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昼下がり。 湊はリオを連れて、近所のスーパーへ向かっていた。
「……本当に出るのかよ。」
「はい! 陸の世界の“食糧市場”に興味があります!」
「市場っていうか……ただのスーパーな。」
傘を差す湊の隣で、リオは尾びれを足に変えて歩いている。
とはいえ――バランスはまだ悪く、歩くたびにふらふら。
「リオ、ゆっくりな。」
「はい。でも……陸って、息が忙しいですね。」
「忙しいって何!?」
そうしてたどり着いたスーパー。
リオは目を輝かせた。
「うわあ! 魚が並んでる!!」
「……テンション上がるな、そこ。」
「みんな、ちゃんと寝てるんですね!」
「いや、もう寝っぱなしだよ!」
湊はため息をつきつつカゴを持つ。
「今日はちゃんと“人間の食材”買うんだぞ。魚禁止。」
「了解です。」
だがその数分後――
「湊さん! これ、海藻です! 親戚ですか?」
「違う。食材。」
「こっちは? “ツナマヨ”って書いてある!」
「だからツナは……親戚だっつってんだろ!」
「では義理の甥ですね!」
「ややこしい!!」
笑いながら注意する湊を見て、周囲の客がクスッと笑う。
リオはまるで子どものように店内を歩き回り、
商品をひとつひとつ興味津々で眺めていた。
だが問題は――レジだった。
「リオ、今日はセルフレジ使うぞ。」
「セルフ……レジ? セルフとは?」
「自分でやるやつ。」
「なるほど。“自力決済の儀式”ですね。」
「違う。言い方やめろ。」
湊がバーコードをピッと通すと、リオも真似をして――
「ピッ! ピッ! ピピピピピピピピッ!!」
「やりすぎ!!!」
機械がエラー音を鳴らし、画面が真っ赤に。
店員が慌てて駆け寄る。
「お、お客様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です! 機械と心を通わせていました!」
「通わせなくていい!!」
湊は頭を抱えた。
しかしリオは全く悪びれず、笑って言った。
「湊さん、これ面白いですね! 魔法陣みたい!」
「だからレジは魔法陣じゃないっての!」
店を出る頃には、湊の精神力は限界を迎えていた。
でも隣でリオが、戦利品のレジ袋を大事そうに抱えている。
「ねえ、湊さん。」
「……なんだよ。」
「“一緒に買い物”って、恋人がすることなんですよね?」
「ぶふっ!!??」
「海で聞きました。人間界の“つがい”は、共に食べ物を選ぶそうで。」
「いやいや、うちはただの……同居人で!」
「でも、選びましたよ? あなたの好きな味噌と、僕の好きな海藻。」
「……それ、やめろ……紛らわしい……」
頬を赤くして俯く湊に、
リオは柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、“つがい候補”ってことで。」
「勝手に候補にすんな!!!」
周囲の海風に、湊の叫びが溶けていく。
今日も波の音は穏やかで、ふたりの距離だけが、少しずつ近づいていた。