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髪の色が空色に、水色になってから数日が経過した。
元々髪は長く、そのため毎日はシャンプーをしていなかった。
ドライヤーの電気代を節約したいという思いもあったが
なによりも洗うのも、そして乾かすのも面倒なためである。
そのため髪を洗わない生活には慣れていた。慣れていたものの、だいぶ日数が経過した。
そろそろ黒髪だった頃に洗っていた日付の割合に近づく。
「そろそろお風呂か」
とまるで犬や猫をお風呂に入れるかのように呟いた。
いつものようにお昼に起きて、お昼ご飯を食べた後、本屋さんへ行くところをお風呂場へ行き
脱衣所なんて呼べもしないお風呂前のちょっとしたスペースで服を脱ぎ、洗濯機に突っ込んだ。
「だいぶ溜まったな」
洗濯機の中には日頃のパンツ、Tシャツがグシャグシャに入っていた。
「今のうちに回しとくか」
と全裸で洗濯機を回し始める。洗濯機が服を洗ってくれている間に名論永(めろな)は自分自身を洗う。
2日に1回ほど体は洗う。いつも通り体を洗う。さて、ここからである。
なぜかいつも髪を洗うときは、一仕事するぞ。という表情になる名論永。
まずはシャワーで髪を濡らす。そして頭皮に溜まった皮脂をお湯で洗い流す。すると
「おぉ」
下を向きながら頭皮をマッサージしていると、洗い場の床に薄い水色の液体が流れていることに気づいた。
「ミニチュアの水作るときのレジンみたい」
たまにMyPipeでミニチュアを制作する様子を見る名論永(めろな)。
小説を書きながら、気分転換にフィギュアを作ろうとした。
動画を見ていたら、昔から起用な自分にはできそうだと感じたから。
nyAmaZon(ニャマゾン)でMyPipeで見ていたミニチュア制作をしている方が使っていた
そこそこ高い粘土を買い、そこそこ高い道具を買って作り始めたが
なかなかうまくいかなかった。綺麗に球体を作ることさえ難しい。
早々に諦め、今はテレビ台の中にしまってある。そんなことを思い出した。
皮脂をある程度流し終えて、シャンプーを手に出し、長い髪を、頭皮を重点的に洗う。
全っ然、泡立たない。なんならシャンプーが皮脂に負けている感覚がある。
指先が皮脂でぬべぬべする。一度洗い流して、またシャンプーで頭を洗う。今度は少し泡立った。
結局3回シャンプーをした。タオルで髪をガシャガシャガシャーっとして髪の水気を取る。
そして体を拭いて、下着のパンツを履く。肩からタオルを垂らす。
ベッドに胡座をかいて、テレビをつけてテレビを見る。そしてスマホでポツッターを開く。
アカウント名の後半に累計80万部突破とか100万部突破とか
アニメ化決定とかドラマ化決定、映画化決定など書いてあるアカウントが多い。
それを見る度に自分が情けなくなる。ヒット作なんてない。ヒット作はおろか、そもそも人気もない。
自分はおもしろいと思って書いているが誰からも見向きもされない。
「…はぁ〜…。どうやったら1万部でも売れるんですか」
と呟き、ポツッターを見るのが辛くなり、スマホの電源を切った。テレビも消して、積み本を読むことにした。
静かな、たまに車の通り過ぎる音、バイクの過ぎ去る音
そんな環境音が聞こえる部屋で小さな文字を読み進め、ページを捲っていく。
次のページに行こうと左側の1枚を準備する指と紙の擦れる音さえも鮮明に聞こえる。
集中して読んでいた。物語を頭の中で想像していた。しかし、ふと思ってしまった。
あぁ、これを読んでるってことは、当たり前だけど、この本を買ってるってこと。
てことは10万部、20万部、30万部に貢献してるってことか
とつくづく考えてしまった。
ま、オレが買ってる時点で、もう売れてるってことだもんな
「あぁ〜…本出してぇ〜…」
とベッドに寝転がった。
「あ、ヤバいヤバい」
まだ髪が濡れていることに気づいて、すぐに起き上がる。その後も本の世界に入り浸った。
一応かけていたスマホのアラームで現実世界に戻される。
読みかけの本とスマホと財布をリュックに入れて家を出た。外は陽が落ちかけており
フライングでついたアパートの外のライトが、もうすぐ夜だと知らせていた。
いつも通り歩いて職場へ向かう。カラガラカラ。引き戸を開ける。
「おはよーござ…いま…す」
店長の神羽(じんう)が「お?」という顔をしている。
「おはようございます」
「めろさん、シャンプーしましたね?」
と笑いながら言う店長。
「あ、うん。なんで?」
「あ、気づいてない感じっすか?」
「なにが?」という表情をする名論永(めろな)。
「鏡見てみてください」
と言われ、カウンターのイスの上にリュックを置いてトイレに行く。トイレの鏡を見てみた。
「おぉ〜、え?あ。なるほど?…でもなんで?」
と呟きながらトイレを出る。
「ね?」
と言う店長。
「うん。でも…緑になってる」
「っすね」
「え。そーゆーもん?」
「らしいっすよ。オレは青入れたことないんでわかんないですけど
青系入れてシャンプーして色落ちすると緑になるらしいっす。
高校んときの友達が言ってました。ってか、なってました」
「へぇ〜。色入れてもらわないと」
「あの色は自分ではきびいっすよねぇ〜」
「ま、オレにとってはどんな色でも自分でやるのは厳しいんだけどね」
と話していると引き戸が開く。
「おはよーございまーす」
と雪姫(ゆき)が入ってきた。
「おぉ!おはー」
「店長おはよーございまーす。あ、めろ…さん…も。
どしたんすか、髪色。これからコロコロ変えてくスタイルっすか?」
「色落ち、したらしい」
「あぁ〜、へぇ〜。色落ちすると緑になるんですね」
「らしいね」
と言いながら名論永(めろな)と雪姫(ゆき)は更衣室へと行って荷物を置いて
エプロンを装着する。その日は店長の先輩である銀同馬(ギオマ)は来なかった。
3人で開店準備を整え、開店まで少し駄弁って開店させた。
開店から少しはお客さんが来ないので3人で話をして
お客さんが来ると雪姫(ゆき)はキッチンへ、店長はカウンター
名論永(めろな)もカウンターだが、テーブル席のお客様のためにおしぼり、お冷を出す係。
入ってきたお客様は2名で、テーブル席へ行ったので名論永がおしぼりとお冷を出す。
「お飲み物お決まりでしたら、お先に伺いますが。どういたしましょう?」
「あぁ。お前どーする?」
「生だな」
「じゃ、とりあえず生2つ」
「かしこまりました」
と聞いてカウンターへ戻る。お店は広くないし、今はお客さんが2人だけなので
カウンターの店長にも聞こえており、伝達せずとも店長が生ビールを注いでいる。
そしてキッチンからは雪姫(ゆき)がお通しを出してくれた。おぼんに生ビール2杯とお通し2つを乗せて運び
「お待たせいたしました。生ビール2つと、こちらお通しですね」
と言うと
「あ、ありがとうございますー」
「あ、注文いいですか?」
と言われたので
「はい。もちろんです」
注文を伺い、カウンターに戻ってキッチンの暖簾をくぐり、雪姫(ゆき)に注文を伝える。
まだ人数も少なかったので名論永(めろな)も調理を手伝う。出来た料理をお客様に提供した。
提供した後すぐ別のお客さんが入ってきて
そこから段々とお客様が来て、テーブル席もカウンターも埋まった。
名論永(めろな)はテーブル席のお客様の注文を
店長はカウンター席のお客様の注文を聞き、食べ物の注文はキッチンの雪姫(ゆき)に流す。
飲み物はカウンターの2人で作る。基本的に生ビールかレモンサワー。
一応メニューにはハイボール、カシスオレンジ、ファジーネーブル
グレープフルーツサワー、梅酒サワーがあるが、ほぼ出ない。なのでたまに注文されると困ったりする。
「いらっしゃいませー。あ、すいません。今埋まっちゃってるんですよー」
「あ、そうなんですね」
「すいませーん。ぜひ、また来てください!お詫びに1杯ご馳走するんで」
「お。じゃ、また来てみます」
「ありがとうございます!すいません!」
居酒屋「天神鳥(てんじんちょう)の羽」は長居するお客さんが多い。
チェーン店と違い、アットホームな雰囲気で
新規のお客様もいるが、カウンターに座るお客様は常連さんで、尚且つ近所の人が多い。
テーブル席には新規のお客様が座ることもある。
「いやぁ〜最近女性のお客さん増えたましたよねぇ〜」
店長がグラスを洗いながら名論永(めろな)に言う。
「そおかな」
「めろさん効果かぁ〜?」
店長が肘で名論永の二の腕を小突く。
「ないないないない。あるとしたら淡田(あわた)くんでしょ」
「ぎおちんっすかー?…まあ。バンドマンだからなくはないけど」
「たまにバンドのメンバーの子もお店来るよね?」
「来ますねー。ボーカル、ベース、ドラム。特にボーカルの人がよく来てくれますね」
「バンドメンバーって全員店長の高校の先輩?」
「そっすね。みんな仲良く続けてますね。ま、たまにケンカしたりもするらしいですけど」
「スゴいね。高校時代からバンド組んで…何年?」
「8年ー…とかっすかね」
「スゴいね。売れて欲しい」
「ほんとそれっす」
と話していると
「すいませーん!」
とテーブル席のほうから聞こえたので
「はい!今行きます!」
と名論永(めろな)がテーブル席へ行く。そんなこんなで終電前にはお客さんがグッっといなくなり
近所の常連さんと近所の新規さんが2組だけとなったので
名論永と店長は生ビール、雪姫(ゆき)は梅酒サワーで
「「「かんぱーい!」」」
して店長はカウンター席の常連さんの前で堂々と
名論永(めろな)はキッチンへ引っ込み、雪姫(ゆき)とまかないを作って食べる。
「色、どーすんすか?」
名論永(めろな)は焼き鳥と食べながら白米を口に入れ、お団子にしている髪を触る。口の中が無くなってから
「色ね。入れに行かないと」
と答える。
「自分では…あの色は難しいか」
「あの色じゃなくてもオレには難しいよ」
「不器用…じゃないですよね?」
「まあぁ〜…。でも器用でもない…かな?」
「へぇ〜。そうなんすね」
「梨入須(ないず)さんは?…あ、いや、器用か」
「器用か器用じゃないかって聞こうとしました?」
「うん。でも、あ、うちの調理担当じゃんって思って撤回した」
「んふふ〜」
梅酒サワーを飲みながら、ニマニマして
「ま、そうなんすけどね。でも、元は不器用でしたよ」
「そうなの?」
「はい。高校のときなんて」
…
雪姫(ゆき)が高校生のとき、家庭科の授業で調理実習があった。
事前授業で輪切り、短冊切り、乱切りなど食材の切り分け
基礎の基礎、包丁の持ち方、そんなことを教わって、いざ調理実習へ。
「雪姫(ゆき)雪姫雪姫」
同じ班の友達が話しかけてくる。
「な?」
「猫の手、猫の手」
友達や同じ班の子も戦々恐々とする指のピーン具合。
「習字じゃないんだからそんな丁寧に手添えなくていいんよ」
「あぁ、猫の手ね」
猫の手で食材を持ってみる。
「めっちゃ持ちづらいんだけど」
「わかるけど。てか、中学のときも調理実習やったっしょ」
「やったね。点で覚えてないけど」
「雪姫(ゆきひめ)はフライパン担当に代わってくださーい」
と友達に位置を交換させられる。
「よしっ。雪姫(ゆきひめ)様のフランベをご覧に入れよう」
「やめてくださーい。大人しくフライパンを置いたまま
決して!決して持ち上げたり、振ったりせずに炒めてください」
「へーい」
食材を切り終えた友達が、フライパンに油もひいてくれて
ボウルに入れて食材をフライパンに入れる。ジューッっという音が耳に届く。
「あっつっ!」
と言いながら菜箸で食材を混ぜる雪姫(ゆき)。
にんじんが一欠片。タマネギが一欠片。ゴボウが一欠片。にんじんがもう一欠片。ゴボウがもう一欠片。
にんじんがまた一欠片とどんどんとフライパンからはみ出ていく。
「ちょいおいおいおい」
結局友達が見るにみかねて代わった。
…
「ってことがあったくらいなんで。懐かしいなぁ〜」
「え。料理苦手だったんだ?」
「まあ。苦手…。うん。あのまま作ったら血まみれのキッチンに
フライパンにはアニメとかマンガの料理苦手女子みたいに、ダークマターが生成されていたかもですね」
「えぇ〜。意外。じゃあ、なんでここのキッチンで働こうと思ったの?」
「んん〜?」
言おうか、言わまいか迷っている表情で梅酒サワーを持ち
クルクルとグラスの中の梅酒サワーを回す雪姫(ゆき)。
「そうですねぇ〜。ま、大学が死ぬくらいつまんなくて
しかも大学っていうシステムが合わなくて。わかります?あの、自由な感じ」
「自由?うん。まあ、大学生が人生で1番楽しいって言われてる所以だろうね」
「そう。その自由さが合わなかったんですよ。取る講義も自由だし
講義によってはテスト重視だから授業は出なくてもテストで点取れば大丈夫みたいな講義あるじゃないですか」
「あったー…気もする」
「それがダメで。なんか、あ!自由だー!ってなるともうダメなんすよ。
講義取っててもずっと寝てるし、ゲームしてるし。んで、まあまあヤバくなってきたんすよ。単位的な問題で」
「はいはい」
「んで成人したし、飲み行こうと思ってここのお店来たんですよ」
「へぇ〜。ここがデビューだったんだ?」
「そうなんす。ソーナンス!で」
今の何?と聞きたかったが我慢する名論永(めろな)。
「1人だったんでカウンター席で飲んで、店長と話してたんすよ。
んで話を聞いてくれて、うんうんって頷いてくれたりして
居心地いいなぁ〜って思って、ここってバイト募集してますか?って聞いてみたら
ま、そのときにはもうめろさん働いてたんで、まあ〜…うん。募集はしてないけど
バイトしてくれる子がいたらありがたいかな?って感じかな?
キッチン担当が欲しいねって言われたんで、その日から毎日家のキッチン立って
スマホでレシピ検索して、簡単なのからどんどん練習してったって感じです」
「努力家〜」
「実はね。そうなんすよ」
そんな話をしてまかないを食べ終える。そこからはお客さんがちらほらと来てくれる。
終電の時間を過ぎると忙しさは急激に下降する。
近くに住む常連さんや新規さんが2、3件目に訪れてくれることが多い。
忙しさが落ち着き、お店でゆっくりと、店長は堂々とビールを飲んだりしながら
常連さんと話をしたり、名論永(めろな)はテーブルを片付けて
裏で雪姫(ゆき)と一緒にお皿を洗ったりしていると閉店時時間になり、お店を閉める。
外の暖簾を取り込んで外の看板と提灯の灯りも消す。
カウンター、テーブル席を布巾で拭いて、メニューや調味料類の位置を整え、減っているものは補充。
床もモップ掛けして、トイレは汚くないか
トイレットペーパーは無くなっていないか確認する。そして最終確認を全員でする。
「よし!お疲れ様でした!」
全員でエプロンを脱いで、自分のところにしまい、自分の荷物を持って、お店の灯りを消して外に出た。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」
といっていつものように別れた。
「店長ー」
店長と一緒に歩く雪姫(ゆき)。
「なー?」
「めろさんなんか明るくなりましたよね」
「あぁ〜。言われてみれば確かにそうだな」
「髪色1つであんな人って変わるもんなんですね」
「まあ。でも見たっしょ?あのめろさんがめたくそイケメンになって、もう仰天ニュースですよ」
「ありますね。テレビで仰天チェンジ!みたいなの」
「ま、あんな大規模じゃないけどな。ただ髪色変えて、髭剃って、眉毛整えただけ。
メイクしたらもっと変わるんかな」
「おぉ!メイクね!やってみます?」
「梨入須(ないず)に任せるわ」
と話しているといつものように雪姫(ゆき)の家の前に着いた。
「いつも送ってもらってありがとうございます」
ペコリとお辞儀をする雪姫(ゆき)。
「はい、どーも。じゃあ、またぁ〜十〜五時間後?くらい?に」
「はい!また、今日!」
「お疲れ」
「お疲れ様でした!」
と雪姫(ゆき)はマンションのエントランスに店長は帰路へついた。
家に帰って部屋着に着替え、ベッドに寝転がった名論永(めろな)は
暗い部屋の中、スマホの画面の光で顔が照らされる。
「色…入れてもらわないとなぁ〜…」
と呟き、スマホを消し、手探りで充電ケーブルに繋いで枕元に置いて眠りについた。