微睡みに落ちる
異世界…つまり、このツイステッドワンダーランド以外から来た人間に、皆興味がつきなかった。
彼女はあろうことか、次々とオーバーブロットしていく寮長たちを鎮めていく。それだけでも驚きなのに、彼女には魔力が存在しないのだ。
魔力が存在しないとは、最早生き物ではないに等しい。魚にだって魔力はある。魔力がないのは、彼女が異世界からきたという象徴だった。
さて、先程興味がつきなかったと述べたが、この男…フロイド・リーチも例外ではなかった。
フロイド・リーチ…人を海の生物に因んだあだ名で呼んだり、安定しない情緒でいつも人を困らせたりと、要するに厄介なヤツだ。
彼のお気に入りはさしずめ、ハーツラビュル寮の寮長、リドル・ローズハートだろうか。
彼の真紅の髪を見つければ「金魚ちゃん」と猫なで声でその姿に近寄りからかってフラリとどこかへ消えていく。
そんな彼は、皆が監督生と呼ぶ中、「小エビちゃん」と呼んでいた。
今日も彼は視界に彼女を見つけ、猫なで声で「小エビちゃん」と呼ぶ。
彼女はその声に気づき「フロイド先輩」と声を上げる。
自分の存在に気づかれたことで、フロイドは満足そうに「フロイドです」と甘ったるい声で彼女に抱きつく。
「今日は何の用ですか?」
それは愚問だ。彼に用事なんて存在しない。ただ、視界に彼女を見つけたから声をかけただけ。
要するに、“そういう気分だった“というのがアンサーだ。
フロイド自身も自分が何故声をかけたのかわからず「んんー」と言葉を濁す。
用なんてきっとないのだろう。そう察した監督生は黙って抱きつくフロイドを受け入れる。
フロイドは監督生の首筋に頭を押し付けたり、頬を物珍しそうに触ったり、耳の近くにある髪の毛をくるくる弄ったりとそれはそれは自由だった。
一方監督生は微量のくすぐったさに耐えていた。
くすぐりゲームなら得意な方だ。ただ1つ問題なのは…
気まずい。とてつもなく。
フロイドは終始無言かつ真顔なのだ。至近距離で見つめられちゃどこを見ればいいのかわからず監督生も困惑してしまう。
「フロイド先輩、そろそろ…」
監督生が控えめに解散を持ちかけるもフロイドの「もうちょっと…」という一言により見事玉砕。
珍しい。飽き性な彼が数十分も同じようなことをしている。明日は雨でも降るのかと最早他人事な監督生は遠くを見つめる。
その行動が癪に触ったのか、監督生の頬を勢いよく鷲掴みするフロイド。
「いひゃい、ふおいろひぇんはい、いひゃいりぇす」
突然のことに驚きつつも、必死に痛みを訴える監督生に不機嫌そうに眉を下げるフロイド。
「どこ見てんの?今はオレが小エビちゃんと話してんの。」
いや話してないですよね。無言ですよね。と、反論したかった監督生だが、現在進行形で急降下しているフロイドの機嫌を察し口を噤む。
気まずさに耐えながらもフロイドに目線をずらすと目が合う。彼のゴールドとオリーブのオッドアイが細められ、「いい子いい子」と満足そうに監督生の頭を撫でる。
頭を撫で終わったあと、いい加減抱きつくのも飽きたのかフロイドが監督生から数歩離れる。
やっと解放されるのかと監督生が一息つくと、フロイドはしゃがむ。
突然の行動に疑問を持ちつつもしゃがむフロイドを見下ろす監督生。
あろうことかフロイドは監督生の足に手を回した。
瞬間感じる浮遊感。そう、監督生はフロイドに担がれているのだ。
「なっ、ちょ、フロイド先輩!?」
突然のことに驚きを隠せずとりあえず抵抗する。そんな彼女にイタズラが成功したような無邪気な笑顔で「あははっ、いてぇ!」と笑うフロイド。
一歩、また一歩と動く長い足。どこへ連れて行かれるのだろうか。持ちうる語彙の限りに罵って精神的に追い詰め縛って海に沈められるのだろうか。
そんな物騒なことを考えていた監督生の心配は杞憂に終わる。彼の足はすぐ止まったのだ。
普段の彼の性格からは想像できないほど優しく、それは壊れ物を扱うかのように丁寧に監督生を下ろすフロイド。
落とされるのではないかと思っていた監督生だが、もう1つ問題があった。それは
「小エビちゃん、気持ち良いー?」
下ろされた場所だ。逞しく、柔らかくないが固過ぎもしない筋肉質な彼の膝の上に頭が乗っている。
要するに、膝枕なるものをされている。
彼の謎行動には慣れっこだ。だが、こうも彼のパーソナルスペースに踏み入れるようなことは初めてだ。
異性はもちろんのこと、同性にすらされたことのない膝枕を今されている。
何故そんなことをとか、重くないかとか色々な疑問が頭を交差しておかしくなりそうだ。
混乱している監督生なんて知る由もなく、フロイドは愛おしそうに彼女の頭を撫でる。
そして彼女にはもう一つ重大な疑問が浮かび上がる。
「た、対価とか…」
彼だってオクタヴィネル寮の寮生だ。対価なんて要求されたらたまったものじゃない。
ただ、膝枕は頼んだものでは無い。フロイドの奇行だ。対価を要求されるなんて理不尽の極みだが、あのフロイドだ。可能性は十分にある。
「そんなん要らねーって。てか、オレが好きでやってんだから要求するわけないじゃん。」
良かった。彼は常識は持ち合わせている方だった。論外と言われる程なので疑っていたが杞憂に終わったようだ。
対価がないことに安心して身を委ねる監督生。思ったより気持ちが良かったので思わず目を細める。
そして不覚にも眠くなってきたのだ。
段々と薄れゆく意識。微睡みに落ちていく中フロイドは監督生の様子に気づく。
「小エビちゃん、眠いの?」
最早声を出す気力もないので精一杯の力で頷く。
彼女は今、自分が頭を撫でていることで眠くなっている。それによって何かが満たされたフロイドは微笑む。
「いいよ、小エビちゃん。寝ちゃっても。一緒にサボっちゃお。」
一瞬嫌な幻覚と幻聴が流れた。「bat girlだ、駄犬」と鞭を打つ担任・クルーウェルの姿だ。
だが襲いかかる眠気に耐えられず眠りに身を委ねる。
おやすみ世界、頑張れ起床後の私。
数秒後、静寂の中規則正しく聞こえる寝息を聞き、完全に寝落ちした監督生に気づくフロイド。
フロイドは監督生を起こさないようなるべく動かずに上着を脱ぎ、彼女にかける。
「おやすみ、小エビちゃん」
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