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鷹槻れん

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#契約結婚
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#好きだった
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「日織。お前には許婚がいるんだよ」
そう幼い頃から聞かされて育ってきた日織は、それが余りにも当たり前の日常過ぎて何の疑問もなく「そんなものなのかしら」と思って育ってきた。
藤原家の一人娘の日織は、日本人にしては色素の薄い髪に、光が当たると虹彩までくっきり見えてしまうようなブラウンの瞳。
腰より少し短いくらいの髪の毛は、如何にもお嬢様然としたストレートのサラサラヘアで、今時あまり見掛けない姫カットに切り揃えられていた。
まるで、昔話のかぐや姫が色違いで挿絵から抜け出てきたような、そんな印象を与える女性。
そんな日織の許嫁は、何でも彼女の父親が営む会社が経営難だったときに助けくれた人の御子息らしい。
日織より四つ年上で、今現在二十四歳だという許嫁の男とは、幼い頃に何度か会ったことがある程度。
それも、余りにも昔すぎて「その人といずれは結婚するのだ」と言われても、日織にはいまいちピンときていなかった。
第一、日織はその人の顔すら思い出せないのだ。
「日織、聞いているのか?」
父親の部屋に呼ばれて、短大卒業後の身の振り方を聞かされていた日織は、その話で出た許婚の名前に、ぼんやりと考え事に耽ってしまっていた。
日織は幼い頃から空想や物語が大好きで……油断するとつい心ここに在らずになってしまう。それが彼女のいいところでもあり、悪い癖でもあるのだと、母からはいつも笑われている。
「ごめんなさい、お父様。健二さんが……何ておっしゃったのですか?」
「お前はずっと箱入り娘で、余りにも世間擦れしていないから、このまま嫁にもらってしまうのは不安なんだそうだ。それで、半年ほど市役所で臨時職員として働いて、少しだけでも世間の荒波に揉まれて欲しいとのことだ」
「市役所……?」
(公務員試験も受けていない私が入れるものなのかしら?)
そう思って父親の言葉をつぶやくように日織が繰り返すと、
「試験を受けずとも臨時職員にはなれる。働き先が市役所なだけで……扱い的にはバイトみたいなものだから安心しなさい。それに――」
もう話はつけてあるのだ、と父親は言った。
「明日、施設管理公社の事務所に連れて行くから、お前はそこで面接だけ受けてきなさい」
父親の口ぶりから、どうも形だけの面接を受けて市役所に入庁しなさい、ということらしいと察した日織だ。
「私でも務まりますか?」
今年で二十歳になった日織だけれど、恥ずかしい話、彼女は生まれてからこの方、一度も外へ働きに出たことがない。
学校で習ったから人並みにパソコンは扱えるけれど、それを実践で生かせるか?と聞かれると、途端に不安になってしまう。そんな有様で――。
「そこはそれ、ちゃんと市役所の方々が教えて下さるはずだ。行く前からあれこれ気にしすぎるのはお前の悪い癖だぞ」
そういう心配性なところは父親譲りらしい。母親から以前、「自分と似たところは気になるものなのよ」と教えられたのを思い出した日織だ。
父親と母親から満遍なく似たところを引き継いでいる日織だけれど、皆から問題視される事の多い「空想好き」については、記憶があやふやなくらい昔に、優しい人だった、という印象だけは残っているお兄さんから本の楽しさを教えてもらったのがキッカケになっていると記憶している。
健二同様、顔を思い出そうとすると霞がかかってしまって無理だけれど……その人は大きな手をした穏やかな低音ボイスの人だった。
その人が読んでくれた物語は、とても心地よく空気を震わせて……。
幼い日織はあっという間に物語の中に入り込めたのだ。
本の世界は何て楽しいんだろう!と目の前が一気にキラキラと輝くような気持ちになったことを、日織は今でも鮮明に思い出せる。
(いつどこで出会った、どなただったのかしら?)
彼が物語を読み聞かせてくれた低音の優しい声音は思い出すことが出来るのに、その他のことはほとんど思い出せないなんて、「何だかとっても情けないのですっ!」と思ってしまった日織だ。
(健二さんもあんなお声だったらいいのに)
ふと、そんな取り止めのないことを思ってしまった。
コメント
1件
鷹槻れんさん、第1話読ませていただきました🌷 日織さんの“空想好きで心ここに在らずになりがち”なところ、すごく愛らしいなと思いました。幼い頃に読み聞かせてくれたお兄さんの「低音の優しい声音」だけは覚えているのに、顔が思い出せないもどかしさ……冒頭から繊細な心理描写が光っていますね。許嫁・健二さんが「世間擦れしていないから働け」と言うのも、現代と古風な価値観のギャップが感じられて引き込まれました。続きが気になります!