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※このお話は、長編モノの途中になります。
※第一話の注意事項を熟読したうえ、内容に了承いただけた方のみ、先にお進みください。
※途中、気分が悪くなった方は、即座にブラウザバックなさることをオススメします。
【注意】
年齢捏造
※grem→大学生(20くらい)。zm→10歳くらい。tnrbr→10代後半かそれ以上。
わんくっしょん
ゾムが眠る寝室の隣の応接室に、エーミールは届けられたノートパソコンを広げ、伸ばしてきたLANケーブルに繋いでパソコンを起動させた。
電話を取ると、素早いキー操作で番号を打つ。
「ゆかりさんですか?『私』です。遅くにすみません。ウラを取っていただきたいことがありまして」
「半年ほど前に『M』の方でしくじった男が、家族共々消されましたよね。…そうです、彼です。…家族の中に、生き残りって、います?」
「そうですか。行方不明一名。……なんですって?」
「十歳くらいの子供が、最重要容疑者。ですか…」
「……その子の足取りは、追えそうですか?……ですよね。いえ、追えないなら、それでいいです」
「もう一度、被害者一家と襲撃者を洗って欲しいのです。できますか?」
「……ふふっ。愚問でしたね」
「ともかく、お願いしますよ。はい」
電話が終わると、同時に進行していたネットワークの奥底入り、ダークウェブよりさらに奥底にある深淵に潜り、ある情報を探す。
「…ん?」
調べていた方向とは別口だったが、何かきな臭いモノを感じ、エーミールはキーを打つ手を止めた。
「ここから先に、痕跡を残すわけにはいかない。…が」
しばらく熟考したのち、エーミールはキーをタップした。
襲いかかる2進数のうねり、16進数の靄。無量大数など生易しいものではない、指数表記も不可能なほどの圧倒的な情報の津波がエーミールを襲い飲み込む。
すぐに抜け出さないと。
情報の荒波に溺れ、細胞のひとつひとつ、意識までもが素因数よりも細かく分解されてしまう。
エーミールは意識を振り絞り、数字の渦の隙間に手を伸ばす。何かが触れた。
これや!
目的に到達できた。だが、もうこれ以上は進めない。
エーミールは意識を0と1の濁流に委ね、外への脱出を試みた。
どのくらい濁流の中を彷徨ったのかはわからない。意識が保てなくなりそうだ。踠き足掻くエーミールの意識に、ハッキリとした声が響く。
コッチや!
誰の声かはわからない。だがエーミールは、声に向かって手を伸ばした。無造作に引っ張りあげられ、空が見える。
ーーーーー
「たまにいるんだよなぁ。遊び半分で奥底来すぎちゃって、この手のトラップ引っ掛かるヤツ」
「ほっといてもいいけど、後味悪いのもヤダからね。仕方ないね」
「“J”に感謝しろよ~w」
「私はただ、引っ張っただけだよ。それに、彼を見つけたのは、君だろ?“K”」
「そーだっけ?」
「ガチなのかすっとぼけてるのか」
「このトラップはヤバすぎる。戻れても生きてて御の字レベルだ」
「確かに。良くて記憶障害、下手すりゃ発狂、悪くて死。仕掛ける方も仕掛ける方だが、遊びだとしても、わざわざ突っ込むとこじゃねぇだろ」
「……なあ、“J”。あの中、何が入ってるか、わかる?」
「ヤダよ。あのセキュリティだぞ?彼の二の舞はゴメンだ」
「その彼、何か掴んだっぽいよ?」
「マジか?じゃあもしかしてアイツ、承知でダイブしてきたってことじゃ」
「だとしたら、余程のバカか余程切羽詰まってたか、だな。どっちにしろ、二度と関わるのはゴメンだ」
「まあ…、確かにね」
「“J”だから助けられたがな。俺なら物理で攻めるから、どっちもどうにかなっても、知らんな」
「“P”はすぐ破壊と暴力に行くから…」
「何言ってる。場合によっちゃ、ウィルスばらまこうとする貴様も大概だぞ、“K”」
「まあまあ。彼を引き上げる時、ちょっとした『おまじない』をかけましたので、もう来ることはないでしょう」
「『おまじない』とは、ずいぶん非科学的な」
「比喩だろ?何したんだ、“J”」
「『声』をかけただけです。彼の知ってる声で脳内再生するように」
「なるほど。それは効くだろな」
「生きてりゃ後悔に苛まれるだろうし、死んでしまえば葬送曲だ。なかなかエグい親切心だねぇ」
「ともあれ、ボクらももう離れよう。邪魔されたせいで、怒ってるみたいだぞ」
「そうだね。じゃあ“J”、頼むよ」
「結局私かい。君らで何とかしてもいいんだぞ?“K”、“P”」
ーーーーー
「ッ!ハッ!はぁッ!!ふっ…!」
エーミールは目眩と吐き気を抑え、LANケーブルと電源コードを抜くと、大急ぎでノートパソコンの電源を落とした。
「ぐっ、うぶッ…!!」
食道を逆流する吐瀉物を口と手で抑え、足元をふらつかせながらもバスルームへと急ぐ。何とかバスルームに転がり込めたが、便器まではギリギリ間に合わず、吐瀉物の半分をバスルーム内に撒き散らしてしまった。
「げ、がはッ!ぶ、ぅえ…ッ」
胃の中に残る残滓をすべて出しても、吐き気は止まらない。目眩も酷く、頭がガンガンする。
視覚からくる概念だけで、ここまでこちらに物理的な攻撃を仕掛けてくるだけあり、逃げ切れただけでも僥倖だった。
「僅かだが…収穫もあった…」
エーミールは身体を崩し、床にへたりこんだ。
ああ。また汚してしまった。さっきやっと洗い終えたばかりなのに。またお父様に折檻されてしまう。違う。あの子、ゾムに見られるわけにはいかない。立ち上がって、バスルームと自分を掃除しないと。ゆかりさんが泣いて、違う。アイツが嗤う。アイツ?違う。いや、違わない。アイツだ。グル、グルッペン…グルッペン!!
金髪碧眼の高慢ちきな笑い声が脳裏に浮かぶや否や、エーミールは足を震わせながらも立ち上がった。
私を起こしてくれて感謝するよ。
嘲笑え。見下せ。侮蔑しろ。
いずれその何十…いや、何千倍もの侮蔑の笑いを、貴様に向けてやるぞ、グルッペン・フューラー!
グルッペンへの怒りと執念により、エーミールは復活を遂げた。
「ふぅ…」
己の吐瀉物で汚れたバスルームの掃除と、自身も念入りに洗いまくり、何とか体裁は整った。残念だが、吐瀉物まみれのスーツは処分するしかない。
届けられた荷物の中に着替えはあったが、ジーンズとパーカーというラフなものだった辺りに、用意をしてくれたであろう女性の怒りと悪意を感じた。
片付けを終えてそっと寝室を覗けば、ゾム少年は豪快ないびきをたてて寝ている。時計に目を遣れば、もう四時を過ぎている。
ゾムが起きるまで仮眠をするか。
エーミールは応接室に戻ると、ソファに身体を横たえた。
「……ーゃん、にーちゃーん?おっちゃん。おーい、おっちゃーん」
「……ん?」
頬をぺちぺち叩かれる感触に、エーミールはまどろみから引きずり出される。
「えと…、ゾム、君…?」
「名前言うたっけ、俺。そんなことより、腹へった」
「えっ?今、何時です?」
エーミールは慌ててソファから飛び起き、時計を確認するとすでに8時近かった。寝過ごした。
「すいませんでした。うっかり寝過ごしてしまって……。モーニング間に合いますから、すぐ行きましょう」
「頼むで。俺、おっちゃんにホテル連れ込まれて、チンポまで剥き出しにされただけやから、こんなとこで何していいかわからん」
「……聞いたら誤解しか受けそうもないので、部屋の外ではそれ絶対に言わないでくださいね」
モーニングも食材すら食い尽くしそうな勢いのゾムだったが、お好み焼き屋の件もあるので、後で食事に行くのを条件に適度で止めてもらい、部屋に戻った。
「…おっちゃんとおるんは、メシいっぱい食えるし楽しいけど、いつまでも一緒にはおれんのやろ?」
「ですね。残念ですが、今の私では、アナタを匿いきれない」
「ええねん。今までも一人でやってこれたし、何とかなる」
ゾムはそう言って笑うと、バックパックの中から花火を取り出し、中身をぶちまけた。
「何を?」
「火薬、欲しいねん。だから、買うてもろた」
ビニール袋の中で花火を解体し始めたゾムを見て、エーミールはゾムの正面に座り、ビニール袋を広げた。
「手伝いますよ。火薬を取り出して、纏めればいいんですね」
「うん」
二人は黙々と、花火から火薬を取り出していった。
「特大パックとはいえ、市販の花火からでは、たかが知れてますね」
「あの店の花火、買い占めてもろたらよかったな」
「通報されますよ」
小さな笑いを挟みながらエーミールとゾムは穏やかに談笑していた。手元で行っていることは、全然穏やかではなかったが。
それでもこの静かな時間は、二人にとって心底穏やかといえる時間だった。
このまま時が止まってしまえばいい。
ありえないことを、ついつい願ってしまうほどに。
「爆発の加減、わかります?」
「経験やね。だいたいでやっとる」
「何度か使ったことあるんですか?」
「まー…ね。ちょっと今、やりおうてる相手がおるから」
「…ウチの商品持ってくるには、さすがに時間がなさすぎますね」
「なんや。おっちゃん、花火屋さんかなんかか?」
「まぁ……、そんなところですかね」
「ほな、今度いっぱい持ってきてや」
「ふふっ。いいですよ」
「……。せや、ちょい待っとってください」
エーミールは立ち上がって応接室に入っていった。しばらくして戻ってきたエーミールの手に、様々なものが握られていた。
「今、手持ちがこれだけしかないんですが、その場しのぎ程度には使えるはずです」
「なに…?コレ」
「フラッシュコットンとマグネシウムリボンです。爆発するわけではないですが、目眩まし程度の爆光が出せます。少しだけやってみます?」
「やる!」
ゾムは目を輝かせ、手を伸ばしてきた。
「この部屋は火薬扱ってましたから、向こうの部屋でやりましょう」
「うん!」
楽しそうに教えを期待するゾムの姿に、エーミールは言い様のない幸福感を感じた。
知ることも好きだが、教えることも好きだ。自分が持っている知識で喜んでもらえるという、何事にも換えがたき悦び。
教える内容はともかく、自分の知識がゾムの知識となり、彼の血肉となる。
平穏な人生だったなら、エーミールは教員職として生きていくことで満足しただろう。だが、現実はそうはいかない。
「こういうのは、ほんの少しの量で充分なんです。いきますよ?」
フラッシュコットンにライターの火を近付けると、綿は一瞬大きな光を出して燃えきった。
「へぇ~…すげぇ…。手とか熱うないんか?」
「派手に燃えますけど、熱くないですよ。手品とかでよく使われてますね」
「はえ~…。ほな、こっちは?」
ゾムは、マグネシウムリボンの方を指差した。
「マグネシウムリボンですね。これの取り扱いは気をつけてください。水の中の酸素も奪って、燃え続けます」
エーミールはゾムにサングラスを渡す。が、ゾムにはその意図がわからない。
「何よりマグネシウムリボンは」
ほんのひとかけ。
灰皿の上に乗せた銀色の金属片に、先ほどのように火をつける。
ばぁ……ッ!
「う、ぉ……ッ?!」
部屋中を目を焼くほどの閃光が迸った。
「な!なんや!?目ェいたい!」
「先ほどサングラス渡したでしょう?」
そう言い放ったエーミールは、ちゃっかり両目を偏光板で覆っていた。
「先にそう言えやッ!」
「おや。言うてませんでしたっけ」
怒るゾムに対し、エーミールは実に涼しい顔をしている。
「こンのクソジジイ……ッ」
苛立たしげに悪態をつくゾムに、今度はおっちゃん通り越してジジイ扱いされたエーミールの笑顔に青筋が立つ。
「せやから、使い方知らんと、もっとえらい目に合いますよ。ゾム君は火薬に多少慣れてるとはいえ、その火薬だって花火から抜いた黒色火薬。炎色反応で色がつくものもあるでしょう」
「……確かに」
「……本当はもっとじっくり、いろんなこと教えてあげたいのですが」
エーミールは恨めしそうに、パーカーのポケットから携帯電話を取り出した。手に取った携帯電話は、いつまでも振動を響かせる。
「出ェへんのか?」
「……。いえ、もう切れますから」
エーミールは発信先の名前を確認しただけで、再び電話をポケットにしまった。エーミールの言う通り、着信のバイブレーションは止まっていた。
「取り敢えず、私の講義はここまでです。チェックアウトして荷物を送ったら、ご飯食べに行きましょう」
「…うん」
なぜだろう。
ご飯食べに行くのは嬉しいのに、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ち。
吐瀉物にまみれた服は、申し訳ないと思いつつホテルに処分を任せ、他のゴミと大荷物は大原に送ってもらう手筈を取り、チェックアウトの手続きを済ます。
バッグと杖だけの身軽になったエーミールと、服などの荷物が増えたゾムは、ホテルを後にした。
【SCENE 3 に続く】