テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
こさめはいつもどうり早めに学校へ来ていた。まだ教室にはほとんど人がいなくて、
窓際に座って何気なく外を眺めていると、
ポケットの中でスマホが小さく震えた。
画面を覗くと「いるま」からの通知。
メッセージは短く、ただ――
少し話がある。今、屋上来い
「……屋上?」
眉をひそめる。こんな朝っぱらから
”呼び出す”なんて珍しい。
しかも場所が屋上となれば、
軽い雑談ではないだろうと察した。
胸の奥で小さなざわめきが広がる。
(何だろ……トラブルか、それとも――)
机の上に置いていた教科書をそっと閉じ、
立ち上がった。
スマホを握りしめて教室を出る。
足音を忍ばせながら階段を登ると、
朝の校舎は静まり返っていて、
靴音だけが妙に響いて聞こえた。
ドアの向こうにいるであろう、
いるまの気配を感じながら、
こさめは深く息をついた。
そして屋上の扉に手をかける。
(……やっぱり、か)
胸の奥で、覚悟のような諦めのような
もの がじわりと広がる。
なつから受けているあの目線。
自分も何度も感じてきた。
「いじめ」と言い切るには、
ただのからかいじゃ済まないものだ。
鉄の扉を押すと、冷たい風が吹き抜ける。
そこに、いるまが立っていた。
言葉はない。
ただ、静かに、
じっとこさめを見ているだけ。
だがその沈黙は、音よりも重たく鋭い。
(――殺気……?)
背筋をなぞるように冷たい感覚が走る。
怒りとも憎しみとも違う、
もっと深いところから滲み出すような圧。
視線ひとつで、
体の奥を掴まれているようだ。
こさめは喉を鳴らして、
笑ってごまかそうとした。
だが、いるまの目は瞬きもせず、
ただ突き刺さる。
(逃げ場なんて、、ないか…)
膝がわずかに震え止まらなかった。
屋上のドアが風に鳴り、
ひやりとした空気が肌を撫でた。
無言のまま睨みつけていたいるまが、
やっと口を動かす。
「……なつを困らせるなよ、こさめ」
低く押し殺した声。
その一言には、単なる忠告ではなく
──暗い凶器のような響きが潜んでいた。
「お前が泣こうが、逃げようが、
俺は止めない。けど……
なつが傷つくのは絶対に許さねぇ」
視線が氷のように突き刺さる。
屋上の風にかき消されそうな声で、
こさめは必死に言葉を吐き出した。
「なつくんが……こさのこと、
いじめてきて るのに……“困らせる”って、
どういうこと……」
言ってしまった瞬間、心臓が跳ねた。
あぁ、余計なことを言った──。
自分でもすぐに気づいて、
唇を震わせながら視線を落とす。
「……ごめんなさい……」
肩を小さくすくめる。
それでも、堪えきれずに続けてしまう。
「でも……こさ、なにもしてないのに……」
言い訳のように漏れる声。
風に流され、頼りなく消えていった。
「……なにもしてない?」
低く、感情を押し殺した声。
いるまの靴音が、
コンクリートを踏みしめて近づいてくる。
こさめは反射的に後ずさった。
背中に硬いフェンスが当たり、
逃げ場を失った瞬間──
「あんま調子乗んなよ」
乾いた音が屋上に響いた。
頬に鈍い衝撃。視界が一瞬ぐらつき、
こさめは片手で顔を押さえる。
「ぐ……っ……」
痛みよりも恐怖が先にきて、声が震えた。
目の前のいるまは表情ひとつ変えず、
ただ静かに見下ろしている。
その無言の圧に、こさめの喉がひゅっと
詰まり、次の言葉が出てこなかった。
頬を打たれた痛みに顔を押さえる
暇もなく、すぐに次の拳が飛んできた。
「──っ!」
腹に入った衝撃で、こさめの身体が折れ、
呼吸が詰まる。
ぐらつく膝をかばう間もなく、また頬を。
さらに肩を、胸を、容赦なく拳が
叩きつけられる。
「やめっ……あ、ぐ……ッッ!」
声を出した瞬間、さらに強く殴られる。
抵抗することもできず、
両腕で必死に顔を庇おうとするが、
腕を掴まれて強引に下ろされる。
「──黙れ」
低く落とされたその一言とともに、
いるまの拳が止まらない。
屋上に響くのは風の音と、
肉を打つ鈍い衝撃音だけ。
視界がじわじわと赤く染まり、
耳鳴りが鳴り止まない。
こさめはただ、痛みと恐怖に押し
潰されるように殴られ続けていた。
ー
こさめの頬や肩に打ち込まれる拳の
衝撃が、まだ身体に残っている。
痛みで呼吸が荒くなる中、ふとポケットの
スマホが震えた。
画面には、なつからの通知。
来た、いるまどこ?
見るや否や、いるまの動きが止まった。
拳を振り下ろしていた腕がゆっくりと
下がる。
こさめはまだ息を荒げ、
目を見開いたまま、
じっといるまを見つめる。
「……なつか」
低く呟くと同時に、
屋上のドアに向かって急ぎ足で駆け出す。
その背中にはまだ、さっきの暴力の
残滓が残っていて、こさめはしばらく
その場 で震えながら息を
整えるしかなかった。
屋上には、風だけが吹き抜け、足跡と、
残された恐怖だけが静かに漂っていた。
ー
数分後。
屋上の静けさを破るように、
軽やかな足音が近づいてきた。
「こさめちゃんッ!こさめちゃん、
大丈夫?」
声の主はすち。
慌てた様子で屋上の端まで駆け寄ると、
こさめの肩や腕に残る赤い痕を見て、
眉をひそめた。
「ッ……ん、すちくん……?」
こさめはまだ息を整えるのに必死で、
かすれた声しか出せなかった。
「よかった……結構ひどいあざでき
ちゃってる……まってね、いますぐ
保健室に」
すちはそう言うと、
優しくこさめを抱き上げる。
こさめの体重を感じながらも、痛みを
与えないよう細心の注意を払っている。
その時、こさめの唇が震え、
涙が頬を伝った。
「ねぇ……すっちー…こさを、
殺してほしいッ」
驚いたすちは、一瞬言葉を失った。
「えっ?」
「辛くなっちゃったッ……」
声を震わせて涙を流すこさめに、
すちはすぐに答える。
「ごめんね……こさめちゃん」
痛くないよう、そっと背中を支えながら、
こさめを優しく抱え上げる。
そのまま、二人は静かに保健室へ向かって
歩き出した。
校舎の廊下を進むたび、こさめの体は
小さく震えていたが、すちの温かい
腕が包み込むように支えてくれる。
痛みと恐怖の残る体を、少しずつでも安心で満たしていくかのように――。
ー
保健室のドアを開けると、
すちがそっとこさめをベッドに下ろした。
「はい、大丈夫。
無理に動かさなくていいから」
こさめは肩を震わせながら、涙を拭う。
「……すちくん、ありがとう……」
かすれた声が小さく響く。
すちは柔らかく微笑みながら、
頬の赤みを軽く指で触れる。
「いつもよりひどくなさそうで
よかった…… でも無理はダメだよ、
ちゃんと休まないと」
こさめは少し俯きながら、小さな声で答える。
「うん……ごめん……こさ、また……」
「謝らなくていいよ。
こさめちゃんは悪くないから」
すちの言葉に、こさめは少しだけ安心したように肩の力を抜く。
保健室の静かな空間で、
痛みと恐怖の余韻を、
少しだけやわらげる時間が流れた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
→200♡
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!