テラーノベル
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ここは記憶の地層を掘る回だね。
第七話。いってらっしゃい。
広島side
広島は、最初から知っていた。
いや、正確には
知っていたことを、思い出さないようにしていた。
朝、川を見下ろす。
水は流れている。
当たり前みたいに。
当たり前が、どれだけ脆いかを
この国で一番知っている場所で。
「……また、か」
小さく呟く。
胸の奥が、鈍く痛む。
この痛みには、覚えがある。
会議の招集がかかったのは、前日の夜だった。
非公式。
記録に残らない形で。
集まったのは、七大都市のうちの数人。
東京。
大阪。
愛知。
福岡。
北海道はいない。
宮城も、来なかった。
それだけで、
広島には十分すぎるほどだった。
「……で?」
大阪が言う。
「これ、何回目やと思う?」
誰も答えない。
広島は、ゆっくり口を開いた。
「二度目だ」
空気が、凍る。
「一度目は、いつだ」
東京が聞く。
声は冷静だ。
まだ、中心の声。
「正確な年代は、残っていない」
広島は、壁に手をついた。
「理由も、犯人も、残ってない」
「……残ってないのに、覚えてるんか」
大阪の声が低い。
「覚えてるから、残ってない」
広島は、そう答えた。
視線を上げる。
「一度目は、
今より小さく消えた」
愛知が眉をひそめる。
「小さく?」
「局地的だった。
端の端。
誰も見ない場所」
広島の喉が、きしむ。
「そのときも、
公式は数を守った」
東京の指が、わずかに動いた。
「……47か」
「そう」
広島は頷く。
「数は、正しかった。
だから、誰も疑わなかった」
福岡が、静かに言う。
「で、今回は?」
広島は、少しだけ笑った。
苦い笑いだ。
「今回は、中心に向かってる」
沈黙。
その中で、広島は続ける。
「一度目は、止めた」
全員が顔を上げる。
「どうやって」
東京の声が、わずかに震えた。
「忘れた」
広島は、即答した。
「意図的に、忘れた」
「……は?」
大阪が声を上げる。
「誰かを、記憶から切り離した」
広島の手が、強く握られる。
「思い出されなければ、
消えるスピードは落ちる」
「それ、助けてへんやろ」
「助けてない」
広島は、はっきり言った。
「延命しただけだ」
そのとき。
部屋の照明が、ちらついた。
誰かが、そこに立っている。
……いつから?
「久しぶりだね」
声。
懐かしい。
そして、思い出せない。
輪郭が、歪んだ県。
影が、途中で途切れている。
広島の呼吸が、止まる。
「……お前」
名前が、出ない。
「ほら」
県は微笑う。
「その顔。
二度目だよ」
東京が立ち上がる。
「誰だ」
県は、東京を見る。
じっと。
「君は、まだ中心だ」
次に、広島を見る。
「でも、君は覚えてる」
一歩、近づく。
「ねえ、広島」
低い声。
「今回は、忘れないでくれる?」
広島は、唇を噛んだ。
「忘れたら、止まるんか」
「止まらない」
県は、即答する。
「でも、
忘れたほうが楽」
部屋の空気が、重くなる。
広島は、目を閉じた。
思い出す。
白。
空白。
記録が消えた感触。
そして、
何もなかったように続いた日常。
「……今回は」
目を開く。
「今回は、
忘れない」
県の表情が、少しだけ歪んだ。
「それ、
前より酷い結果になるよ」
「知ってる」
広島は、静かに答えた。
「でも、二度目や」
一拍。
「次は、ない」
その瞬間、
県の姿が、かき消えた。
会議室の壁に、
薄く、白い染みが残る。
東京は、それを見つめながら呟いた。
「……なあ、広島」
「なんだ」
「一度目のとき」
言葉を選ぶ。
「何県、消えた」
広島は、答えなかった。
ただ、目を伏せた。
その沈黙が、
数字よりも重い答えだった。
コメント
1件
くっ、広島…頑張ってくれ…