いつも通り昼起きて、昼ご飯を食べて、本屋さんへ出掛け、公園で小説を書いて
時間になったら家に帰り、支度をしてバイト先へと行った。
「お疲れっす」
「お疲れ様でーす」
「綺麗なみ〜空色」
「もう水色でいいよ。そんな水色って言っても機嫌悪くなんないから」
「あっ…あ、そうだ。今日ひさびさに来るんで、サポート、お願いします」
「あ、そうなの?でもサポート必要ないんじゃ…」
店長は黙ったままゆっくりと顔を左右に振る。
「あいつなんもできないんで。初バイトの研修みたいな感じで」
「そんな?」
「そんな」
そんな話をして、控え室というか更衣室に行き、リュックを置いて、腰巻きエプロンをつける。
「おざー」
名論永(めろな)が表に出るのと同じタイミングで赤髪の男の人がお店に入ってきた。
「ぎおちん、おざー」
「じんちゃんおざー…って誰」
名論永(めろな)を見て疑問に思う赤髪の男の人。
「あ、めろさん。髪色変えたの」
「え!?めろさんってあのめろさん?」
「そ」
「黒髪ロン毛の…」
その先いろいろ言おうとしたが言い止まった様子。
「あの?」
「そ」
「お疲れ様です」
「あぁ、お疲れ様です」
彼の名前は淡田(あわた) 銀同馬(ギオマ)。店長、天鳥(あまどり) 神羽(じんう)の高校の先輩である。
「うえぇ〜スゲェ髪色」
「それぎおちんが言う?」
「たしかに」
と名論永(めろな)も言う。
「あぁ〜そっか。わいも赤髪か。でも慣れたっしょ」
「慣れんよ。いや、慣れたけど、ぎおちん来ないから。バイト」
「ごめんごめん。月1、2で新曲の合わせやるからさ。いや、マジで申し訳ない」
「いや、いいんだけどね?その分2人が働いてくれてるから」
「めろさんすいません」
「いや全然全然」
「んじゃ、荷物置いてくるわ」
「うー」
銀同馬(ギオマ)が控え室というか更衣室に姿を消す。
「いやぁ〜。サポートお願いしますね」
「うっす」
「にしても水色と赤か。一気に賑やかになったな」
「たしかにね」
銀同馬(ギオマ)が表に出てきた。
「ういぃ〜。どお?」
「うん。ひさしぶりに見た」
「どおっすか、めろさん」
「どお…そうね。うん。ひさしぶりに見た」
「オレもひさしぶりに着けたっすわ」
クルッと回ってみせる銀同馬(ギオマ)。
「おぉ〜」
謎の拍手をする店長と名論永(めろな)。カラガラカラと引き戸が開く。雪姫(ゆき)が入ってきた。
「お疲れ…さ、ま…でーす」
その変な状況に
「なにしてんすか」
とワイヤレスイヤホンを外しながら言う雪姫(ゆき)。
「おぉ梨入須(ないず)。お疲れ」
「おぉ!ないっちゃん!おひさ!」
「おひさしぶりです。淡田(あわた)さん」
「どお?ひさしぶりのエプロン姿」
「…いや。別に?着替えてきまーす」
「うい」
「あ、めろさん、お疲れ様です」
「うん。お疲れ」
控え室というか更衣室に消えていく雪姫(ゆき)。
「…え?今の沢尻エ○カ?」
「いやその「別に」じゃないでしょ」
笑う店長と名論永(めろな)。
「梨入須(ないず)は人見知りなとこあるから。
ぎおちん長いこと空けてたから、だいぶとリセットされたんじゃね」
「ガチ?」
「ぎおちん陽キャ代表みたいなテンションじゃん」
「いや、それじんちゃん言う?」
「いや、オレちゃんとしてるから。高校んときから割としっかりしてた」
「ま、それはそう。懐かしいなぁ〜高校」
「そっか。2人は同じ高校出身か」
「ですね」
「そっすよー」
そこから少しだけ2人の高校時代の話を聞いた。
「2人1個違いだっけ?」
「そっす!」
「ですね。よく呼び出されてたんすよ。あぁ怖い怖い」
「おい。怖くなかったろ。楽しんでたやん」
「ま、先輩もみんな基本優しかったからね」
「うちヤンキーとかおらんかったからな」
「でもぎおちんはふつーに朝とか怖かったけどね」
「マジ?どこが?」
「いや、ぎおちんふつーに目つき悪いから
ま、基本的にテンション高くて、笑ってることが多いから
全然怖い印象とか消し飛ぶんだけどさ?朝寝不足のときとかふつーにヤンキーだったよ」
「そ?」
「そ。ぎおちんと仲良くなった後、寝不足の朝のぎおちんに遭遇して怖かったもん」
「マジか」
「淡田(あわた)くんはさ、高校のときは髪色は何色だったの?」
「高校んときから赤でしたね」
「そーなんす。変わってないんすよ。高ぉー2から」
「あ、ぎおちん高1は赤じゃなかったん?」
「違う違う。1年から金髪にしてたお前とは違う」
「いや、入ったら勝ちでしょ」
「お前こそヤンキーやん」
2人で盛り上がっていたので名論永(めろな)は厨房に入った。
そこにはイスに座ってスマホをいじっている雪姫(ゆき)がいた。
「人見知りの梨入須(ないず)さん。なにしてんの」
「おぉ。めろさん。今は都会女の見栄張りクソおもんなSNS見てました」
「すごい毒舌。人見知りってのは否定しないのね」
「ま。陰キャなんで」
「まあぁ〜」
と言いながらイスに座る名論永(めろな)。
「オレも陰キャの1人なもんで、気持ちはわかるけど」
「陰キャ?その髪色で?」
「この髪色人生まだ数日よ?梨入須(ないず)さんも知ってんじゃん。黒髪ロングの無精髭の人だよ?」
「あぁそうか。めろさんそうか。なんか忘れてましたわ」
「慣れた?」
「慣れた…ってのも変ですけどね」
と2人で話していると表とキッチンを挟む暖簾を手の甲でぺろりと上げ
「もう開けるよー」
と店長が言った。雪姫(ゆき)と名論永(めろな)も手伝う。
「あ、じゃあぎおちん、暖簾かけてきて。それならできるでしょ」
「え。舐めてる?」
銀同馬(ギオマ)が暖簾を持って外に出た。
雪姫(ゆき)や名論永(めろな)も看板や提灯の灯りをつける。銀同馬(ギオマ)が帰ってくる。
「あ、めろさん。今のうちに軽く教えてあげて」
と言う店長の顔を
「え?なにを」
と言いながら見る銀同馬(ギオマ)。
「あぁ。注文とか?」
「そうっすね」
「注文?」
「ぎおちん覚えてないでしょ?うちの…システム?」
「あぁ〜…レジ無いのだけは覚えてる」
「じゃあ〜ま、たぶん説明したら思い出すと思うんでー」
と名論永(めろな)が銀同馬(ギオマ)に、席の番号とそれに対応した注文を書く紙
そして注文されたら、その注文したお客さんの座ってる席の席番の注文を書く紙に注文を書き
料理なら注文を書いた紙を千切り、キッチンに伝える。というのを説明した後
「メニューの料金はカウンターの内側にあるからそれ見て紙に書いていって。
ま、うちは料理やらお酒が豊富じゃないから割と楽だと思うけど」
「はいはい。思い出しました思い出しました。そうなんですよね。
オレここでバイトする前も何件かバイト面接行って実際にバイトしたんすよ」
「あ、そうなんだ?」
「はい。ま、この髪色なんで採用してくれるとこがカラオケとか居酒屋とか
シーシャバーとかくらいしかなくて」
「シーシャバー?」
「シーシャバー」
「あれっす。水タバコ?だよね?」
「あ、そうそう。海外のドラ○グみたいにパイプで吸うんすよ」
「はへぇ〜なんか怖いね」
「そんなでもないっすよ。で、居酒屋いろんなとこで働いたんすけど
いかんせんメニューが多くて。で、メニュー多いとこって、メニューの略称があんすよ。
それ紙に書いたり、厨房に伝えたり、カウンターに伝えたりするから
その略称覚えないといけないし。あ!あとあれっす!
なんか火通す料理と通さない料理で伝えるとこが違うってとこもありました。
それがマジ無理すぎて。てか出来なすぎて」
「あ、そうなんだね」
「そうなんすよ。んで途方に暮れてたら同級生からじんちゃんが店開いたん知ってる?って
聞かれて、マジ!?と思って。オレスマホ変えて連絡先とか1回消えたんで
じんちゃんのLIME聞いて連絡取って店行って土下座したんすよ」
「土下座したの?」
店長のほうを見る。
「されましたね。ビックリしましたよ」
「実際店来て、じんちゃんとひさしぶりーって話しながら
メニュー見たら少ないし、会計も見てたらレジじゃなかったんすよ」
「そうね。うちは電卓で計算して、お釣り返すアナログシステムだからね」
「自分がお世話になってた居酒屋さんがレジなしだったんすよ。
なんで自分もレジの使い方とかわかんなかったんでレジなしにしたんすよ」
「あ、そうなんだ」
「んで、終わりまで居座って、お客さんいなくなってから
土下座してバイトさせてくださいってお願いしたんすよ」
「あれ?そんときってオレー」
「あ、めろさんはもうバイト入ってましたよ。
そこ頃はー週3?4?くらいだったんで、シフト入ってないときじゃないかな。
たしか梨入須(ないず)はいたはず。先に帰ったんかな」
そんな話をしているとお客さんが入ってきた。
名論永(めろな)は一応調理もできるので、カウンターのほうは店長と銀同馬(ギオマ)に任せた。
「ひさしぶりにキッチンするわ」
「覚えてます?」
「いや、あんまし」
「冷蔵庫ー」
と雪姫(ゆき)が軽く説明してくれた。
「めろさん、家で料理するんすか?」
「まあ。たまに?」
というものの最近は昼はカップ麺、夜はまかないで済ませている。
「じゃ、調理のほうは大丈夫か。ま、材料は逐一聞いてもらえれば」
「お願いします」
するとすぐにお客さんが来て、雪姫(ゆき)がお通しを作る。
ま、作ると言ってもキャベツを小さく切ってドレッシングをかけるだけなのだが。
しばらくしてお客さんが増えてきたものの、基本お通しを作る作業が増えただけで
注文されたとしても焼き鳥やたこわさ、ポテトサラダ、じゃがバターなど
簡単な調理で済むものばかり。ま、基本的にメニューは簡単な調理で済むものばかりなのだが。
「なんか別に梨入須(ないず)さん1人で良さそうだね」
「ま、いつも1人ですからね。でもめろさんいるお陰でだいぶ楽っすよ」
「そお?足手まといになってない?」
「なってないなってない。てか、こんなん料理に入らんし」
「まあね」
たまに焼きそばやパスタ系、豚キムチなど多少調理が必要なものも注文される。
「めろさんめろさん」
銀同馬(ギオマ)が暖簾を手の甲でペロッっと捲り、名論永(めろな)を呼ぶ。
「なんすか?」
「ちょっと」
と手招きする。?と思いながらも暖簾をくぐって表に出る。
「あ、いたいた」
この間来た女性のお客さんだった。
「あぁ、この間も来てくれた」
「お。覚えててくれたんですか」
「あ、はい。話しかけていただいて、髪の色褒めていただいたので」
「なんか嬉しい」
「あ、で。このお2人がオレとめろさんと写真撮りたいそうなんですよ」
「写真!?」
「ダメですか?」
考えた。意味がわからない。いや、きっと髪色だろう。銀同馬(ギオマ)と一緒。赤と水色ということか。
「まあぁ〜…別に大丈夫ですけど」
本当は写真は苦手だが、お客様の手前、あまりそうは言えない名論永(めろな)。
「じゃ、オレが撮ります。スマホはどっちの」
「あ、じゃあ私のでお願いします」
と言ってお客さんの1人からスマホを受け取る銀同馬(ギオマ)。
「んじゃいきますねー。あ、めろさんもちっとしゃがんでオレのほうに少し寄ってください」
言われた通り中腰になり、銀同馬(ギオマ)に寄る名論永(めろな)。
「んじゃいきまーす。はい、チーズ!」
女性のお客様2人はほっぺたに片手で作ったハートの半分をあてたポーズを取っており
銀同馬(ギオマ)は指ハート、名論永(めろな)は無難にピースをした。
「もう1枚いきまーす。はいっ、チーズ」
もう1度スマホのカメラのシャッター音が響いた。
「ありがとうございます〜」
「いえいえ〜」
「いえいえ」
「この写真SNSにあげてもいいですか?」
「オレは全然いいっすよ!」
銀同馬(ギオマ)と女性のお客様2人は名論永(めろな)に視線を向ける。
名論永(めろな)の返事待ちである。正直イケメンと言われたのも
お世辞以外のなにものでもないと思っている名論永(めろな)。
自分の顔に自信があるとかないとか考えたことがないレベルで自分の顔に自信がない。
なのでSNSに自分の写真が投稿され、自分の顔への誹謗中傷が怖かった。
しかし、今この瞬間も3人は返事待ちだし
「すいません。SNSは」
なんて言ったら白けるだろうし、そもそもこのお客様のSNSのアカウントを知らないので
誹謗中傷されてもわからない。なので
「あ、はい。自分も大丈夫です」
と言った。
「ありがとうございます」
「あ!あの!」
と店長がカウンターから会話に入ってきた。
「あのぉ〜良かったらハッシュタグにうちの店の名前入れてもらってもいいですか?」
と言った。その店長の発言に正直
余計なこと言わんでくれ。写真見た人がこのブサイクおるのはここか言うて来たらどうすんねん
と心の中でなぜか関西弁で思った。
「あ、わかりましたー」
お客さんもそりゃ了承するだろう。
「これでオレたちもこの店の看板ホストですよ」
と笑って言う銀同馬(ギオマ)。
「ははは」
とぎこちない笑いを繰り出した名論永(めろな)。そのままカウンターに行くと
「人気出てきましたねぇ〜」
と店長からもイジられる。
「正直SNSの反応が怖いわ」
とお客様に聞こえないように小声で言う名論永(めろな)。
「反応?」
「めっちゃブスやん。とか髪色似合ってねぇ〜。とか」
「いや、ないでしょ。めろさんイケメンだし」
「いやないない。普通に怖いわ」
「ま、SNSは変な人もいますからね」
と言ってキッチンへ戻った。
「なんか盛り上がってましたね」
「聞こえた?」
「写真がどうこうって。詳しくはわかんないですけど」
「写真撮ってくださいって言われた」
「え。芸能人レベルじゃないっすか」
「珍しい髪色だからでしょ。んでSNSにあげていいですかって」
「いいって言ったんすか」
「そりゃ、ま、お客様だし。白けさせたくないし」
「いや、お客様でも嫌なもんは嫌って言ったほうがいいっすよ」
とめちゃくちゃいいことと言う雪姫(ゆき)。
「おぉ。たしかにその通り。ま、でも本気で嫌だったわけでもないしね」
「なんだ」
そんなこんなで忙しい時間が過ぎ、まかないを食べれる時間ができたので全員でまかないを食べる。
そして、終電の時間が過ぎると地元の顔見知り、常連さんなどが来る時間に。
そこまで行くとあまり働くという感覚もなく、あっという間に閉店の時間に。閉店作業もし終える。
「いやぁ〜ひさびさに働いたわぁ〜」
と伸びをする銀同馬(ギオマ)。
「ちゃんと働け。シフト通りに」
「ごめんごめん。バンドメンバーとも合わせないといけないから」
「ま、オレはぎおちんの夢、応援してるからいいけどね。
それに2人が毎日来てくれるし、ぎおちんに給料払わなくていいし」
「たしかにな」
「淡田(あわた)くん、どうやって生活してんの?家賃どころか、光熱費も払えないでしょ」
「あぁ、彼女の家に置いてもらってるんすよ。彼女ふつーに社会人してるんで。ま、ヒモっすね」
堂々のヒモ宣言である。
「いいよなぁ〜ヒモ。っつってもオレの店だし、当分やめる気なんてないけど」
「ま、そうよね」
「ヒモかぁ〜。料理は?」
「彼女が作ってくれます」
「至れり尽くせりかよ」
「まあ。バンドマンはモテんのよ」
「なんだこいつ。腹立つわ」
店長と銀同馬(ギオマ)が笑う。それを見て笑う名論永(めろな)。
雪姫(ゆき)はイスに座ってスマホをいじっている。みんな着替えて、荷物を持って外に出る。
「んじゃ、みんなお疲れ様」
「お疲れ様でした」
「お疲れっした」
「お疲れ様です」
「ま、ぎおちんはともかく、2人はまた明日…今日か。今日の夜もよろしくお願いします」
「はい」
「了解」
「んじゃまたねぇ〜」
「またぁ〜」
家に向かって歩く名論永(めろな)。振り返る。
いつも通り店長と雪姫(ゆき)が振り向いて、こちらに手を振っていた。
そこにもう1人、銀同馬(ギオマ)も追加で手を振っていた。3人に手を振り返す名論永(めろな)。
家に帰ってゆっくりと眠った。