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鷹槻れん

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「藤原さん、ここが、今日から貴方が働く公園緑地係です」
市役所五階。都市計画課の中にある、公園緑地係。そこが今日から日織が世話になる部署なのだ、と日織の目の前に立つ長身男性が言った。
彼は、一五八センチしかない日織よりも、優に二十センチは高そうで。
スラリとした長身を作業服で包み込み、黒いフルリムのスクエア型の眼鏡をかけていた。
サラサラな癖のない黒髪を前から後ろまでほぼ同じ長さに切り揃えたマッシュは、右寄りで前髪が分けられていて、そこから覗く眼鏡の奥の瞳がとても柔らかい印象の男性だった。
(何て背の高い人なのかしらっ)
それが、日織が彼に対して抱いた第一印象だった。
「僕はここで係長をしている塚田 修太郎です。僕の他にもここにはあと二名いるんですが、彼らは今、市内の公園を回っていて不在です。お昼か……遅くとも夕方には戻ってくると思いますので、彼らのご紹介はその時にでも。――って聞いておられますか?」
次に感じたのが、
(何て心地よい声をした人なんでしょう!)
ということで――。
ふと、幼い頃に読み聞かせをしてもらった優しげなお兄さんのことを思い出した日織は、うっとりと眼前の彼の声に聞き惚れる。
「――おりさんっ? ……藤原、日織さんっ!?」
少し大きめな声で発せられた自分の名前にハッとして我に返ると、眼前の男性が妄想世界に飛んでしまっていた日織の顔を、心底心配そうに見つめていた。
「ごっ、ごめんなさいっ」
(私ったらまた、やってしまったのですっ! 出勤初日からぼんやりしてしまうだなんて、お父様は勿論、私をここに入れるために尽力して下さった健二さんのお父様にも申し訳が立たないのですっ)
恥ずかしさに耳まで熱くなるのを感じながら謝罪する日織に、塚田がフッと微笑んだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫です。藤原さんのことは色々な方から伺っていますので、僕も一応予備知識は入れてあるつもりです。貴女をなるべく夢うつつにしないですむよう僕も尽力しますので、藤原さんも一緒に頑張っていきましょうね」
塚田、年の頃は三十代前半くらいだろうか。
眼鏡の奥の優しい瞳に見つめられて、日織は思わずドキドキしてしまった。
それを誤魔化すように一歩下がって彼から距離を取ると、
「が、頑張りますので! ご指導ご鞭撻のほどを宜しくお願いし、まっ……」
胸の高鳴りを悟られまいと一生懸命まくし立てたら、最後の最後に舌を噛んでしまった。
(うー、私ったらどこまでも恥ずかしいのですっ!)
強い羞恥心に、お辞儀の姿勢のまま動けなくなってしまった日織の耳に、不意に押し殺したような笑い声が降ってくる。
「……いや、失敬っ。藤原さんがあんまり可愛らしいものだから……つい」
未だ笑いを抑えきれないのか、時折言葉の端々に震えを滲ませながら、塚田が言う。
異性から可愛らしい、なんて言われたことがなかった日織は、うつむいたまま、思わずその言葉に肩をピクッと震わせて反応してしまった。
途端、ハッと息を呑む気配がして、
「あんまりにも話に聞いた通りの方だったので、ついうっかり可愛らしいとか言ってしまいました! いきなり不躾な言動をしてしまいましたね。……すみませんっ」
謝罪の言葉と同時に衣擦れの音がする。
(も、もしかして、頭を下げてくださってる……?)
そう思った日織が恐る恐る顔を上げると、思った通り。
すぐ間近。深々とお辞儀をした塚田がいて、日織は心底慌ててしまった。
「あ、ち、違いますっ。不躾だなんて思ってないのですっ。あの……じ、実は、お恥ずかしい話、男性からそんなことを言われたの、初めてだったもので……その、何だか照れてしまっただけなのです……」
彼の笑い声と、「ついうっかり」という言葉に救われたような気がしたところへ、「可愛らしい」の応酬。
日織は慣れないことの連続に、舞い上がってしまっただけなのだ。
取り繕うように一気にそう言ったら、頬がほんわかと熱を持ったのが分かった日織だ。彼女はそれを隠すように、慌てて両頬に手を当てた。
そんな日織の愛らしい仕草を見た塚田は、心底愛しいものを見つめるみたいに目を細めてとても優しく微笑んだ。
それを目にした途端、日織は心臓を撃ち抜かれたように身動きが取れなくなってしまう。
(わわわっ。どうしましょうっ! わ、私、塚田さんのこと、好きになってしまった気がするのです……!)
一目惚れ、というものがあることは物語で読んで知っていたけれど、まさか自分にそうなる日が来るだなんて、思いもしなかった日織だ。
(あー、でも、でも……。健二さんというものがありながら、こんなの絶対に許されるわけないのですっ)
そう思った日織は、頭を二、三度軽く振ると、芽生えたばかりの恋心にそっと蓋をした。
コメント
1件
読了しました〜!第2話、めっちゃ良かったです🥀 塚田さんの声にうっとりしちゃう日織さんの感じ、可愛すぎます…!「何て心地よい声なんでしょう」って心の中で思っちゃうの、分かります。私もそういう声の人に出会ったことありますから。 最後の「恋心に蓋をした」ってところが切なくて、でもこれからどうなるんだろうってドキドキします。許嫁がいるのに恋しちゃう展開、好きです🌙