テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
20
14
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大造じいさんとガン
三
次の年、大造じいさんは、また、別の方法を考え出しました。
今度は、「タニシ作戦」です。
じいさんは、ガンが、いつも、えさをあさる沼地のあぜ道へ行って、そこへ、毎日、一升ずつのタニシを、まいてやりました。
はじめのうちは、残雪も、たいそう警戒して、みんなに、それを食べさせませんでしたが、一週間も、十日も、何事も起こらないので、だんだんと、安心して、みんなで、そのタニシを、きれいに、平らげるようになりました。
じいさんは、にんまりと笑いました。
「よし、よし。すっかり、安心したな。」
そこで、じいさんは、あぜ道の上に、小さな、わらで作った小屋を建てました。人間が、その中に、隠れるためです。
それから、二、三日の間、じいさんは、その小屋の中に、じっと、隠れていました。しかし、何も、しませんでした。ただ、タニシを、まいておくだけです。
ガンたちは、その、わら小屋にも、すっかり、慣れてしまいました。小屋のすぐそばまで、平気で、えさを食べにやってくるようになりました。
「いよいよ、今夜が、決戦のときだ。」
じいさんは、その夜、一晩中、わら小屋の中に、こもっていました。
夜が、しらじらと明けてくるころ、遠くから、
「クワッ、クワッ。」
という、羽音が、聞こえてきました。残雪の群れが、やってきたのです。
ガンたちは、いつものように、わら小屋の前のあぜ道へ、おりてきました。
じいさんは、胸を、わくわくさせながら、鉄砲の引き金に、指をかけました。
「もう、一足。もう、二、三歩、こちらへ寄れ。」
じいさんは、心の中で、叫びました。
ところが、そのときです。
残雪は、ふと、何か、いつもと違う空気に、気づいたようでした。
残雪は、急に、えさを食べるのをやめて、首を、すっと、長くのばしました。そして、するどい目で、わら小屋を、にらみつけました。
じいさんは、思わず、息を殺しました。
残雪は、危険を察知したのです。
「クワーッ!」
と、激しい、叫び声をあげました。
その声と同時に、群れは、一斉に、ばたばたと、羽ばたきをして、飛び立ちました。
じいさんは、あわてて、小屋から、飛び出しました。そして、逃げていくガンの群れめがけて、
ドーン、ドーン。
と、二発、鉄砲を放ちました。
しかし、弾は、一羽にも、当たりませんでした。ただ、朝の冷たい空気の中に、白い煙が、むなしく、流れていくだけでした。
「おのれ、残雪。どこまでも、知恵のあるやつだ。」
じいさんは、鉄砲を握りしめたまま、くやし涙を、ぽろぽろと、こぼしました。
四
また、次の年が、やってまいりました。
大造じいさんは、今度は、力で、残雪に勝とうとは、思いませんでした。もっと、別の、頭のいい方法を、考え出したのです。
じいさんは、去年の冬の間に、一羽の、若いガンを、生け捕りにしておきました。そして、そのガンを、家で、大切に飼って、すっかり、人間に、なれさせておいたのです。
じいさんが、
「コーイ、コーイ。」
と呼ぶと、そのガンは、じいさんの手のひらから、えさを食べるほどに、なつきました。
じいさんは、この「おとり」のガンを使って、残雪の群れを、おびき寄せようと考えたのです。
ある朝、じいさんは、おとりのガンをカゴに入れて、いつもの沼地へ出かけました。
まだ、あたりは、うす暗く、一面に、白い霧が、立ちこめていました。
じいさんは、おとりのガンの足を、細いひもで、地面のくいにつなぎとめました。それから、自分は、近くの草むらの中に、じっと、身を潜めました。
しばらくすると、霧の向こうから、
「クワッ、クワッ。」
という、聞きなれた、あの、残雪の声が、聞こえてきました。
残雪の群れが、空いっぱいに広がって、降りてくるのが、霧の晴れ間から、見えました。
じいさんの仕掛けた、おとりのガンは、仲間の声を聞くと、うれしそうに、
「クワッ、クワッ。」
と、答えの声をあげて、羽ばたきをしました。
空を飛んでいたガンの群れは、その声に引かれるようにして、だんだんと、高度を下げてきました。
「しめた! 今度こそ、わしの勝ちだ。」
じいさんは、草むらの中で、にんまりと、笑いました。
ところが、そのとき、突然、空のずっと高い所から、
「キィー、キィーッ!」
という、するどい、恐ろしい叫び声が、響き渡りました。
それは、ハヤブサの声でした。
大きな、一羽のハヤブサが、どこからか、矢のように、一直線に、舞い降りてきたのです。
ハヤブサのねらいは、地面につながれて、逃げることのできない、あのおとりのガンでした。
おとりのガンは、恐ろしさのあまり、
「クワッ、クワッ!」
と、悲鳴をあげて、バタバタと、暴れ回りましたが、足をつながれているので、飛び立つことができません。
ハヤブサは、するどい爪を立てて、おとりのガンに、襲いかかろうとしました。
「ああっ!」
じいさんは、思わず、声をあげました。自分が、かわいがって育てたガンが、目の前で、殺されようとしているのです。じいさんは、鉄砲を構えましたが、霧が深くて、よく見えません。それに、ハヤブサの動きが、あまりにも、速すぎました。
そのときです。
上空から、白い、一筋の光が、きらめくようにして、落ちてきました。
残雪でした。
残雪は、ハヤブサが、自分の仲間を襲おうとしているのを見て、一目散に、助けに降りてきたのです。
残雪は、猛烈な勢いで、ハヤブサの体に、ぶつかっていきました。
予期しない一撃を受けたハヤブサは、空中で、ぐっと、体勢をくずしました。
しかし、ハヤブサも、さるものです。すぐに、体を立て直すと、今度は、向かってきた残雪に、ねらいを定めました。
残雪とハヤブサは、激しく、羽をぶつけ合い、くちばしと爪で、血みどろの戦いを、始めました。
バサバサ、バサバサという、激しい羽音が、霧の中に、響き渡ります。
残雪は、ハヤブサのするどい爪に、胸を裂かれ、美しい、つばさの白い毛が、赤く染まっていきました。それでも、残雪は、一歩も、引き下がりません。おとりのガンを、自分の体の後ろにかばいながら、必死に、戦い続けました。
じいさんは、草むらから、飛び出しました。
そして、激しく戦っている二羽めがけて、走り寄りました。
じいさんの姿を見たハヤブサは、これ以上は、危険だと察したのか、残雪の体から、爪を離すと、そのまま、霧の向こうへ、すうっと、飛び去っていきました。
あとに、残雪が、ぽつんと、残されました。
残雪は、胸から、激しく、血を流していました。もう、飛ぶ力は、残っていませんでした。
それでも、残雪は、じいさんが、近づいてくるのを見ると、最後の力を振り絞って、首をぐっと持ち上げ、じいさんを、にらみつけました。
その目は、気高く、少しの恐れも、浮かべていませんでした。
じいさんは、鉄砲を、地面に、投げ出しました。
そして、両手で、そっと、その傷ついた残雪の体を、抱きかかえました。
三、四段落 終わり