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そして帯には宝石商(ITOMOTOジュエリー)の時価数千万円のダイヤの帯留めが燦燦と輝いている
アリスは大きくため息をついた。このダイヤの帯留めはアリスの値段だ
自分はいつもこの値札を付けられて、見せびらかしに連れまわされている
アリスがすでに1階の桟敷席(アリーナ最前席)に着いた時には、歌舞伎の始まりの舞(前座)がはじまっていた。華々しく舞師が舞っていかにも新春らしい
派手な和装衣装と大袈裟な立ち振る舞い、軽快な三味線音楽が劇場に鳴り響きもうすぐ行われる開幕を告げる
アリスはたちまちその調べに魅せられて聴き入った
鬼龍院がいつものように10分後には席を立った
劇場に来ている主要人物すべてに目を配り、その人々からも注目が集まるように挨拶をしてまわって。人目に付くように振舞うのが彼の歌舞伎劇場での観劇の過ごし方なのだ
それでもアリスは特に彼を気にも留めていなかった、母親やその連れの年配の既婚婦人達と、並んで座って気配を消すのは慣れているし
きらびやかな社交界で、いつも自分は若く未熟者として貴婦人達の、たわいない噂話を聞いているのが気楽だった
母がもう観劇に興味を示さず、言いたくてうずうずしていた噂話に花を咲かす
「ねぇ、お聞きになった?元総理大臣○○夫人が〇〇のお茶会に○○のお召し物でいらしたらしいわよ 」
「知ってますわ、それがね女優の○○さんと同じ柄で、かぶってしまったんですって! 」
「女優さんと見比べられては災難ね・・・でもあの方はご自分の事を、女優さんと勘違いされているようですから・・・」
「今回の観劇弁当の内容が少し・・・ 」
「コロナですから・・・・ 」
と・・まぁ・・・
こういった感じで1階桟敷席にいる母の知り合いの社交人達は、誰も歌舞伎など興味はなく。こういう場に顔を出し存在を知らしめること事態が、極めて重要な社交性なのだ
母と連れの夫人達が、歌舞伎の演題の筋立ての解釈を語り合っている間、アリスは小さな扇子で顔をあおぎながら前座の演奏を楽しんでいた
アリスは幼い頃から母に連れ回されて、社交界に同席しているうちに、歌舞伎や音楽鑑賞が特に好きになっていた
自分自身でも女子大時代に、音楽の高校教員免許を取得しているだけに、アリスは音楽ならなんでも愛していた
なので自分を見せびらかしたり、交流関係を広めたい母や、鬼龍院達と比べて、観劇はアリスにとって些細な楽しみだった
歌舞伎を観賞している間は少なくとも、お世辞を言ったり内容のない話をして、時間を潰さなくてもよい
そんな喜びが、騒々しく桟敷席に戻って来た鬼龍院に遮られた
「アリスさん!私の愛しい人!」
前座の三味線音楽に負けないぐらい大きな声で、鬼龍院がしゃべる
そして頭を振って前髪をファサッとなびかせる
―髪をセットして出てきているのにどうしていつもファサッとやるのかしら―
アリスは結婚したらこの癖はやめてもらおうと、頭の中で交渉リストにメモした
「私のき・わ・め・て・親しい友人で、仕事仲間の(成宮北斗)君をお連れしました。どうかご挨拶してください、成宮君は淡路島に広大なるカントリークラブと放牧地を所有し、素晴らしい競走馬をお育てになられてるんですよ」
アリスはそう紹介された鬼龍院の後ろから桟敷席に入って来た男性を見やった
その途端・・・・・
なぜか 時が止まったのように感じた
成宮北斗・・・という人物は・・・・・
アリスが今まで出会った男性で初めて見たタイプの男性でもあり・・・・どこか懐かしくも感じる男性だった
彼はとてもガタイが良かった
長身でスリムな鬼龍院と比べ、身長はさほどでもないが、彼は肩や胸が筋骨隆々の体つきをしていた
その体は今は窮屈そうにスーツをきちんと着込んでいるが「フンッ!」とやると布がはちきれそうだ
以前の婚約者の松下竜馬や鬼龍院は、とても粋にビジネススーツを着こなす男性だが
なぜかアリスは・・・
なんとなく目の前の彼には、ビジネススーツは似合わないと思ってしまった
そして胸板がとても厚く、肩幅も広く腕もとても太い、ひと目見ただけで理解した
彼は間違いなくアリスの婚約者や、祖父みたいにスーツを着て事務仕事をする人間ではない、外で体を使って仕事をしている男の体つきだった