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闇が、ほどけていく。
それは光が差し込むというより、
**世界が「形を思い出す」**ような感覚だった。
音が戻り、
距離が生まれ、
上下の概念がゆっくりと定着していく。
ノアは、
膝をついた。
「……ルミ……?」
視界が揺れる。
だが、
確かに――
彼女の気配があった。
「……ここに、いる」
掠れた声。
ノアが顔を上げると、
数歩先にルミが立っていた。
いや――
立っている、というより。
世界そのものに、縫い留められているようだった。
彼女の足元から、
淡い光の糸が無数に伸び、
空へ、地へ、
まだ定義されきっていない“現実”へと
絡みついている。
ノアは、
息を呑んだ。
「……何が……起きてる……」
ルミは、
微笑もうとした。
けれど、
その表情はどこか痛ましく歪んでいた。
「たぶん……
私が“楔”になってる」
「……楔?」
「うん」
ルミは、
胸元に手を当てる。
そこには、
かつて管理機構が刻んだ“観測紋”が、
薄く残っていた。
「世界はね、ノア」
「運命が壊れたままじゃ、
存在できないの」
「完全な自由は……
“空白”になる」
ノアは、
理解してしまった。
「……代わりが、
必要なんだな」
「誰かが、
世界が進む“理由”になる」
ルミは、
静かに頷いた。
「私は、
運命を信じなかった」
「でも……
それでも誰かが、
世界を繋がなきゃいけないなら」
「私が、なる」
ノアは、
立ち上がり、
彼女に駆け寄ろうとした。
だが――
足が、進まない。
空間が、
拒絶している。
「……やめろ」
「そんなの、
俺は選んでない」
「世界なんて、
どうでもいい」
ルミは、
はっきりと首を振った。
「嘘」
「あなたは、
いつも“誰か”を選ぶ人だよ」
「私を選んでくれたように」
ノアは、
拳を握り締める。
「……なら」
「俺も、
ここに残る」
「二人で、
世界の代わりになればいい」
ルミの目が、
大きく揺れた。
「……だめ」
「それじゃ、
同じことの繰り返しになる」
「運命が、
二人を縛るだけ」
彼女は、
一歩、前に出る。
糸が、
彼女の身体を深く絡め取る。
「ねえ、ノア」
「覚えてる?」
「闇の中で、
名前を呼び合ったこと」
ノアは、
喉が詰まりながらも、
頷いた。
「……忘れるわけない」
ルミは、
静かに笑った。
「運命がなくても」
「世界が壊れても」
「あなたは、
私の名前を呼んだ」
「それだけで……
十分だった」
彼女の身体が、
光に溶け始める。
ノアは、
叫んだ。
「ルミ!!
戻ってこい!!」
「俺は……
まだ……!!」
ルミは、
最後に、
はっきりと彼を見た。
「ノア」
「私を、
“運命”にしないで」
「ただ――
選んだ記憶として、
持っていて」
そして。
彼女は、
世界へと溶けた。
光が、
弾ける。
糸が、
世界の輪郭を縫い直し、
空と地が確定し、
時間が、
前へと流れ始める。
ノアは、
一人、
その中心に立ち尽くしていた。
膝から崩れ落ち、
声にならない息を吐く。
「……っ……」
胸が、
空っぽだった。
だが。
完全な虚無ではない。
胸の奥に、
微かに――
温度が残っている。
ノアは、
ゆっくりと立ち上がる。
世界は、
再構築されていた。
だが、
管理機構は存在しない。
運命も、
記録もない。
人々は、
“理由のない明日”へ進く。
ノアは、
空を見上げる。
そこには、
かつての白でも、
深淵の闇でもない、
曖昧な色の空が広がっていた。
「……ルミ」
誰に届くでもない声で、
彼は名を呼ぶ。
返事はない。
だが――
風が、
わずかに揺れた。
ノアは、
それを“答え”だと思うことにした。
彼は、
歩き出す。
運命に導かれず、
物語に縛られず。
ただ、
選び続ける存在として。
世界が、
彼に意味を与えなくても。
彼は、
それでも名前を呼び続ける。
それが、
運命の代わりになると――
信じて。
――――――――――――――――――――――
運命は失われた。
だが、選択は残った。
それは救いではない。
祝福でもない。
ただ、
それでも進むための、
痛みを伴う自由だった。
そしてその始まりには、
確かに――
二人の名前があった。