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あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」を読まれるとよりわかりやすいと思います。
あの決意から一月ともう少しが経ったが、進捗はほとんど成果無し!の一辺倒である。せいぜい、あの絵の具の赤みたいな先輩の名前がトントンであることがわかった程度で、そのくらい名簿を見ればすぐにわかるだろうと自分で正論を突きつける。
あれから俺はトントン先輩に覚えてもらうため、とにかくしつこく付きまとった。作業中は流石に俺の命の保証が無いので生涯やらないと決めているが、片付けを始めた頃を見計らって話しかけに行ったり、廊下で見かけた時には犬のように飛び出して向かってやった。しかし、あの先輩は思っていたより冷酷で、暴力的な人間で、いくら後輩が可愛らしく関わりにいこうとしても無視の一点張り。この前、昼休みに先輩の教室に押し掛けた時なんて拳骨をくらった。
たかが拳骨で折れる程簡単な気持ちであの先輩に挑んだわけではないのだ。と己を叱咤し、ひとり中庭のベンチで昼食を取る。この学校の中庭には大きな桜の木が一本立っていて、その桜を囲むように校舎が建っているので、ほとんどの教室からこの大きな桜を見ることができる。そんな桜の木を一等間近で見られる中庭は既に俺の中でお気に入りの場所になっていた。
中庭と言えばいかにも人気なランチスポットな感じがするが、その実この季節は虫が多いのであまり人は寄ってこない。俺は虫が苦手なわけではないので、葉桜が綺麗だなあと呑気に飯をかき込む。弁当を片付け、ぼーっと桜を見ていたり、持ってきたスケッチブックに足元に生えていた植物を描いたりしていると、と予鈴が鳴ったので、大急ぎで中庭を出て階段を駆け上がる。
「あ、トントン先輩!」
廊下を早足で進んでいると、次の授業は移動教室なのか、教科書と筆記用具を抱えた先輩とすれ違う。声を掛けたところで特に反応無し。…げ。と聞こえたのは多分気のせい。
「授業、頑張ってください!」
めげずに明るく振る舞い、健気に暖かなエールを送る。
「言われんでも頑張るわ」
帰ってきたのは絶対零度の返答。声も顔も全部嫌そう。
そんなあからさまやと傷つきますよ!と叫んで今度は逃げるように走って教室へ向かう。流石にこれ以上先輩と関わって冷た〜くあしらわれても、俺のメンタルに多大な負荷を与えるだけである。あ、でも今日は返事してくれたな。と気がつく。あの先輩は機嫌に左右されやすいのか、二日ほど前くらいからは稀に返事が返ってくるようになった。それが、これ以上付きまとわれるとストレスが爆発するので返事をすればマシになるんじゃないのか。と思われているのか、軽く流した方が無視するより簡単だと気が付いたのか。…どれかは考えたくもないが、良い変化と決めつけるにも早計な気がして、まだ成果として挙げられない。まだまだ関係の溝は深い。最初は何か策がないかと思案していたが、練っていくうちに毎日話しかけた方が良いんじゃないかという結論に集束したのだ。思考放棄とも言う。
とにかく、今日の下校時間にも、明日も、その先も、声をかけたり会話を試みたりしてあの先輩の中に俺という枠組みを作ってもらうしかないのだ。
部活動や、ちょっとした時間の暇つぶしで埋まっていくスケッチブックのページには、先月よりマシになったデッサンやスケッチがたくさん並んでいた。