句、真面目にに受け取るなんて。
この人、見た目に反してちょっと純情すぎるんじゃないの!?
目の前のアレクは、私がすぐに答えなかったのがよほど堪えたらしい。
さっきまでの威圧感が嘘のように、捨てられた大型犬みたいに肩を落とし、しゅんと俯いている。
良心が、チクリと痛んだ。
(ちょっと可哀想だけど……悪いわね。あんたと一緒にいたら、私の人生は破滅(処刑)へ一直線なのよ! ここで情に流されるわけにはいかないわ!)
私は、逃げ切るための最終の手段、「目くらまし」を選んだ。
「……あ、あちらに国王陛下の姿が! 緊急の呼び出しではないかしら!?」
「何……?」
公爵の視線が、ほんの一瞬だけ逸れた。
(――今だわ!!)
私はスカートの裾を豪快に掴み上げると、校舎に向かって全速力で走り出した。数日前の無茶ぶりで身体は悲鳴を上げているけれど、ここで捕まるよりはマシよ!
「おい! 待て……バイオレッタ!!」
戦場の英雄に追いかけられる令嬢なんて、この国の歴史に一人もいないわよ!
私は王立アカデミーの複雑な回廊を駆け抜けた。どこか隠れるところは――その時。
「……そんなに慌てて。可愛い子猫ちゃんは、一体何から逃げているのかな?」
甘い香水の匂いが鼻をくすぐった。そこに立っていたのは、陽光をそのまま閉じ込めたような、美貌の青年。
背後に薔薇の花びらが舞って見えるほど、絵になる存在だ。
プラチナブロンドの髪を無造作に流し、ターコイズブルーの瞳には余裕の笑み――まるで物語から抜け出してきた王子様。
(――この国、リュミエール王国の第二王子、レオン・リュミエール!)
「あれ? 君、それどうしたの?」
レオンは、自分の首筋を長い指でなぞりながら、意地悪く目を細めた。
「……っ!」
走った拍子に、制服のブラウスの第一ボタンが外れていた。そこには例の夜の名残り──が、くっきりと残っていた。
「わあ、面白いねえ。痴話げんかの真っ最中ってわけ?どう? 僕が助け舟を出してあげようか?」
レオンはマントを翻して私をその陰に隠し、肩を強く抱き寄せた。
直後、廊下の角からアレクが姿を現した。彼の背後には、どろりとした黒いオーラが見えるようだった。
「……レオン、その女を離せ」
アレクの声は、もはや宣戦布告だった。けれど、レオンは涼しい顔で受け流す。
「おっと、ベルシュタイン公爵。淑女をそんな怖い顔で追い回すもんじゃないよ。彼女は今、僕に助けを求めているみたいなんだから。……ねえ、バイオレッタ?」
「……来い、バイオレッタ。話は、まだ終わっていない」
「私のことはもう忘れてって言ってるでしょ!」
叫んだ瞬間、回廊の空気がマイナス30度に凍りついた。レオンが「わあ、怖い怖い」と肩をすくめたが、直後、「あはは」と愉快そうに笑った。
「君たち、ずいぶんと『お熱い仲』なんだねえ」
(ちょっと王子! 助けてくれるんじゃなかったの? 面白がってないで、早くこの場を収めなさいよ!)
私が彼の腕をポカポカと叩くと、レオンはクスクスと笑い、不意に私の顔を至至近距離で覗き込んできた。
「わかったよ。じゃあ……可愛い君にキスしてもいいかな?」
えっ、と思った瞬間。 チュッ、と。 柔らかい感触が、私の右の頬に触れた。
「――っ!?!?」
私はあまりの衝撃で白目を剝きそうになった。
「今から僕の恋人になるのはどう? 婚約者になれば、さすがに公爵も手出しはできないでしょ。……悪くない提案じゃない?」
周囲に薔薇が舞うような、イケメン王子の甘く溶けるような囁き。 けれど、私の頭は完全にフリーズしていた。
(なんなの!? なんでこの王子は私にキスなんてしてるのよ! 私は悪役令嬢よ!? あんたがキスすべき相手はヒロインのフローラでしょ!!)
「……貴様……ッ!!」
アレクが腰の剣の柄に手をかける。二人の視線が火花が散るように衝突した。
アレクの瞳から、本物の殺気が立ち昇る。 これ、もしや死亡フラグ!? 公爵と王子の争いに巻き込まれて、真っ先に私が消されるパターンじゃないの!?
その時だった――。
「――きゃあああっ!?」
頭上から、悲鳴が響いた。