テラーノベル
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漫画を作ると決めて以来、アルエとの共同作業が始まった。
アルエと相談しながら原作を練る。その間、イソトマはラフスケッチをしてキャラデザを固めていく。
「とりあえず、半年後の学園祭に頒布とかしたいよねぇ」
絵を描きながら何気なくイソトマは零した。
ある程度、形になったらそういう場で頒布したい。
「え……?」
アルエが驚いた顔をしている。
イソトマは首を傾げた。
「いえ……てっきり、ルシアン王子とリリーだけに、こっそり渡すつもりだと思っていました。学園で頒布なんかしたら……それこそ、本当に婚約解消でもしないと、大荒れに荒れるんじゃないかと」
アルエの言葉が、雷のように脳天に突き刺さった。
「そ、そうだよね。アルエの小説が素敵だから皆に知ってほしいって気持ちが先に出たでござるよ」
「その気持ちは嬉しいし、イソトマ氏のイラストは最高だから皆に見て欲しいでござる。でも正直、頒布はイソトマ様が受ける不利益が大きすぎます」
アルエがオタクと正気を使い分けている。
より解像度の高いオタクに成長している。
「仰る通りです」
俯きすぎて、テーブルに額が落ちた。ゴン、と鈍い音が鳴った。
「角を立てずに婚約解消してもらう方法って、ないかなぁ」
ルシアンは第一王子で、嫁入りすればイソトマは王太子妃、行く行くは王妃だ。実家のアルシュタイン家が婚約解消するはずがない。
「無理でしょうねぇ。ルシアン王子側から解消の話を持ち掛けられる、とかじゃないと」
「じゃぁ、やっぱり僕は意地悪で傲慢な悪役令息でないといけないじゃないか!」
そうでないと、断罪してもらえない。
(断罪もなぁ。貴族の位を剥奪の上、国外追放になっちゃう。今更、それは辛い)
貴族の中でも最上位の家柄の生活に慣れているイソトマに、今更庶民の生活などできない。
「まさかですけど、イソトマ様。婚約破棄して欲しくて、性格悪い振りしていたんですか?」
アルエが驚いた顔というか、引いた顔をしている。
「いや、そういうわけじゃないけど……何というか、婚約解消はしてほしいかな、円満に」
単純に前世を思い出しただけだ。
それまでの傲慢さは、ただの素だ。
「そうですか。噂で聞いていた悪魔イソトマとは、まるで別人だから。悪魔のほうが演技って言われたら、納得です」
「悪魔イソトマって、酷くない?」
語感に迫力があり過ぎる。とはいえ、否定もできない。
「学園中の噂でしたよ。噂ってアテにならないって思っていたけど……真相がわかったって感じです」
「いや……別に演技だったわけじゃないよ」
アルエが、何やら納得している。若干、勘違いも含まれるが、そこはあえて訂正しないことにした。
――コンコン
かんな
2,452
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
8,872
部屋の扉がノックされて、二人に緊張が走った。
何も言う前から、二人の手は絵や小説を隠すように動いた。
「はーい、誰?」
「イソトマ、ディルクだ。少し、いいか」
ドアの向こうから聞こえた声に、若干安堵した。
「ディルクだ。ちょっと出てくるね」
「その間に僕が片付けておきます」
「ありがと」
ドアに寄り、狭く扉を開ける。
「ディルク、どうしたの?」
「少し、気になってな」
「えっと、何が?」
最近、アルエとコソコソしているのをディルクが訝しく思っているのは気付いていた。
何かを聞かれても、のらりくらりと躱していた。
「顔にインクが付いている」
ディルクの手が伸びてきた。頬に触れられて、ドキリとする。
(インクなんて、いつの間に。さっき突っ伏した時かな)
ビクリとしながら体を強張らせるイソトマを、ディルクが見詰める。
「否定しないのか。インクを使う何かをしているんだな。魔術に使う絵か?」
「……は? 何の話?」
ディルクが勢いよくドアを蹴り飛ばした。
「うわ!」
「すまん」
勢いよく開いたドアに煽られて、イソトマの体が吹っ飛んだ。
イソトマの体を、ディルクが掴まえる。
その流れのまま、ディルクがアルエに剣を向けた。
「ひぃい! 何で、僕?」
両手を上げて、アルエが全身で降参を表現している。
「お前が来てから、イソトマの様子がおかしくなった。妙な黒魔術でも教えているんじゃないだろうな」
ディルクが更に剣を突き付けた。
「知りません知りません。僕はいたいけな治癒術師ですから!」
アルエが顔を引き攣らせまくっている。
「僕は何も変じゃないよ。ディルクこそ、どうしちゃったの? 落ち着いてよ」
ディルクの腕がイソトマの腰を強く抱いていて、離れられない。
ディルクが、ちらりとイソトマを流し見た。
「この男が来ると、嬉しそうだ。全身でワクワクしているし、よく笑う」
「それはさ……」
オタク仲間と尊い時間を共有している訳だから、当然だ。
「友達なら、普通だよ」
「イソトマに、これまで友などいなかった」
ざっくりと、胸に言葉の剣が刺さった。
その通り過ぎて苦しい。何も言い返せない。
「それに、婚約を解消なんて言葉が聴こえたら、穏やかじゃない」
ドクリ、と心臓が下がった。
護衛のため、ディルクは部屋のすぐ外に立っている。
「外まで聞こえちゃってたんだ」
思わずイソトマは零した。
腰を抱くディルクの指が、ピクリと跳ねた。
「穏やかじゃないというなら、主の部屋の声を盗聴するのも、穏やかじゃないですよ」
アルエがビクビクしながらも、声を上げた。
「何?」
ディルクがアルエを睨む。
アルエの背筋がピンと伸びた。
「僕はイソトマ様の部屋に毎回、簡易結界を張っていました。だから、僕らの声は結界を透過しないと聞こえないんです!」
アルエの独白に、イソトマのほうが驚いた。
「そうだったんだ」
「オタクの会話は聞かれたくないでしょう」
「その通りだね」
さすが、アルエのオタク防御は周到だ。
しかし、その防御が、ディルクに破られた。
ちらりと、アルエがディルクを見上げた。
「それに僕らの会話を聞いていたのなら、黒魔術じゃないことも、イソトマ様の本音も、全部聞いているはずですよね」
アルエの指摘にディルクが、少しだけ目を逸らした。
「あ、そっか……」
イソトマのルシリリ推しも、漫画を描く話も、婚約解消したい本音も、全部筒抜けだ。
血の気が引く思いで、イソトマはディルクに縋り付いた。
「お願い、ディルク! お父様には内緒にして! まだ全然、話せるような準備ができてないんだ」
「準備ができれば、イソトマはルシアン王子との婚約を解消するのか?」
ディルクがイソトマを真っ直ぐに見詰める。その瞳が切なく歪んで見える。
「それは……だって、僕は……ルシアンとリリーに、幸せになってほしいから」
「イソトマは、他に好きな相手がいるのか?」
「僕の、好きな相手? 僕は、いないけど」
自分の恋愛なんて、考えてもいなかった。
イソトマが婚約解消したい理由は、ルシリリを守るためだ。
「想う相手がいないなら、相手はルシアン王子でもいいだろう。他人のために自分を犠牲にして、王族になるチャンスを不意にするのか?」
ディルクの疑問は、きっと正しい。
自分に添い遂げたい人がいるわけでもないのに、これ以上にない嫁ぎ先を蹴るなんて、きっと正気じゃない。
(でも、ダメなんだよ。この世界で僕は、正規ルートの幸せを得られない。そういう立場なんだ)
推し以前の問題だ。悪役令息であるイソトマには、この世界で幸せになる選択肢が、そもそもない。
だからこそ、なるべくダメージが少なく、ベターな選択肢を探すしかない。
(けど、さすがにこの話はアルエにもできない。メタがすぎる)
イソトマは、ディルクの服を握った。
「僕は……僕が不幸にならないために、婚約解消したいんだよ。だから、ディルクも僕に、協力して。お願いだよ」
ディルクが息を飲んでイソトマを見詰めた。
「不幸に、ならないため……」
「うん」
「ルシアン王子との結婚は、イソトマにとって、不幸か?」
イソトマは、ごくりと息を飲んだ。
「……ルシアンとリリーが……推しカプが結婚できない未来は、僕にとって不幸だよ!」
エコーでも掛かりそうなくらい、声が響いた。
推しが幸せになれない未来なんて、見たくない。
「イソトマ様、はっきり言い過ぎでは」
後ろからアルエが、こそっと声尾をかけた。
イソトマは思わず口を手で覆った。ディルクを見上げる。
ディルクが驚いた顔で、イソトマを見詰めていた。
「いや、その、今のは、だから……」
もはや、弁明の言葉が浮かんでこない。
「わかった」
「……え?」
「そういう理由なら、協力する」
ディルクの手から剣が消えた。
アルエが脱力して床にへたり込んだ。
「その代わり、イソトマの悪巧みに俺も入れてくれ。護衛として、傍にいるために」
ディルクの目がアルエに向いた。
まだアルエを警戒しているようだ。
「もしかして……仲間に入りたかっただけですか。だったら普通に入ってきてくださいよ」
呆れ顔でぼやいたアルエを、ディルクが睨んだ。
けれど、その顔はあんまり怖くなかった。
(そっか。ディルクは僕の護衛だから。これも仕事のうちだ)
イソトマはディルクの手を握った。
ディルクの指が、わずかに震える。
「ごめん、ディルク。僕が考えなしだった。これからは、ちゃんと相談するよ。だからディルクも、僕らと一緒に漫画を描こうね」
ニコリと笑みを向ける。
何故か、ディルクの表情が固まった。
「いや、俺は護衛を……」
「側にいるなら、一緒に絵を描くのが一番良いと思いますけど」
アルエも同じ提案をしてくれた。
ディルクが軽く頭を抱えた。
「きっと楽しいから」
イソトマは、ディルクに向かってニコリと笑んだ。
「そう……か。わかった。そうしよう」
自分に言い聞かせるようにディルクが呟く。
「うん、よろしくね、ディルク」
イソトマはディルクの手を握り、ぶんぶん振った。
こうして無事に、イソトマの漫画作成仲間が増えた。
コメント
1件
ディルク、ついに乱入してきましたね!「イソトマにこれまで友などいなかった」はグサッときたけど、ああいう形で仲間になる流れは好きです。アルエの「オタク防御・簡易結界」も笑ったし、イソトマが「推しカプが結婚できない未来は不幸!」って叫ぶシーンは思わず声出ましたw ディルクの嫉妬っぽい描写も気になる…今後の3人体制が楽しみです!