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足の生えたメレンゲを乗せた台車が、物凄い勢いのまま人通りの多い道を爆走していく。
「どぅわー!?」
「あぶっ…ねえな!」
「キャーーー!!」
「このっ止まれ! 【魔力球】!」
メレンゲに車輪を取られればカーブし、家の角にぶつかっては跳ね返り、段差に引っかかって跳びあがり、その度に避け損ねた人や撃たれた魔法を躱して進み続ける。
しばらくガタゴト進んでいると、メレンゲの中で目を回しているネフテリアが目を覚ました。
「もぐぉっ!?」(なんじゃこりゃああああ!)
体勢を整える為に足を引っ込め、メレンゲの中で上下を確かめ、上から頭を出した。
目の前には高速で接近する木の枝が。
「うびょっ」
間一髪、後ろに倒れて難を逃れた。メレンゲが反り返った背中をふわりと支え、すぐに身を起こす。
「ちょっ! ナニコレ!? 何が起こったの!? 凄い勢いで動いてない!?」
状況を把握しようとするが、そんなネフテリアの乗る台車の進路に、手に取ったメレンゲを焼いて味見をしている通りすがりのラスィーテ人が現れた。
食べる事に夢中で、接近する台車に気付いていない。
「ひいいいいっ! 【空跳躍】うぅ!」
空跳躍は空中に足場を作る魔法。それを爆走する台車の前に、斜め向きに発動した。すると、台車は足場をジャンプ台にし、勢いに任せて大きく跳ねた。
「うわあああああ!!」
あまりの勢いのため、ネフテリアはメレンゲにつつまれている事も忘れ、台車に必死に掴まって悲鳴をあげる事しか出来ていない。完全にパニックに陥っていて、冷静な判断は全く出来なくなっていた。
──外がメレンゲで溢れている。これは好機だと、男達は考えた。
「今、この町は混乱している。つまり……」
「リージョンシーカーを1つ潰すチャンス……ですな?」
「ククク……」
彼らはリージョンシーカーを敵視する、とある国家の特殊機関である。本部のあるファナリアに潜伏し、総長を討つべく情報を集め、機を伺っていた。
表向きは一般人として、しかし町の状況が分かりやすいように、3階建ての家を手に入れて潜んでいた。今も見下ろせば、メレンゲだらけの町で住人達が慌てているのがよく見える。
「この混乱に乗じて、バルドルを討つ」
「ニーニル支部を落とせば、本部も当然混乱する」
「もちろんそれでリージョンシーカーを消せるとは思えぬ」
「しかし、あのピアーニャ総長の首には確実に近づくだろう」
狙うはピアーニャの首。多世界を股にかける組織であるリージョンシーカーを落とし、その主導権を握る事が目的のようだ。
ただシーカー達は、対抗策が絞れない程の個性に満ちた実力者揃いな上、エインデル王家も深くかかわっている。外部から攻め込んでは国そのものも同時に相手しなければいけなくなる為、まずは末端から入り込むという手段を取らざるを得なかったのだ。
「奴らは動けそうか?」
「ええ。ただ唐突だったので準備は……」
「仕方がないだろう。こちらから毒を渡しにいくしかないな」
シーカーとして潜り込んだ仲間を使って、バルドル組合長を暗殺する。突然舞い込んだチャンスを逃すわけにはいかない。
男達は立ち上がり、リーダーが号令の為に口を開く。
「リージョンシーカー、ニーニル支部は今日落ちる。目標はバルドル! 作戦開──」
バリイィィィィン
「きゃひいいいいい!!」
「しぶぎぇっ!?」
『ぎゃあああああ!!』
号令を言い終えるその直前、窓からメレンゲを積んだ台車が飛び込んできた。メレンゲからは絶叫するネフテリアの顔だけがはみ出ている。
台車はそのままリーダー格の男を踏み潰し、周囲の男数人もついでに跳ね飛ばし、反対側のドアを突き破り、その先にある窓も突き破り、外へと飛び出していった。
残ったのは、動かなくなったリーダー格と、ヨロヨロと立ち上がる部下達。
「リーダー……? お、おい、冗談だろ? おい、グラード、グラード……グラアアアアアド!!」
部下達はリーダー格である同僚の悲しい運命に悲しみ、そして叫んでいた。
こうして、バルドル組合長の暗殺作戦は事前に失敗。この組織はしばらく鳴りを潜める事となる。
実に不幸な事故であった。
3階から、勢いそのままに放り出されたネフテリアの台車は、2階の屋根でバウンドし、丁度着地地点にいたガラが悪くしつこいナンパ男をクッションに、なんとか壊れる事無く着地。そのまま急斜面になっている壁を降り、さらに勢いを増して水路の横の歩道を爆走し始めた。
「痛いっ! いやああ止めええええ!!」
冷静じゃない頭で必死に考えるネフテリア。
台車を止めようにも、ただ破壊すれば自分も吹っ飛ぶ。壁を作って止めようとすれば、自分も衝突して無事ではいられない。
(そうだ上に飛べば!)
なんとかその考えにたどり着いた瞬間、目の前が暗くなった。なんと地下水路に入ってしまったのだ。
「ちょっと!? 飛べないじゃん!」
水路の天井は低いわけではないが、台車の高さがプラスされているせいで、立ち上がるだけで頭をぶつけそうになる。危なくて立つ事も出来ない。
「えーとえーと、どうしろって言うのよおおおお!!」
ネフテリアはカーブで驚き、無我夢中で車体を傾け、ドリフトでなんとか切り抜ける。さらに直角の曲がり角では横から風をぶつけて方向転換し、一瞬壁を走ってなんとか持ち直す。
常時命がけな今の状態が流石に怖く、涙目で叫び続けるのだった。
──ニーニルの地下に、小動物が住んでいた。その名は『トトネマ』。
ヒトの掌に乗るサイズで、全身はモコモコな毛で覆われ、細長い尻尾の先端にも丸い毛玉がついている。毛の色は様々で、単色から斑点や模様のある個体もいる。
その可愛らしい見た目からヒトに飼われることも多いのだが、地下水路には捨てられたり外部からやってきた野良のトトネマが暮らしていた。魔法で浄化された水路なので、それなりに綺麗な暮らしをしているようだ。
そんな地下の交差点で、どうやらトトネマ同士が何やら揉めている様子。
「キュー! キュキュキュー!」(訳:今を持って、ローゼリアとの婚約を破棄する!)
「キュッ…キュウゥゥ!?」(訳:なっ……何故ですかテオドール様! わたくしが一体何を!?)
「キュキュッキュー! キューキュー!」(訳:とぼけるな! リリーナへの仕打ちを忘れたとは言わせんぞ!)
ヒトの真似をして貴族社会のようなものを築き上げたのか、独自の言語によってコミュニケーションを行っている。今はいくつかのグループに分かれた若い者達による、色恋沙汰の問題が発生しているようだ。
「キュー?」(訳:リリーナ? 貴女どうして……)
「キューッ! キュキュキュキュ!」(訳:まだとぼける気か! この俺が真実の愛に目覚めたことで嫉妬し、数々の嫌がらせをしていたのだろうが!)
「キュ? キュー?」(訳:真実の愛? えっと、つまり浮気──)
「キュウウウ!!」(訳:貴様っ! 言うに事欠いて浮気だと! 散々嫌がらせをしておいて!)
「キュウッ!」(訳:そんなっ、嫌がらせなんて!)
段々とエスカレートする雄のトトネマ。その背後には、目をウルウルさせた小柄な雌のトトネマの姿もある。
当事者3匹を除く多数のトトネマ達は、コソコソと話している。
「キュ…」(訳:いや浮気だよな……)
「キュウ、キュウキュウ」(訳:うん、いままでバレないように真実のイチャイチャしてたんだろ)
「キューキュ」(訳:サイテーな雄ね、毛並みだけだわ)
「キュキュ、キュウ」(訳:ああ、それで毛並みが良いのか。うわ~……)
周囲は冷静に物事を判断していて、2匹の旗色はとことん悪いようだ。結婚破棄を言い渡されたトトネマは自体を飲みこめないせいで焦っているので、全員で助けようかと相談し始めていたりする。
「キュ?」(訳:ん? なんだこの音……)
1匹が音に気付き、振り向いた。夜目のきくトトネマは見た。遠くから物凄い勢いで接近するモコモコを乗せた木の台を。泣きながら台にしがみつくヒトの姿を。
「キュキュー!」(訳:おわー!! 何か来た! みんな逃げろー!!」
『キュー!』(訳:にげろー!!)
「キュッ! キューーー!」(訳:あの子を助けろ! あの子は悪くねえええ!!)
『キュー!』(訳:おお!)
この機に乗じて被害者を助けるトトネマ達。浮気していた2匹をどつき飛ばし、婚約破棄された1匹をみんなで背負う。
「キュキュッ!?」(訳:よく見りゃすげぇ綺麗な子じゃねえか! 俺の嫁になんねぇ!?)
「キュ、キュウー」(訳:あら本当。雄どもにはもったいないわね、あたしんトコきなさいよ)
「キュウウウー!?」(訳:えっなに? ちょっとなんなのおおおおお!?)
唐突なモテ期が到来したトトネマは、訳が分からず運ばれていった。
そして、どつき飛ばされた真実の愛コンビはというと、
「キュゥ……」(訳:いてて……何なんだ一体。なんでローゼリアなんかに)
「キュー……キュッ!?」(訳:もう信じらんない。なんでこの私がこんな目に……へっ!?)
身を起こしながら悪態をつくが、間近に迫った轟音で我に返る。見上げると、メレンゲを乗せた何かがすぐ近くに迫っていた。
『ギューーー!?』(訳:なんじゃこりゃああああ!?)
横に逃げる暇はもう無い。慌てて台車から反対の方向に逃げ、距離を取ろうと走り出した。が、一瞬にして追い付かれた。
がんっ
『キュウーーー!』(訳:ぎゃああああああ!)
哀れにも2匹は撥ね飛ばされた。そのまま弧を描いて下に落ち……追いついてきたメレンゲに突っ込んだ。
「ひえぇっ!? なんか落ちてきた!?」
必死にしがみついているネフテリアに、それが何なのかを確かめる余裕は無い。引き続きカーブでドリフト制御し、地下水路を突き進む。
やがてまっ直ぐ進む先に、明るい景色が見えた。
「やった! 外!」
ついにネフテリアは地下水路を抜け出した。と同時に、出口にあった石に躓いた台車から放り出された。
「……へ?」
その勢いのせいで、メレンゲと一緒に高く打ちあがったネフテリア。しかし解放さえされてしまえば、ある程度冷静でなくとも対処は可能である。
「今度こそ【空跳躍】!」
空中で体勢を立て直し、魔法で足場を作って難を逃れた。そのまま座り込んでようやく一息。
「はぁ……しんどかったぁ。一体何がどーなったのよ。それにここは……町の外か」
地下水路は使用した水を魔法で浄化し再利用、余剰分を町の外へ排水する。ここはその出口である。
すっかりミューゼの家から離れてしまったが、空中からであれば問題無くたどり着ける。それに今は大きなモノがいるので、目印には困らない。
ネフテリアはその位置を確認し、急いで戻る事にした……のだが、
「ん?」
その方向を見た瞬間、目を疑った。
大きな人型のメレンゲがいるのは分かっていたが、右手に緑、左手に白の長い物を持って振り回している。しかも長い物の先端には、赤い球体がついている。
「何アレ!? こんな事になってる間に何があったの!?」
絶叫したその時、メレンゲが手に持った緑の方の武器?を振り下ろした。