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あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
桜はとうに散り、青々とした葉を茂らせて風に揺らされる様も中々風情がある。こんな景色を思い描いたままキャンバスに映せたら気持ちが良いんだろうな。とぼんやり考える。昨日は雨だったため、どこか湿り気があって蒸し暑い。
じっとり湿ったベンチに不快感が拭いきれないが、慣れてしまえば特に気にならない。今日の弁当はおにぎりだった。おにぎりの具はなんだろうと予想しながら、なんとなく昨日の顧問の言葉を思い出す。夏休み終わりにコンクールがあるから、今のうちにどんなものを描くか決めておけ、だっけか。描きたいものってなんだろうなあ。最近感動したもの…も特にないし、好きで長く続けられたもの…も、それこそ絵を描くこと以外に無い。
アイデアが得られないかなと捲ったスケッチブックには、中庭で昼食を取るようになってから増えた植物のスケッチが特に目をひいた。植物か。植物なら最近沢山描いたから他のものより上手く描ける気がする。そんなこんなで、割と軽い気持ちで作品のテーマは決まった。
しとしとと雨が降ってきたため、しぶしぶ教室へ帰ろうと廊下を歩いていた時、赤い瞳が一等綺麗な先輩とすれ違った。ラッキーだと思い、今日も元気な後輩面して明るく挨拶する。
「トントン先輩!こんにちは!」
「…おう」
ほら!最近は高確率で返答してくれるようになった!言葉自体は生返事だったり、単語レベルに短かったりすることが多いが。
「…スケッチブック、昼休みはいつも持ち歩いてんねんな」
「っえ、これです、か?」
それ以外に何があんねん。と冷ややかな視線を受けるが、先輩から話を切り出されたことに俺は驚いて、その視線をもろに受けても今日は怯まなかった。
ちょっと見せてや。と言われ、おずおず手渡すと、先輩は無表情のままペラペラとページを捲る。…とても気まずい。
「…あの」
「えーと…」
「先輩…?」
声を何度か掛けても黙々とスケッチブックを見漁る先輩に、気まずさの他、恥ずかしさや謎の焦燥感に駆られる。早く返してくれないかな。とやり場のない目線をひたすらに泳がせていると、ん。と言われ、スケッチブックを返された。普段冷たくて、拳骨なんか飛ばす人だから(丁度昨日くらった)乱雑に返すのかと思っていたら、結構丁寧に差し出されたので思わず面食らってわたわたと慌ただしく受け取る。
「スケッチ、あとデッサンも、上手くなってんな」
え、と小さく声が漏れた。びっくりした。俺がわざわざ見てください!って見せびらかしたわけでもなく、先輩が自ら俺の努力を見て評価してくれたことが、信じられないようなことだと思ってしまったのだ。
「あ、ありがとうございます…」
「急にしおらしくなんなや。お前、ちょっとくらい自信持ち」
幻の生物と対峙した人ってこんな気持ちなのかな。なんて全く関係ないことを考える。いつもの、あの絶対零度の擬人化だった先輩が俺を認め、励ましの言葉を掛けたのだ。信じられるかこれが。いや、実際に目の前で起こったのだから信じるより他は無いが。
じゃ。と言って去ろうとする先輩に、何かもう少しだけ前に進みたい気分が込上がってきて、理性の追いつかないまま大声で先輩を呼び止める。
「トントン先輩!!」
ぴた、と先輩の動きが止まる。背中を向けられているが、何故かその表情は想像できる。
「俺、『お前』じゃなくて、ちーのです!」
言ってやった。言ってしまった。ちょっと、いや結構、調子に乗ったこと言ったかな。なんて今更理性が追いついて後悔が滲んでくる。
先輩はくるりと振り返り、予想通り明らかに不機嫌です!という顔をこちらに向けながら、
「アホ、声でかいわちーの」
と返した。