テラーノベル
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⚠︎病み、監禁ネタ。
主に病んでいるのは🌩️の方。🤝も健全な精神状態ではないかも。
共依存というものを書いてみたかったのですが、思ってたのと違う感じになりました。
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まぶたの隙間から、ふいに微かな光が差し込んだ。僕は全身を覆う気怠さに抗えず無視を決め込もうとしたが、自作のベッドとは明らかに違う感触にだんだん意識がはっきりしてくる。
「……ぅ、んん゛……?」
「──お、起きたか? テツ」
目を開いてまず視界に入ったのは、お付き合いを始めてからもうすぐ2年になる最愛の恋人、リトくんの顔だった。彼はいつもと同じように人好きのしそうな笑みを浮かべていて、薄暗い室内とはミスマッチなような気がした。
寝転んだまま視線を彷徨わせてみればそこは見覚えのないワンルームで、リトくんが自宅から持ち込んだと思わしきデスクにPC、衣類の入った収納ケースなんかが置いてある。家具はほとんど備え付けのものらしく、良い物件を見つけたなぁ、とてんで場違いなことを考えた。
──あれ、僕昨日どうやって帰ったんだっけ。
深酒をしたわけでもないのに頭がガンガン痛んで上手く思い出せない。ふかふかのベッドの上で身じろぎをしつつ、ゆっくり順を追って思い出していく。
確か昨日は、任務終わりに高校時代の旧友とばったり会って、昔話に花を咲かせつつ居酒屋で軽く飲んで……そのまま何事もなく家路についたはずだ。
しかしそれ以降のことが何も思い出せないので多分その後に何かがあったんだろう。他に頼れるものもない僕は、素直に目の前の彼に事情を尋ねることにした。
「……あの、リトくん。僕がなんでここで寝てるのかっていうのは……聞いても大丈夫なやつですかね……?」
「……んー……お前の手元見たら分かるんじゃね?」
リトくんの指差す方を見てみると、僕の両手首には手錠のように連なった鎖付きのベルトが巻かれており、その先はベッドガードへと繋がれている。試しに力を入れてみてもガッチガチに固定されたそれはびくともせず、いたずらに手首を痛めつけるだけだった。毛布をめくって確認すれば、両足首にもそれぞれ同様のベルトが巻かれている。
……ははぁ、なるほど。これは噂に聞く──
「監禁ってやつかぁ……」
「納得すんのかよ」
リトくんが呆れたように口を突っ込む。今この瞬間、きみにだけは言われたくないんだけど。
よく見れば僕は服もまるきり着替えさせられており、サイズが3つくらい違うぶかぶかのパーカー……おそらくリトくんの私物、に、この前のお泊まりで置いていった短パン、もちろんポケットに入れていたスマホやデバイスは取りあげられていた。リトくんにしては用意周到だな、と思うと同時に、それだけ彼が本気なのだと思い知る。
他にも時計が外されたあとの壁の日焼け跡、食事を運ぶ用のトレー、何に使うのかあまり考えたくないペットシーツやら何やらに、ぴったり閉じられた遮光カーテン──あれか、この部屋がやたら暗い原因。
とにかくこの部屋にいる限り僕は時刻を知ることはできないし、何なら今が昼か夜かも分からない。食事や睡眠、排泄に至るまで、生きるために必要な全てを彼に任せなくてはいけないらしい。
こんなのあれじゃん、ヤンデレのヒーローに死ぬほど愛されて夜も眠れないやつじゃん。
リトくんはベッドサイドの椅子に座って僕の方を見たまま何も言わない。現状の何もかもを教えてくれるわけじゃなく、僕が質問するのを待っているようだ。
僕はしばらく考えて、2つ目の質問を振ってみる。
「リトくんはさ、なんでその……僕を監禁しようってなったの? いきさつをまず教えて欲しいんだけど」
「……気になんのそこかよ。抵抗したりするもんじゃねえの? 俺が言うことじゃないかもだけど」
「本当にね。ただまぁ、僕ってば割ときみにベタ惚れだからさ。今更監禁くらいで嫌いになれるわけないっていうか。……きみのことだから、相応の理由があるんでしょ? どうせ」
「………………」
リトくんは一瞬ひどく苦しそうな顔をして、すぐに元通りに笑ってみせた。何だよ、まだ何も聞かされてないのに意味深なことするなよ。
「……なんでだと思う?」
「はい?」
「なんで俺がお前を監禁しようと思ったか。お前はどうしてだと思う?」
……随分回りくどい聞き方をするんだな、と思った。ここまでするということは、よほど言いたくない事情があるらしい。
でも僕被害者だしなぁと不服に思いながらも、仕方ないのでちょっとだけ考えてみる。
不肖ながら僕はヤンデレSSや監禁モノなどを好むタイプの人間だ。今まで読んだ同シチュエーションの読み物は星の数をゆうに超えることだろう。そんな僕の経験からして、ヤンデレが好きな人を監禁する理由というのは大概、ひとつの動機にまとめられる。
「ありがちではあるけど……独り占めしたかったから、っていうのは?」
「……ふぅん?」
「例えば僕に悪い『虫』がついたり、僕がフラフラ他の人と馴れ合ったり……そういうのが許せなくて、誰も触れられないところに閉じ込めるっていうのはまぁ、よく見る一例ではあるね」
「……よく見るのかよ、そんなの」
「まぁね」と得意げに返せば、リトくんは「褒めてねえよ」と力なく笑う。
この反応を見る限りおそらく違うんだろう。そもそもリトくんは好きって感情を誰かと共有したいタイプだし、嫉妬や独占欲みたいなものは割と口に出して言ってくれる方だから、この考察は的外れだったか。
じゃあその感情表現ストレート人間な彼が、ここまで鬱屈とした選択を取ってしまう原因となると──……
「うーん……僕を守るため……とか?」
「守る?」
「そう。僕が何度忠告したって残機使うの前提で捨て身な戦い方するのをやめないから、その……荒治療? 的な」
「自覚あんならやめろよな……」
リトくんは組んだ手の上に顎を乗せながら、うんざりした顔で笑う。
この反応も違うな。彼が僕の戦闘スタイルに気を揉んでいるのはよく知っているけど、かと言ってそれを理由に『ヒーロー』であることまで取りあげるような人じゃない。
だとすると、彼ほど思慮深い男が泣く泣く監禁という強硬手段を選ぶような理由……。
「あっ分かった、ゾンビパニックだ」
「……一応聞くけどどういうこと?」
「外の世界はもうゾンビに支配されていて、この部屋だけが安全地帯なんだよ。でも僕はすでに噛まれちゃった後だから、ギリギリ会話が通じるうちに閉じ込めて人を襲わないように拘束してる。どう? ビンゴでしょ」
「あー……あるかも」
わざとらしい含み笑いをしながら、リトくんは言う。
まぁ、あるわけないよな。冷静に考えて。あくまで個人の意見だけど、ゾンビパニックものの醍醐味というのは某国の研究チームが世界初の蘇生実験に失敗したニュースとか、各地で突如蔓延し出した謎の疫病だとか、そういう『ゆっくり世界が狂っていく』描写にこそあると思う。僕が覚えている限りではそんなことは起きていないし、一夜にして世界が変わるというのはあまりに展開が早すぎる。
……そう。世界というのはいつだって徐々に、蝕むように狂っていくものだ。──人間の精神が突然限界を迎えるのとは違って。
「じゃあさ、こういうのはどう?」
人差し指を立てて提案してみる。
リトくんは疑わしげな表情で僕を見ると、目元に影を落としたまま、やっぱり貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「……まだやんの?」
「まぁ聞きなよ。例えば──色々あってリトくんのメンタルがもう結構ギリギリで、僕っていう専属セラピストがいないと、いつか壊れちゃいそうだったから……っていうのは?」
「…………────、」
オレンジと水色の目が見開かれる。
リトくんは放心したように黙り込んで、背中を丸めて俯いてしまう。額に手を当ててしばらく考え込み、1分か2分ほど経ってからようやく「は、」とため息を吐くみたいに笑った。
「……なんで、そう思った?」
「だってきみ、さっきから全然うまく笑えてないじゃん」
「…………」
観念したように上げられた顔には、もうあの下手くそな笑顔は影も形も残っていなかった。力の抜けた目元にはひどい隈が刻まれており、逆に今までどうやって隠してたんだと不安になる。
きみはそんなに器用な人間じゃないんだから、無理に取り繕ったりなんかしない方がいいよ。なんて、さすがに言いはしないけど。
「最初っから分かってただろ、お前」
「さてね? まぁ理由が何にしろ、端から逃げるつもりなんて無かったけど」
僕も大概隠し事が下手だ。もうちょっとくらい嫌がるふりでもしておけば良かったかな、と少しだけ思った。
しばらく無言で考え込んでいたリトくんは懐から何か取り出すと、僕の手首をベルトごと持ち上げた。見れば、右手に握られているのは彼の親指ほどの小さな鍵。
「……えっ、何してんの。それ外したら僕自由の身だよ。逃げられちゃうよ」
「ごめん、なんか、冷静になったわ。こんなのおかしいよな、間違ってるよな。……ごめん」
「ちょっ……落ち着けって……!」
そう言って鍵穴に差し込もうとするので、僕はそれを振り払う。まさかここで抵抗されるとは思っていなかったのか、リトくんは取り落とした鍵を拾うこともせずぽかんとしている。
「……どこが冷静だよ。あのリトくんが同僚監禁してんだぞ、生半可な覚悟じゃないはずだろ。何今更ビビってんだよ」
「は……や、だって……何お前、監禁されたいの?」
「されたいかされたくないかで言えばされたくないけど、そんな状態の恋人放置して逃げ出せるほど男が廃ってないんでね。……僕がここにいることで少しでもきみの力になれるなら、おかしくても間違ってても、それでいいよ」
頬に手を当ててやればリトくんは泣きそうな顔でこちらを見上げて、一瞬躊躇った後に震える手で鍵を元通りのところにしまった。こんなに分かりやすいところにしまい込んでいるのも折り込み済みなんだろうな、と思う。
……彼のことだ、きっとこれからもこの部屋に来るたび鍵を懐に忍ばせてくるんだろう。僕がいざとなったら力ずくで抵抗して、逃げ出すことができるように。
きみってやつは本当に……。
リトくんは椅子から降りてそのままベッドにもたれると、顔を覆い隠すように頭の上で手を組んだ。これって何だか懺悔のポーズみたいだな、とぼんやり思う。
「……病院行けって言わねえの?」
「誰かにそう言われた? ……だってリトくんは治りたいんじゃないんでしょ。こうして僕を近くに置いておくことで、ちょっとでも心の痛みを和らげて……安心したいだけ。違う?」
「…………はは、あーあ……」
全部お見通しかよ、とリトくんは乾いた笑みを溢す。全部とまでは行かないけど、リトくんのことなら半分くらいは理解できているはずだ。きみがこんな時、自分自身のわがままに耐えられなくて押し潰されそうになっているであろうことも。
罪悪感を抱くくらいなら最初から監禁しなきゃいい、なんて無慈悲なことは言う気にはなれない。だって、あのリトくんだもの。死とは、心とは、なんて曖昧で答えのないことをずっと考えて、それでも自分なりに折り合いをつけて生きているような人が、こんなにも追い詰められてしまっているのだ。それだけヒーロー業は過酷ということでもあるし、彼が真面目かつ優しすぎるということでもある。
──「病院へ行け」というアドバイスをされた後ということは、僕より先に弱音を吐いた相手がいるということで。それが少しだけ気に食わないけど、リトくんが最終的に選んだのは僕なんだし多少は大目に見てやることにする。
「しっかし、任務だけどうすっかなぁ。僕個人としてはまぁ、ピンチの時だけ呼ばれれば喜び勇んで馳せ参じるところなんだけど……」
「……ごめん、今ちょっと、そういうの考えたくねえ」
「あ、そっかそっか。短慮だったわ。ごめんね」
限界までストレス抱えちゃってる人の前で仕事の話はまずかったな。
謝罪代わりに鎖で繋がれたままの手でリトくんの頭を撫でてやる。いつもだったら照れるなり何なり反応するものを、今日はその気力も無いのか、ただじっとしたまま甘んじて受け入れている。
辛そうな本人を目の前にして、ああ本当に弱ってるんだなぁ、とどこか嬉しくなってしまっている僕も僕だ。実際恋人の知られざる一面を垣間見ることができて悪い気はしていない。
「テツはさ、……なんでそんなに受け入れちゃうんだよ。俺、少しでも抵抗されたら、それでやめる気でいたのに……」
「はは、諦めるための大義名分なんか与えてたまるかよ。……っていうのは冗談で、言ったでしょ、僕はリトくんにベタ惚れなんだって……こんなに大好きな人にそれだけ執着されてるってさ、結構嬉しいもんだよ。──そこそこ拗らせてるからね、僕も」
この期に及んでゴニョゴニョ言うリトくんを、声のトーンを落として窘める。
何度でも言うが、僕は彼に監禁されること自体は全然嫌じゃない。僕だってリトくんに対して「こいついい加減どっかに縛って閉じ込めといてやろうかな」と思ったことは何度かあるし。
ヒーローとしての業務を果たせなかったり趣味のゲームができなかったりするのは不便ではあるけど、ゲームくらいならそのうち許してくれちゃいそうな気がする。だってリトくんだし。
「……ね、リトくん。明日は久しぶりにふたりでゆっくり過ごそうよ。リトくんの淹れてくれたコーヒーでも飲みながらさ、好きなものの話とかたくさんしよう? ……こんな日がずっと続けばなぁって日を、毎日にしちゃおうよ」
「…………ほ、ほんとに良いのかよ。俺、最近夜も全然寝れねえし、コーヒーも……味とか分かんなくなっちまったし、それに、」
「いいんだって。もし1年経っても10年経っても治んないなら、より時間は有り余ってるわけじゃん? だったらその分、一緒にいられる時間が増えるってことだよ。……大丈夫だから」
「ね、」と届く範囲でその大柄な身体を抱きしめてやる。少しでも安心させようと背中をとんとん叩いてみれば、鼻を啜る音がくぐもって聞こえ始めた。ぽかぽか温かい体温も相まってまるで大きな子供をあやしているみたいだ。
さて、僕はこの頑張りすぎな子供を大人に戻してあげるために、一体何ができるんだろう。
§ § §
腕の中の吐息がやっと穏やかになる。
結局あの後、ここ1ヶ月はまともに眠れていないというリトくんに思わず絶句し、同じベッドで添い寝をしてあげることになったのだった。成人男性ふたり、内1名は180センチ超えの大男がせいぜいセミダブルのベッドでギュウギュウになって眠る様子は側から見ればさぞ愉快なことだろう。
僕を抱き枕みたいに抱きしめながら眠るリトくんの顔は……なんというか、痛々しいほど憔悴しているように見えた。ようやく健やかな眠りにありつけた彼を起こしてしまわぬように、行儀の良いまつ毛の下、深く刻まれた隈をそっと指先でなぞってみる。
──リトくんをこんなにも追い詰めることになった原因を、きっと僕はずっと昔から知っている。
その骨格に体格、体質に恵まれ、拳ひとつで戦うことを選んだヒーロー。敵地に突っ込んでいって全身ボロボロになって帰ってきても、いつも気にするのは敵を屠った自分の拳の方だった。
……そうして守った命さえ、全て掬い上げられるとは限らないのに。
道端の蟻さえ避けて歩くきみが、救えなかった人々の慰霊碑に毎週通っているようなきみが、戦闘のたびに己の手で命を奪う感触を味わっていることなんて初めから知っていたはずなのに。
こうしてすり減ってしまってから気がつくなんて、同僚兼恋人失格だ。
「……──は、手ぇボロボロじゃん」
肩に回された傷だらけの手を見て、心がぎゅっと締め付けられる。
そういえばリトくんは、戦闘後に医療班が駆けつけてもグローブの下だけは頑なに治療しなかった。それはきっと、命を奪う痛みを忘れないようにするため。
──彼を何より傷つけたのは、きっと他でもない彼自身なんだろう。
心身喪失、責任能力……なんて単語が頭の中に浮かんでは消えていく。たとえ組織や警察にこのことがバレてしまったとしても、情状酌量の余地はあるだろう。──リトくんの苦しみを理解できもしないやつらに、僕らを裁く権利なんてあるものか。
今更襲ってきた眠気に身を任せ、リトくんを抱きしめ返してやる。こんな大きな身体ですら抱えきれない葛藤と、きみはずっと戦ってきたんだな。もう全部放り出して楽になったっていいのに、真面目で優しいきみはきっとそんなことできやしないんだろう。
少なくとも今の僕にできることは、リトくんがこれ以上自分自身を傷つけてしまわないよう見張っておいてやることくらいだ。
きみが1人で生きていけるようになるまで、 1年かかるとしても、10年かかるとしても──……一生かかったとしても、僕は一向に構わないんだけど。
コメント
4件
うへははっ… もうほんと…主さんの書くrttt…最高です…
最高です🥲💕テツ優しい😭💖所々自分の心にも響く言葉があって泣いちゃいました🥲これからも応援してます!