クリスマスイブの一週間前に会社の忘年会があった。アットホームと言えば聞こえはいいが、単に上の人たちの感性が古いだけだろう。忘年会は温泉地の老舗旅館での、土日を使った一泊二日。しかも半強制。
社長の音頭で始まった宴会は新入社員の光留には地獄のような時間だった。先輩社員にお酒をつぎに回るたびに、ビールや焼酎を飲まされていた。彼がお酒に強いかどうか知らないが、宴会が始まってたった三十分で顔が真っ赤になっていた。
幸い、まだ二十歳になってない私にお酒を勧める者はいなかった。同じ課の意地悪な同僚以外は。
「困ります」
「大丈夫。これはノンアルだから」
それならとつがれるままに何杯も飲んだ。確かに甘くて飲みやすかったが、飲んでからやっぱりこれはお酒なんじゃないかと思わずにはいられなかった。ただ相手が意地悪な先輩だから、文句を言えば倍返しで口汚い言葉が返ってくるだろう。腹を立てながらも黙っているしかなかった。
気がつけば光留は酔いつぶれて宴会場の畳の上で大の字になってひっくり返っていた。
私も気分が悪くなり泊まる部屋に戻りたいと思った。ただ気持ち悪くて立ち上がることもできない。そのとき誰かが私を部屋まで送ってくれると申し出てくれてホッとしたところまでは覚えている。
気がつくと私は私に割り当てられた和室の布団に寝かされていた。酔いのせいだろう。まだ頭が鈍く痛む。ほの暗い部屋の中でなぜか私は服を着てなくて、しかも私の上に男の顔があった。
光留さん……? だがそんなわけなかった。それは私にお酒を飲ませた意地悪な同僚・麻生慎司の顔だった。
「麻生さん!」
彼はただ私の上に裸の体を乗せているだけではなかった。私の大事な場所を彼のもので貫いていて、その状態で彼はゆっくりと動いていた。
「何をしてるんですか!」
「初めてだから優しくして下さいと言うから、できる限り優しくしてるつもりだったが、それでも痛かったか?」
同僚の動きがさらにゆっくりになる。
初めてだから優しくして下さい? 私は本当に彼にそんなお願いをしたのだろうか? 私が未経験だったと知ってるのだから、おそらく本当なのだろう。もしそうならこれはレイプではなく合意の上での行為ということになる。浅はかだった私はそんなことを考えていた。
確かに、高校時代には同級生たちが次々に経験していくのを見て、私も早く処女を捨てたいと焦っていた頃もあった。だから酔って気が大きくなっていたこともあって、バツイチで経験の豊富そうな彼にそんな馬鹿なお願いをしてしまったのだろうか?
実際、動きがゆっくりなこともあって性器に痛みはほとんど感じない。酔いによる頭痛の方がよほどひどい。
「七海、愛してる」
と慎司が言った。
軽い気持ちで、つまり体目当てで私を抱いているわけではない、ということか。もしかすると彼が職場でずっと光留をいじめていたのは、自分の好きな女と交際している光留に嫉妬したせいかもしれない。
でも私が愛してるのは光留だ。そうはいってもほかの男に抱かれたことを隠して光留との交際を続けるのは不誠実であるし、何より彼に失礼だ。
正直に打ち明けても優しい光留なら一夜の過ちならと許してくれるかもしれない。でも愛する私に裏切られたという事実が、この先長く彼を苦しめることになるのは間違いない。私は彼の目をまっすぐに見ることができるのか? 私は彼を裏切ったのだ。元に戻れるなんて思ってはいけない!
よく考えたら、宴会場で酔って眠ってしまった私を、慎司が介抱してこの部屋まで連れてきてくれたのは確かだ。私が思っていたほど彼は意地悪な人ではなかったのかもしれない。
「私も、麻生さんを愛してます……」
「七海!」
彼の動きが一気に速くなった。途端に性交痛に襲われて、思わず慎二にしがみついた。彼は避妊する気はないらしく、〈孕め!〉と叫びながら射精した。
「赤ちゃんできたらどうするんですか?」
「遊びで抱いてるんじゃない。子どもができてもできなくても結婚する」
ほんの数十分前まで嫌な同僚としか思ってなかった相手なのに、愚かな私はうれしいですと答えてしまった。
でも動画を撮りたいと言われたときはさすがに抵抗した。
「撮った動画が流出して私の裸が誰かに見られてしまう可能性もあるじゃないですか」
「それはおれも嫌だ。だから七海は服を着たままでいい」
そう言うから撮影を許した。旅館の浴衣を着た私が膝立ちになって裸で立つ慎司の性器をぎごちなく口に含む様子を、慎司は自撮り棒につなげたスマホを使って器用に撮影した。男の人は一人のときこんな動画を見て喜ぶものらしい。
結局朝が来るまで、慎司は私を離すことなく抱き続けた。私も麻生さんと呼び続け、光留のことを思い出すことはもうなかった。
翌日曜日、私たちは来たときと同じように貸し切りの大型バスに乗って帰途についた。往路のバスの隣座席には光留が座っていたが、復路の隣座席には慎司が座っている。
光留の座席は私たちから少し離れた場所で課長の隣になっていた。ただし、どういうわけか彼はバスに乗っていなくて、彼の座席は空席のまま。彼に合わせる顔のない私は正直ホッとしていた。
彼がどうしたのか心配になって、知ってることがないかと慎司に聞いてみた。
「体調が悪いと言って今朝一人で帰ってしまったそうだ」
昨夜飲み過ぎてたもんねと私も納得したが、光留はその後一度も出勤することなく退職してしまった。
「いろいろ指導したのに無駄だった。社会人としての責任感のかけらもないやつだったんだな」
慎司はそう吐き捨てていたけど、辞めるにしても私に一言くらい説明がほしかったなと自分の裏切りを棚に上げて私も心の中で彼のあまりに一方的な退職を責めた。
でも違ったのだ。真実を知ったのは私が慎司と結婚して十年後。とっくに実家とも絶縁していた私には逃げ場もなくて、今さらどうしようもなかった。
忘年会の翌朝、慎司は光留の泊まる部屋に押しかけて、私が慎司の性器を愛撫する動画を光留に無理やり見せた。
「愛する女を寝取られて悔しいか? 男だったら取り返してみろよ。まあ、取り返したところで、七海がおれに処女を捧げたという現実は変わらないけどな」
傷口に塩を塗り込むようなそんな追撃まで受けて、ショックを受けた光留は旅館から姿を消し、失踪した。
慎司のついた嘘はそれだけではなかった。
「いつも二人で昼飯を食ってたおまえらの交際を知らない者は社内にいなかった。あの頃は当然おまえらはもうそういう関係になってるもんだと思いこんでた。眠り込んだおまえを襲って事が終わって初めておまえがまだ処女だったって知った」
「初めてだから優しくしてって、する前に私がお願いしたんじゃなかったの?」
「そんな取ってつけたような言い訳をまだ信じてたのか? 馬鹿なやつだ。どっちにしてももう時効だけどな」
酒をあおりながら武勇伝のように私をレイプしたと白状した慎司に吐き気を催した。やっぱりあのとき私は光留に許しを乞うべきだったのだ。たとえ光留に裏切りを許されなかったとしても、少なくとも慎司と結婚なんてしてはいけなかった。
慎司の話は嘘ばかりだった。職場に自分はバツイチだと吹聴していたが、それも嘘だった。本当だったのは約束通り私と結婚したことだけ。それだけは嘘だったらよかったのにと結婚十五年目の今、心には後悔しかない。
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