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「いま変な顔してるから、こっち見ないで」
「……涼さんの……、変顔?」
私は「ん?」となって顔を上げる。
「理性と本能の狭間で戦ってる。…………っていうか、恵ちゃん、『壊れちゃう』なんて言ったら駄目でしょ。どこで覚えたの」
「お、覚えるものなんですか?」
とっさに口から出た言葉であって、どこかで覚えた台詞を使った覚えはない。
というか、時々入る涼さんの変なスイッチこそ、どこでオンしてるんだろう……。
「恵ちゃんは素でこれだからなぁ……」
涼さんは溜め息をついたあと、私の腹部に両手を回し、背中に頬を押しつけてきた。
「……恵ちゃんが可愛くて、どうにかなりそうだ。どこかにしまっておけないかな」
「危険思想です」
「そうやって塩対応なのも、ある意味助かるよ。これであざとく甘えてくるタイプだったら、『我慢する』って言ったのに、あっさり約束を破りそうだから」
彼は私の背中に顔を押しつけて言ったあと、「うん」と気持ちを入れ直して体を起こした。
「ネックレスを外す途中だったね」
「あ、はい」
当初の目的を思いだした私は、シャキッと背筋を伸ばして両手で髪を押さえる。
今度はちゃんとネックレスを外してくれた涼さんは、それをボックスに収めた。
「ワンピースのファスナーも下げてあげる」
「え」
思わず「結構です」と言いかけてグッと口を噤み、私は真っ赤になって目の前の空間を睨みながら、チィ……とファスナーが下ろされる小さな音を聞いた。
背中が解放され、髪が短い分、背中の中ほどまでを見られていると思うと、急に恥ずかしくなる。
「ここまででいいですよ。涼さんも着替えてきてください」
「じゃあ、恵ちゃんはネクタイを解いて、ボタンを少し外すところまでやって」
「ええ……」
「なんでそんなに嫌そうな声を出すの」
素で反応すると、涼さんは傷付いたように言って大きな溜め息をつき、ソファの上に仰向けになった。
「もう駄目だ……。恵ちゃんが冷たくて死ぬ……」
「これしきの事で死なないでくださいよ」
彼の〝甘え〟を悟った私は、小さく笑って涼さんの傍らに座る。
「私、ネクタイ未経験なんですよね。どうなってるのかな、これ」
仰向けになったままの涼さんの口元に手を回した私は、高級なネクタイを引っ張りすぎないように気をつけながら、なんとか結び目をほどこうとする。
「首絞めちゃったらごめんなさい」
真顔で冗談を言うと、涼さんは「えー」と笑う。
「……でも、恵ちゃんに跨がられて首絞められたら、ちょっと興奮するかも」
「やっば……」
ドン引きしつつも、私はネクタイを慎重に解こうとする。
(これを、こうして……)
真剣に作業に取り組んでいると、涼さんが私の髪をサラサラ弄びながら言った。
「恵ちゃんはまっすぐな眼差しをしてるよね。髪もまっすぐだけど」
「昔から、対象物を凝視する癖があります。……友達には『ちょっと恐い』って言われたかな」
「俺も似たような事を言われたかな」
「……涼さんの場合、顔がいいから、見つめられると困るだけだと思います」
「差別だな~」
「あ、できた」
やっとネクタイを外すのに成功した私は、涼さんの首に引っ掛かった状態にしておき、次にボタンに指を掛ける。
「脱がせてくれるの?」
彼は嬉しそうに微笑み、私の頭を撫でる。
「こんなにデカい男が、いじけて駄々をこねてるの、見てらんないだけです」
私は涼さんのジャケットのボタンを外してから、シャツのボタンを一つずつ外していく。
「……そういえば、男友達が社会人になったあと『スーツのジャケットのボタンは、一番下を留めないって、誰も教えてくれなかった』って言ってましたね。女性のメイク問題もありますけど、男性にも色々面倒な事情がありそう。学生時代までは、スーツなんて無縁ですから」
「ああ、アンボタンマナーとかね」
「アンポンタン?」
聞き間違えると、涼さんは横を向いて「ぶふっ」と噴き出した。