ネグは――全部わかっていた。レイが自分のために、どれだけ我慢しているか。
すかーを殴りに行ったことも、その後も、全部。
だから、嘘の仮面を被らなきゃダメだった。
被らなきゃ、ダメだと思っていた。
自分だけ犠牲になれば、レイは助かる。
レイは我慢しなくて済む。
だから、被って、被って、何枚も何枚も、何十枚も、何百枚も。
無理に笑って。
無理に「平気」と言って。
――でも。
悪夢を見るたび、その仮面は剥がれていった。
剥がれて、剥がれて、今にも粉々に砕けそうになって。
必死に貼り直す。
「平気」って。
「大丈夫」って。
だけど――呼吸ができなくなる。
なんで、なんで、なんで……
夢魔やだぁ、マモンが家に来たとき、ネグは思った。
もっと被らないと。
もっと笑わないと。
泣いていたらきっと、みんな悲しむから。
胸が締め付けられるくらい痛くなるから。
だから無理して笑った。
笑って、笑って、笑って――
でも、なんで。
なんで、なんで、なんで、なんで――
気づいたら、ネグは目を開けた。
今まで以上に長い悪夢だった。
汗で濡れた体、震える手足、息も苦しい。
ネグはフラフラと立ち上がって、トイレへ駆け込んだ。
吐き気が襲ってきた。
胃の中のものを全部出すかのように、何度も何度も吐いて、吐いて、吐いて……
「う……ッ……!」
頭が真っ白になった。
涙も出ない。
ただ、無心で。
全部吐き終わった後、ネグはお風呂に入りたくなった。
何も考えたくなくて、何も思いたくなくて。
気がついたら、湯船の中に沈んでいた。
苦しみも悲しみも、何もなかった。
本当に、ただのお湯。
ぬるい水。
でも――
「ネグ!! ネグ!!!」
レイの声が聞こえた。
泣きそうな声。
怒った声。
揺さぶられる体。
何を言っているのか、よく分からなかった。
でも、分かった。
怒っているんだ。
泣いているんだ。
だから、震える手でレイの頬を撫でた。
「……ごめ、ね」
そう言って、ネグは眠った。
――次に目が覚めた時、そこは真っ白な病院のベッドだった。
真っ白な天井。
真っ白な壁。
まるで――
嘘の仮面を被った時みたいだった。
ただただ、白くて、何も映さない。
その時、近くで扉が開く音がした。
「ネグ!!」
レイだった。
夢魔、だぁも一緒だった。
先生もいた。
レイは、真っ赤な目をしていて、泣いていた。
夢魔も、だぁも、どこか顔色が悪かった。
先生が静かに説明する。
「……ネグさんは、過度のストレスとパニック状態で意識を失い、そのまま……約2週間眠っていました」
「……2週間も……?」
ネグ自身も、自分でそう思った。
確かに――お風呂に入りたかっただけ、だった。
それだけだった。
でも、結果的にこうなった。
自分のせいで。
何も言わず、ネグは泣いているレイをただ、申し訳なさそうに見つめていた。
レイは、何も言わず、ただネグの頭をそっと撫でた。
それだけだった。
夢魔も、だぁも、何も言わない。
ただ静かに見守っていた。
――けれどネグの心の中では、また一つ仮面が剥がれ落ちたような気がした。
無理に被っていた仮面が、もうこれ以上貼り付けられないくらい、薄く、脆くなっていることを。
ネグは、ぼんやりとそんなことを思いながら、再び目を閉じた。
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