僕は空に浮かぶ星々を見上げて、溜息を吐いた。木製の椅子に座り、暖かいココアを手に満天の星空を見るのは最高だ。
「ふぅ……」
僕はココアを木製の机の上に置いて、星を数えるように端から端まで確かめていく。それらは全て、僕が創り出した星だ。星々がぶつかったり近付き過ぎたりしないように気を付けて星を配置するのは苦労したけど、パズルみたいで楽しかった。
そして、この無限に広がる石畳……天界と呼んでいるこの場所はその星々からそう遠くない位置にあるものの、重力的干渉を受けず、与えない。そして、あの星々からここが見えることも無い。天界は透明で、星々とは物理的に触れ合うことが無いと考えれば良い。
宇宙の中に有限な幅で内部が無限の広さを持つシャボン玉が浮かんでいるとして、この天界はその中に入っていると考えるのが簡単かもしれない。シャボン玉は外からは見えず、触れもしない。
……良し、そろそろ帰ろうかな。ここで既に丸一日も過ごしてしまっているが、あんまり健全とは言えないだろう。向こうの世界を蔑ろにする気は無い。僕が今まで過ごしてきた人生も。
♦
地球に戻って来た僕は、部屋に持ってきたまま食べていなかったクッキーを食べ、ぐだぐだした後にリビングに向かった。ちょっとだけ小腹が空いていたのと、一日あの暗闇の世界で過ごしたことで若干人恋しくなっていたからだ。
「あ、お姉ちゃんお帰り」
「ただいまー」
姉は椅子に座ったまま適当に返し、視線をスマホから外さない。
「何見てるの?」
「え? 別に何でも良いでしょ」
驚いたようにこちらを見て来た姉だったが、直ぐに視線をスマホに戻した。しかし、僕が近付くと仕方なさげに溜息を吐いた。
「漫画だけど、どしたの? なに、お姉ちゃんに遊んで欲しいん?」
「暇だから……」
ちょっと笑みを浮かべて言った姉に答えると、姉は眉を顰めてつまらなそうに視線をスマホに戻した。
「昔はアンタも可愛かったのにねぇ。お姉ちゃんお姉ちゃんって甘えて来てたし」
「あはは、僕にそんな時期があったなんてね」
「そりゃ、小っちゃい頃は誰だってそういうもんでしょ」
「確かに」
会話が一段落すると同時に、玄関がガチャリと開いた。
「ただいま」
「お帰り……早いね、お父さん」
「お帰りー」
僕が言うと、お父さんは苦笑した。
「あはは、一応定時なんだけどねぇ」
「ブラックだから」
「いやぁ、ブラックって訳じゃないんだけどね……どうにも、人手が足りなくてねぇ」
姉の言葉に、お父さんは遠い目をして答えた。
「なんか、僕に出来ることがあるなら手伝うよ?」
「あはは、大丈夫だよ。治はまだ受験があるだろう?」
「うーん、あるけど……」
やんわりと断られた僕はまだ粘ろうとするが、姉が僕の肩に手を置いて黙らせた。
「本当に誰でも良いなら人手なんて無限にあるのよ。ワードもエクセルも使えない高校生なんて、バイトでも無ければ雇えないの」
「……まぁ、そりゃそうだよね」
全知全能なので忘れていたが、僕は平凡な高校生だった。お父さんの会社に行けばどうとでもしてやれるという傲慢……いや、実際出来るから傲慢でも無いのかも知れないけど、それがあった。
直前まで自分の世界の中で好き放題していたこともあるのかも知れない。やっぱり、アレはやり過ぎないように控えよう。自制心、大事だ。
それから暫く後、再びガチャリとリビングの扉が開いた。入って来たのは妹だった。
「ただいま」
「こっちは珍しく遅いね。柚乃が八時過ぎることなんてあんまりないのに」
「ね。彼氏でも出来たの?」
「別に、偶にはあるし」
妹は冷たく答え、姉の言葉は無視したが、その声色はどこか浮ついているように思えた。僕は怪訝そうに眉を顰めるも、言葉にまで出すことは無かった。
「そろそろご飯出来るわよ? 早く片付けて来なさいな」
「はいはい」
妹は適当に答え、荷物を置きに二階へと向かった。その後ろ姿を見送る僕を、姉がちょいちょいと小突いた。
「ん?」
「ねぇ……柚乃、やっぱ彼氏出来たんじゃない? 何か浮ついてる感じするでしょ」
「確かに、それは僕も思ってた。彼氏かは知らないけど、なんか良いことあったのかなーって。今日リビングに居る時もなんかソワソワしてたし」
「へぇ?」
姉は愉快気に笑い、妹が帰って来るのを楽しみにしているのか、階段の方へと視線を向け始めた。これは、余計なことを言ったかも知れない。ごめん、柚乃。
「……なに?」
「今日、どこ行ってたの?」
「別に……カラオケとか」
「ふーん?」
にやにやと笑いながら、まだ詰問を終える気は無さそうな姉に苦笑しつつ、僕は父と共に配膳を手伝いにキッチンの方に立った。
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