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おお、27話……来たね。 澪幽様、まさかの選帝侯だったか。お伽噺の中だけの存在だと思ってた「天の審判者」が実在して、しかも皇帝の前で燎牙を従わせる空気感、めっちゃゾクッとしたわ。 死化粧師が「自分の物差しが通用しない」って自覚する場面、すごく好き。これまで生きてるか死んでるかだけで人を見てきた彼女が、初めて「測れない存在」に出会うんだよな。 次回、直談判忘れた件とかどうなるんだろう。楽しみにしてます🔥
第27話名もなき三人と、選帝侯の名
翌日。私は紫苑とともに何者かに呼びだしを食らっていた。
紫苑が、不機嫌そうに前を歩いている。。
後宮のいつもの道とは明らかに違う方角だった。
「陛下、どちらへいくんですか?」
一応、聞いてはみる。
「……来ればわかる」
要領を得ない返事だけが返ってきた。
いつもなら、もう少し愚痴でもひとつでも挟んでくるはずだ。
「……はあ」
深追いはしないことにした。
今日の分の防腐処理は終わっていただろうか。
桐油の残りも確認しておかなければ。
思考は、するりといつもの領分へ戻っていく。
正直、行き先への興味はあまりない。
私にとって、生きた人間との予定は、そこまで優先度が高くないのだ。
ただ、隣に並ぶでもなく先を行く紫苑の背中にだけは、小さな違和感を覚えた。
いつもなら、有無を言わさず手を引くか、あるいは荷物のように担ぎ上げてくるところを。
今日はただ、先に立って歩くだけだった。
口数も少なく、肩のあたりに、目には見えない緊張がある。
(……らしくない)
そう思い、私はその違和感を頭の隅へ追いやった。
〇
進む道は、後宮のものとは明らかに違っていた。
朱塗りの回廊はいつしか途切れ、灰色がかった石畳と、装飾を排した質実な柱が続く一角へと入り込んでいく。
人の気配がほとんどない。
すれ違う女官も、噂話も、蓮の香りも、この道にはなかった。
案内された部屋は質素だった。
人払いがされているのだろう、燎牙のほかに、見たことのない三人の姿がすでにそこにあった。
見たことのない方々だ。
訳もなく三人を順に検分する。
まず目に留まったのは、白蝋のような銀の髪をした人物だった。
体温というものを感じさせない静かな佇まい。
保存状態の極めて良いご遺体が、ある日突然立ち上がったなら、きっとこういう姿をしているのだろう。
その隣の、人懐こい空気を纏った人物からは、先ほどとは真逆、「死」の匂いがしなかった。
場違いなほど気安く、寛いだ様子でそこにいる。
もう一方は、彫りの深い異国風の顔立ちに、寸分の狂いもない帝国式の装束を纏っていた。
化粧のし甲斐がありそうだ。
誰も、私に紹介されることはなかった。
燎牙が、紫苑の前で片膝をつく。
「――先日、確保の際に絶命いたしました医官の件でございますが、身元の手がかりが得られましたのでご報告いたします」
先日と同じ、淡々とした報告だった。
「拘束中の太医院の丞、および戸籍を扱っておりました文官への尋問により、陳という名が当該医官の本名であったと判明いたしました。
経歴の大半は偽造にございます。真の出自については、現在も調査を継続しており、まだ確証のある調べは……」
静寂が落ちる。
それを破ったのは、白い髪の人物だった。
「……分かる範囲で構いません」
ただそれだけの短い一言。
燎牙の肩が、ほんの僅かに揺れた。
皇帝の許しを待たず、その一言に応じるように、燎牙は口を開いていた。
(……今、陛下ではなく、あの方の言葉で動いた)
その異常を、私は見逃さなかった。
「は――。陳の身辺を調べましたところ、後宮への不正な薬の持ち込みが確認されております。また、複数の書簡と薬が押収されており――」
「薬って、何の薬ですか」
報告の途中に、気安い声が割り込んだ。
人懐こい人物のほうだ。燎牙が、微かに硬直する。
「……そ、それは現在分析中でして」
「ふうん。……ねえ陛下、心当たりあります?」
紫苑の眉が、わずかに動いた。
「……なぜ俺に聞く」
「だって陛下、彼と幼馴染ですし、こっそり聞いているのかなって」
「余計なことを聞くな」
「おや怖い、もしかしてまた眠れてないんですか?」
「そうは言っていない」
皇帝陛下が、言い返すだけ。
いつもの陛下なら、この程度の不遜な口の利き方をされれば、とうに斬っていそうなものだ。
それなのに、今の彼はただ言葉で応じているだけ。
「……書簡の内容は」
白い髪の人物が、短く促す。
「——は、失礼しました。書簡は暗号化されており、現在解読を進めております。差出人の特定はまだできておりませんが、内容の一部に……」
燎牙が、言葉を選ぶように一瞬止まった。
「……陛下の御身に関する記述が含まれていた模様です」
また静かになる。
今度の静寂は、少し重かった。
「なるほど」
白い髪の人物が、それだけを返す。
「……燎牙。陳が接触していた後宮の人間を全員洗い出せ。一人も漏らすな」
紫苑の声には、いつもの尊大さが戻っていた。
「御意」
燎牙が、深く頭を垂れた。
束の間の沈黙。
報告は一区切りついたらしい。
〇
「あ、そうだ」
人懐こい人物の視線が、ふらりと私の方へ動いた。
ん、私?
「……ねえ、そこの方」
「……はい」
「死化粧師さん、ですよね」
「そうですが」
「大変でしたね、色々と」
色々の範囲が広すぎる。
「……はあ」
「陛下のこと、ちゃんとお願いします」
その言い方は、今まで誰かに「お願い」されてきたどれとも違っていた。
命令でも、哀願でもない。
ただ――頼んだ、というだけの平坦な響き。
(誰が、この方にそんなことを頼む権利を与えたのだろう)
「……お前は黙っていろ」
紫苑が、再び不機嫌に割り込む。
「え、なんでです?」
「うるさいからだ」
まただ。
いつもなら、こんな口答え、すぐに叩き斬りそうなものなのに。
そんな喧騒をよそに。
ふと、私は視線を巡らせた。
訳もなくずっとそこにいたはずの、彫りの深い顔立ちの人物と、初めて目が合う。
その人物が、ほんのわずかに頭を下げた。
なぜ、私に。
なんとなく、釣られるように会釈を返してしまう。
返してから、やはり化粧のし甲斐がありそうな顔だと場違いなことを考えていた自分に、少し呆れた。
すると白い髪の人物が、ゆっくりと立ち上がる。
それだけで、部屋の重心が動いた気がした。
「——報告、ご苦労でした。下がりなさい」
燎牙が、皇帝ではなくその声に反応して頭を下げかけ――
直前で、紫苑の視線に気づいて止まった。
(……今、また。この方の言葉に先に従いかけた。皇帝陛下がいらっしゃるのに。二度目だ)
「……下がれ」
紫苑が、改めて命じる。
「はっ」
燎牙が一礼し、退室していった。
白い髪の人物が、静かに告げた。
「陛下。吉報を待っています」
「……分かっている。急かすな、澪幽」
初めて、紫苑の口からその人物の名が漏れた。
私はそれを聞き流しかけて――
記憶の底で、何かが微かに引っかかるのを感じた。
澪幽。
どこかで聞いた気がする。
いつだったか、燎牙様が「お通り」の一件でそう言っていた。「澪幽様からです」と。
あの時は、聞き覚えのない名前だとだけ思って、聞き流した。
あの白い髪の方が、澪幽様。
その時、ふと遠い昔話の記憶が蘇った。それは建国の歴史をお伽噺として脚色した、この国の誰もが知っている物語。
(「選帝侯」……)
選帝五侯。
お伽噺の、天の審判者。
皇帝を選び、皇帝を廃する、天の使い。
めったに姿を見せない五つの星。
昔話の中の話のはずだ。
(……本当に、いたのか)
いつもの物差しで、測ろうとする。
生きているか、死んでいるか。
それだけを基準に、私はこれまで全ての人間を分類してきた。
だが、どうやらその物差しは、あの方には通用しないらしい。
「……何をぼんやりしている。行くぞ」
「……はい。………………あ、」
しまった、抱き枕業務について直談判することをすっかり忘れていた。