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【君に、初めてを奪われた】
R18無です。
【1話】
雨の音が、セットの屋根を静かに叩いている。
夜のシーンを撮るには完璧な、静かな空気が漂っていた。
「氷川さん、あと5分で本番入ります」
スタッフの声に、誠は小さく頷いた。
手に持つ台本は、もう読み飽きるほど目を通したもの。
だけど──気が抜けない。
今日のシーンは、雨宿りの中で距離を詰める、恋人未満の男同士のやり取り。
隣に立つ綾瀬千暁が、無言のまま誠を見つめている。
その視線が、どこか熱を帯びていて──演技前から、誠の胸をざわつかせた。
氷川「綾瀬くん。いつも通り頼むよ。」
綾瀬「もちろんですよ。氷川さんこそ、あまり俺に意識しすぎないように……ですよ。(ニヤ」
氷川「……は、?? 」
綾瀬は気味の悪い笑い方をした。
その笑みに、ほんのわずかな“予感”が混じっていたことに、誠はまだ気づいていなかった。
「よーい、スタート!」
監督の声とともに、カメラが回り始める。
雨の中、二人は軒下に並び、しばらく無言のまま立ち尽くす。
そして──
誠(演技):「……お前といると、調子が狂うんだよ……!!!」
千暁(演技):「それは、俺のセリフです」
その瞬間だった。
綾瀬の手が、誠の顎と手首掴み、 逃げられないように。
そして、迷いも戸惑いもなく、唇を奪う。
氷川「……!!ん……っ、ふ……ちゅ、ん…んぅ……♡ 」
綾瀬「……ん、ッちゅ……」
台本にないキス。
突然の出来事に、誠は目を見開いたまま動けなかった。
スタッフの誰も、**「カット」**をかけない。
そのキスが、あまりにも自然で、あまりにも美しかったから。
……いや、違う。
それは自然なんかじゃなかった。
誠にはわかっていた。
これは──演技じゃない。
千暁の唇が離れたあとも、その距離はほとんど 変わらない。
………………
「……カット!!!」
監督の声がようやく響いた。
その瞬間、張り詰めていた空気が一気に解ける。
だけど──
氷川誠の心臓の高鳴りは、まったく収まっていなかった。
静まり返るスタジオ。
照明が少し落ち、スタッフたちがざわざわとモニターの前に集まっていく。
スタッフA「……今のキス、台本にあったっけ?」
スタッフB「違うよね?でも……え、すご……リアルすぎん?」
スタッフA「でもあれ氷川さん、素で驚いてなかった?」
そんな囁きが、誠の耳にも微かに届いていた。
氷川「……綾瀬くん」
やっとの思いで名前を呼ぶと、千暁はすぐに振り返った。
綾瀬「はい、氷川さん」
まるで悪びれた様子もない。
むしろ、満足げに微笑んでいる。
まるで「やっとやった」みたいな顔で。
氷川「……あれ、なんで……」
誠の言葉が、途中で詰まった。
千暁の瞳が、真っ直ぐに彼を射抜いてくる。
綾瀬「演技に、見えませんでした?」
氷川「……見えなかったから、言ってるんだ」
綾瀬「それなら、正解です」
そう言って千暁は、すっと誠に近づいた。
ほんの10センチほどの距離。
耳元で、誰にも聞こえないように囁く。
綾瀬「……ずっと我慢してたんですよ。
氷川さんの唇、触れたくて。ずっと」
氷川「……っ」
綾瀬「本番じゃなきゃ、できないから。演技ってことで、許してもらおうかなって」
誠の喉が、かすかに鳴った。
──ズルい。
これはただの後輩じゃない。
完全に、**“オス”**だ。
氷川「……ちゃんと責任取れよ、綾瀬」
低く、掠れた声で誠がそう言った瞬間、
千暁の口角が、ゆっくりと持ち上がった。
綾瀬「じゃあ……次の本番、今よりも、もっと深いキスしますね。」
誠の顔が、一瞬で赤く染まったことは、
照明が暗かったおかげで、誰にも気づかれなかった。
氷川「……俺の…ファーストキス……」
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