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**あ〜これめっちゃ良かった!** クリスマスツリーの前で「この光を誰と見たかったんだろう」って自問するところ、グッと来たわ。本来なら婚約者の博文が浮かぶべきなのに、翠の顔が浮かんじゃう心境、すごく繊細でリアル。 **で、隣のベンチから漏れてきた噂話で「まだ一回もさせてくれない」って博文が愚痴ってるのを知った時の、結と涼子の「同時に笑っちゃう感じ」がたまらなかった。** 婚約者にうんざりしてるのに、久しぶりに心から笑えて、イケオジのバーテン・ヒロシの顔見に行こうってノリになるところ、すごく自然で好き。大人の切なさと軽やかさが絶妙に混ざったエピソードだわ🔥
カウントダウンは十秒前から始まった。
集まっている人たちの声も、次第に一つになって高揚していく。吹き抜けのロビーの中央に、高さ五メートルもあるクリスマスツリーが登場したのは昨日の深夜のことだった。従業員が徹夜で飾り付けをしてくれた。
十七時にロビーの照明が暗転すると、一瞬静寂の後、クリスマスツリーのイルミネーションがいっせいに点灯される。クリスマスツリーを囲み見上げている人たちから、感嘆の声が上がるとともに拍手が沸き起こった。
クリスマスツリーを見上げる人たちの顔はどれも幸せそうで、結の心を慰めてくれた。
この日、二度目のマイクを握った結はそのスイッチを入れた。
「今年のクリスマスツリーの出来はいかがでしょうか? 今年のクリスマスツリーのテーマは、『銀世界』です。この街でも最近では、あまり雪が降らなくなりました。そこで今年は白いオーナメントを多く使用し、雪景色を表現しています。金色のイルミネーションで華やかに飾り付をしてみました。皆様に素敵な楽しいクリスマスが訪れますことをホテル従業員一同お祈りしております」
クリスマスツリーはどの角度から見ても、綺麗に飾り付けされ美しい光を放っている。
挨拶を終えた結は二階へあがり、吹き抜けからロビーを行き交う人たちを見ていた。足を止めてツリーを見上げて写真を撮る人、子供のはしゃぐ明るい声が響く。家族、恋人、友達、夫婦。いろいろな人がいて、様々な組み合わせがあって、どの顔も幸せそうに笑っている。
賑やかな声の間から、ピアノの音色が所々聞こえてくる。
側に置かれたベンチに腰を下ろして、クリスマスツリーを眺めながらいい仕事をしたという達成感よりも、大きなものを失った喪失感と綺麗に光り輝くイルミネーションに結の胸は苦しくなる。
この光を私は、誰に見せたかったのだろう。
誰と見たかったのだろう。
本来ならば婚約者の顔を浮かべるべきなのに、結の脳裏に博文の顔は浮かばなかった。
結は小さく笑ってしまった。
博文が今日ここに来ていたかどうかも知らない。普通なら見に来てほしいと誘うべきなのに、それさえもしていないことに今更気がついた。謝りの電話をするべきだろうか。そこで憂鬱な気分になって、また溜め息が出る。これで本当に婚約者と呼べるのだろうか。
「代表」
声が聞こえた方に顔をあげると、鈴村涼子が近づいてくる。
「クリスマスツリーの出来はどうでしたか?」
結が微笑んだ。
今年のクリスマスツリーは、涼子と彼女の同僚たちのアイディアでできたものだった。涼子も通常業務の間に何度も打ち合わせを重ねて、昨夜も飾り付けやイルミネーションの最終チェックにも携わって相当頑張ってくれた。
「とても綺麗です。とても気に入りました。本当にお疲れ様でした」
「代表にそう言っていただけると嬉しいです」
「よかったら、どうぞ」
結は隣に座るように誘った。
「じゃあ、失礼します」
ベンチに座った涼子は、足をぽんと前へ伸ばし手も前へ出して軽く伸びをした。やっとほっとしたのだろう。二人はしばらくクリスマスツリーを眺めていた。
「ねえねえ聞いた?」
「なんのこと?」
そのとき隣のベンチに女性の二人連れが座った。結たちが座っているベンチと、彼女たちの間には、幅も高さもある観葉植物が置かれているので、どちらからもお互いの姿は見えない。
「うちの代表のことよ」
私? 結は涼子と顔を合わせた。どちらもちょっと目を大きくする。
「代表って婚約したのよね」
「あんた興味あんの?」
「別に。代表のことは嫌いじゃないの」
あら。
「特に好きでもないけど」
あ、そう。
結のちょっと引き吊った顔を見て、涼子が優しく微笑んでくれた。
「その婚約、破棄するみたいよ」
そうなの? 初めて聞いたわ。
結は涼子と顔を見合わせて、吹き出しそうになるのを慌てて口元を覆って堪えた。
「彼女たちフロントの一年目です」
涼子が教えてくれた。
「あの声に聞き覚えがあるので」
結が頷く。
「なんでも彼氏さん、嘆いていたらしいの。代表って仕事は熱心だけど、あっちの方はさっぱりなんだって」
「あっち?」
もう一人の彼女がのんきな声を出す。
「いやだあ男と女でしょ。そういうことよ」
ああ〜、と納得した声が響く。
「いい感じに誘ったつもりでも、全然応えてこなくて、婚約したのにまだ一回もさせてくれないって嘆いていたって」
「うっそ」
「ほんと。だから彼氏さん飽きちゃったんじゃないって、うちの彼が言ってた」
「彼って、あのバーテンさん、イケオジの?」
「そう、ヒロシ四十五歳よ。バーで飲んでたときに一緒にいた女に散々愚痴っていたみたいよ。女はキャバ嬢ね。そのままどこかに消えちゃったみたいだから」
甲高い笑い声を立てて、彼女たちは立ち去っていった。
「代表?」
恐る恐る涼子は結の顔を見る。涼子と顔を合わせた結はもう我慢できなくて、笑い出してしまった。
「あの子たちにきつく言っておきます、余計なこと言うなって」
「いいです、いいです。好きなように言わせおきましょう」
「ですが変な噂が広がったりしたら大変です」
「大丈夫ですよ」
普通なら怒るところかもしれないけれど、結は可笑しくて仕方がなかった。こんなにも笑ったのは久しぶりだったし、隣で涼子が一緒に笑ってくれたのがとても嬉しかった。
「代表、このあともまだ仕事ですか?」
涼子に聞かれて結は首を振った。
「じゃあ行ってみませんか? そのバーに」
「うちのバーに、イケオジがいるなんて知りませんでした」
「そいつの顔を見に行きましょうよ」
「ヒロシさんでしね」
結と涼子は同時に立ち上がり、肩を寄せ合って歩き出した。
黒塗りの壁に、赤い革のソファーが目を惹いた。やや薄暗い店内の各テーブルに置かれたローソクの灯りは温かく、静かに流れるジャズの音色が大人の雰囲気を演出していた。カウンター席に座った結たちは、バーテンダーのヒロシと向き合った。
「あんな子供にはもったいないわ」
それが涼子の評価だった。
短い髪にところどころ白いものが見えたが、清潔感があり眉間にできる皺も仕草や話し方も落ち着いた、紳士的な対応をしてくれた。涼子とヒロシとのおしゃべりに、日頃あまり飲まない甘いカクテルの味に心地良く酔いが回っていった。
婚約者のことを考えるより、翠の顔が浮かんでしまうことに後ろめたさを感じていたが、それをもう感じなくてもよさそうだ。