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鷹槻れん

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#大人の恋
月詠 涼
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#年の差
鷹槻れん

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「あーあのさ、豆ちゃんの秘書いるじゃん」
「あぁ辻蔵ちゃんね」
「来月末で辞める」
「えーまじで?」
「いくら俺でも、こんなつまんねー嘘はつかねぇよ」
「いやお前ならやりかねない」
「オイ今なんつった」
「彼女、長いから結構色々頼めて楽だったんだけど」
ガラス張りの個室の窓に引っ掛けられたブラインド。その隙間を縫って朱い夕陽が忍び込んでくる。
それがあらゆるものの影を引き伸ばすから、部屋全体がみるみるうちに薄暗くなってゆく。
ミーティング開始前に室内灯をつけ忘れてしまったせいで、パソコン画面だけが暗がりにぽっかり浮き上がって。
なんだか出来の悪いSFかホラーのような光景だ。
そんな部屋の薄暗さに引きずられたかのように、出てきた話題は決して景気の良いものではなかった。
が、この8年耳に入る情報の99%は”悪い話”なのでこれぐらいの話なら、実質日常会話とみたいなもので。
画面越しの人事担当役員だって、天気の話をするかのような表情と口調の軽さだ。
「お前がこき使いすぎたからじゃねーの」
「それは心外だなぁ」
俺はそこにある必要十分な業務を、彼女に丁寧に依頼していっただけですわ。
「自覚ねぇパワハラが一番怖いんですよ大豆生田パートナー」
「秘書なら自覚的に全部の業務を拾って欲しかっただけですよ」
「いやまあね、それは間違い無いんだけども」
はぁ、と画面越しにため息をつく男は湯気の立つカップを口にし、「あつっ、やっぱアイス頼むべきだったか…」と呟いている。
知らねぇよ。
「んで、次は誰なの」
「んーまあ今最終調整中。つかお前秘書の名前言われたところで誰かわかんの」
「あ、そうね。わかんねーわ」
人間に全く興味のないアイアンマンらしい回答だな。
苦りきった顔で吐き捨てられるけれど、それは冤罪だろう。
毎日顔を突き合わせるユニットメンバーならともかく、バックオフィスの顔なんて覚えてられない。
「お前、バックオフィスこそ大事にしないといつか仕事詰むぞ」
というありがたいお言葉は聞かなかったことにする。
「次は超絶仕事できる奴にして」
「またクソみたいなオーダー出してきやがるな」
「俺の仕事の足引っ張られちゃたまらんので」
「…お前そろそろ1回誰かに刺されとけよ」
辛気臭い顔でため息疲れましても。
こちらも夕方にそんなオッサンの困った顔見たいわけじゃねーのよ。
「あと、そいつは俺専任にして欲しい」
俺割とよく働くのよ。他のパートナー(クソ野郎)とは違って。
この会社の規定通りに、1人の秘書に複数のパートナーを掛け持ちさせたらそいつは多分詰む。
「その点だけは同意してやるよ」
「えー嬉しい。ありがとう大好き愛してる」
「ふざけんな。豆ちゃんのためじゃねえよ、次の担当者の命のためだわ」
は?
俺のマネジメントで潰れた人間も死んだ人間もいねぇよ。
「まぁ、その点意外と豆ちゃんはマシだよなー」
「俺より邪悪な化け物なんてあちこちに転がってんだろ」
「おかげさまで人事担当としては毎日倒れそうですネー」
ジジイに片足突っ込んだ年齢の人間が多いこの階層で、人事担当パートナーのこの男は年齢が近い。
人事担当らしく、清く正しくて。
人間が大好きで。
だからこそ、この捻くれた俺とも当たり前に会話ができるのかと思えば、彼の包容力を思わず尊敬する。時々だけど。
「どんまいですー」
じゃあそういう条件でよろしく頼むわ、と念押しして勝手にWeb会議を切る。
太陽が半分以上地平線に隠れたのか、闇がさらにこの部屋を侵食し始める。
そんな空間で思わずため息混じりの悪態をついても、当たり前に聞いている者は誰もいない。
「あー」
なんの意味もなく口から吐き出した雑音はそのままに、デスクの隅に置いてあるタバコとオイルライターを掴んで立ち上がる。
時刻は18時半。
一般的には帰宅も視野に入れる時間帯だろうが、この不夜城においてはまだ昼間に等しい働きと成果を求められる。
まして、これから激動の1年を迎えるであろう弊社にあっては。
面倒くせぇな、色々と。
同じフロアに設られた喫煙室にゆっくりと向かう。まだ週中なのに、ずいぶんと疲労が首肩にのしかかってきている気がしてしんどい。
俺、南の島とかでワーケーションしてぇんだけど、マジで。
***
「弓家さん、担当パートナーを再来月から交代してもらえるかな。今度辻蔵さんが退職されることになりまして」
「え、そうなんですか」
グローバルコンサルティングファーム、アルファスターコンサルティングのエグゼクティブアシスタント部門は、パートナークラスの秘書を担当するメンバーが集う部署で、私の職場だ。
パートナーが年々増えるごとに私たちの部署の人数も増え続けて、実は大所帯らしい。
日頃、メンバーは各フロアに散っているから、正直メンバー数なんて紙の上の記号にすぎないというのが本音。
全然違うユニットのパートナーを担当している人とは仲良くなる機会も少なくて、いまだに名前しか知らない人も多い。
辻蔵さんは、名前は知っていたけどほとんど交流のない、少し年上のお姉様だった気がするな?
「そう、ちょっと一身上の都合だとか」
秘書を束ねる部門マネージャーの言葉に、なるほど、そうなんですねと神妙な顔で頷く。ほとんど知らない人の個人事情に首を突っ込むことのリスクは社会人になってきっちり学んでいる。
「じゃあ、担当パートナーの交代、と言うよりは今の受け持ちにプラスされるっていうイメージでしょうか」
秘書なんて聞こえはいいけど。
会社からしてみればバックオフィスはコストセンターであることに変わりはなくて。
幸い、パートナーという会社の中で最大の稼ぎ頭を支える”必要経費”とみなしてもらっているけれど、潤沢に予算を注ぎ込むわけにもいかないのは、昨今の風潮からすれば当然の流れ。
基本的に1人の秘書で3人のパートナーを担当するのが基本方針。
なかなかハードモードだけど、文句も言えないのがバックオフィスの弱みだ。
「いえ、変わるの」
そんなことをぼんやり考えていれば、マネージャーは私の言葉を明確に否定する。
たまたま今は担当が2名で、1名分の余剰がある私としては、そこを埋めにかかってきたものだと思ってたけど…?
「変わる、んですか」
「そう。大豆生田パートナーの専任になってもらいたいの」
「え…」
大豆生田桐人。
当時、弊社史上最年少の37歳でパートナーの座を勝ち取った超優秀パートナー。
今はエネルギー関連部門のとあるユニットを束ねるユニット長だが、近々複数ユニットをまとめるセクター長に選出されるという噂がまことしやかに流れている。
しかし専任の秘書、なんてここ数年聞いたこともない。唯一社長秘書だけが専属だったっけな…と記憶を掘り起こしていれば、マネージャーが言葉を続ける。
「再来月から正式配属になるから、来月は時間見繕って辻蔵さんから引き継ぎ受けてもらえる?」
「…わかりました」
決定事項を淡々と告げられて、そこに潜む違和感には特に触れられずに。
まあ、社会人のお作法としてはそんなものかな。
「じゃあ、よろしくね」
そこそこ重めな話題を私に振り落としたマネージャーは、身体が軽くなったのか軽快な挨拶と共に去っていく。
まあ、いいけど。
…いや待って、全然良くない。
社内で最も優秀かつ多忙と言われるパートナーの専属秘書と言うのは、字面だけであまりに重いミッションだ。
この会社、この職種でワークライフバランスなんて求めていないけれど、積極的に不健康な環境に身を置きたいと思うほどの被虐的思考は持ってない。
時刻はまだ朝の9時で1日は始まったばかり。
このなんとも処し難い気分を抱えて仕事をしろと?と眩暈がする。
「ちょっと今いい?」
そして早速担当パートナーからメッセンジャーが飛んでくる。
ああ、もう。
爽やかな初夏の季節に無理やり意識を寄せて、とりあえず今日も全力疾走を決め込むしかない。
コメント
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水無月 京 さん、こんにちは。寺島あおいです🌷 第1話、読ませていただきました! 冒頭の大豆生田さんの「超絶仕事できる奴にして」ってオーダーからして、もうこの人の扱いづらさと仕事への貪欲さがにじみ出ていて、一気に引き込まれました。人事担当との軽妙な掛け合いの裏に「俺の仕事の足引っ張るなよ」って本音が見える感じ、すごく好きです。 そして後半の弓家さんの視点に切り替わったときの「いや待って、全然良くない」って心の声、共感しすぎて笑いました…。最年少パートナーの専任秘書、確かにマジで重すぎますよね。 夕陽の描写がとても印象的で、この不夜城の会社の空気感がひしひしと伝わってきました。続きが気になります!