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美希みなみ
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「ここ?」
まさかこんな場所に連れてこられるとは思わず、つい言葉が出ていたようで、望月君がちらりと私を見た。
そこは先日、千堂さんと来た商業ビルで、この中に何店舗も店はあるが、まさかここへ来るとは思っていなかった。
そのあたりの適当な路面店に行くのだと勝手に思っていた私は、驚いてしまう。
どうしてこんなきちんとした場所に、と思うも、私がごちそうをすることを思い出す。
そうか……思い切り高いものを頼もうとしているのか。
確かにそれぐらいのことをしてしまったと、今日はお金を使う覚悟をする。
「うん、なんでも好きな物食べて」
何度か頷きながら言えば、望月君はくすりと笑った。
このビルには一般専用の地下駐車場があり、そこへと行くかと思えば、あろうことか車はホテルのエントランスへと止まった。
レストランフロアもあるが、確かにホテルのディナーの方がお値段も張るが、美味しいのは言うまでもない。
「降りて」
望月君の言葉に慌てて頷き、降りようとすればベルスタッフにドアを開けられる。
この間、千堂さんと来たときも思ったが、やはりこの場所は世界が違う気がして緊張してしまう。
望月君は何やらベルスタッフと話をした後、私の横に来ると、そっとエスコートするように腰に手を回す。
「ちょっと、望月君」
小声で戒めれば、なぜか甘い表情で私を見る彼がいた。
「お詫びしてくださいね。今日は俺の好きにさせてもらいますよ」
「もう……」
いたずらっ子のような表情に、私も気が抜ける気がした。
「ねえ、柚葉さん。この間食べたのはフレンチ?」
「え?」
その問いの意味がわからずにいると、望月君は迷うことなくエレベーターへと歩いていく。
「イタリアンじゃなくフレンチって言ってたよな……」
一人で思い出すように呟きながら、扉の開いたエレベーターに私を促す。
「それ、私が話をしたの?」
そんなことを言った記憶はなかったが、言わなければ知っているはずもない。
「言ってましたよ。きっと美味しかったと思うけど、味がわからなかったって」
ああ、そうだ。緊張とお酒で、ほとんど味はわからなかった。
「そうだけど……。だから来たの?」
うかがうように聞けば、望月君は私を見下ろす。その瞳は何を考えているのかわからない。
「だって、このフレンチ美味しいですよ。もったいない」
ただそれだけの理由だというのに驚いてしまうが、その気遣いに私はくすりと笑い声をあげた。
「俺だったら緊張しないし、なんでも言えますよね?」
確かに同じ場所でも、望月君がいれば安心できるし、なんでも言える。
「そうだね。今日は奢るから好きなもの食べよう」
もともと私は食べることが大好きだ。最近いろいろあって、そのことを忘れていた。
店内に入れば、この間はよく覚えていなかったが、笑顔のスタッフが迎えてくれる。
高級そうな絨毯が敷かれた店内は、品の良い温かな明かりに照らされていて、窓からは夜景が見えた。
「いらっしゃいませ」
その言葉に続き、奥まった窓際の席に案内される。
この間は近くに人もいたことから緊張してしまったが、ここなら近くに人もおらず、緊張しなさそうだ。
この場所に安堵して、窓の外のキラキラした夜景を見た。
「後で参ります。ごゆっくり」
その言葉でスタッフが姿を消すと、望月君はメニューを私の方へと向ける。
「柚葉さん、何が好き? 魚と肉なら?」
「断然お肉!」
食い気味に言った私に、望月くんは笑いながらメニューを指さす。
「じゃあ、やっぱり牛ですよね。メインはステーキにします?」
「あっ。でもお魚は鯛か……迷うな」
美味しそうなものが並びすぎて、私は迷ってしまう。この間は千堂さんが決めたままだったから、少し苦手なラムだった。
あれこれ言いながらメニューを決めれば、慣れた様子で望月君がオーダーをしてくれる。
その姿が、いつもの可愛らしいイメージなどまったくなく、頼もしく見える。
「慣れてるんだね。さすがドクター」
「そんなに来ませんよ。付き合いとかでたまに」
そんな話をしていると、私が大好きなシャンパンが目の前のグラスに注がれる。
きれいな泡を眺めた後、私たちは乾杯をした。
望月君が言った通り、本当にどの料理も絶品で、私はうっとりしてしまう。
「こんなにおいしいの、初めてかもしれない」
口の中でとろけそうな肉に、幸せを感じていると、目の前に望月君が綺麗に切り分けた魚が置かれた。
「こっちも美味しいですよ」
こんな高級な場所で、と思うも、誰の目もない。ありがたくそれも口に入れれば、ほろほろとした鯛の身に甘さとうま味が口いっぱいに広がる。
「うーん、美味しい」
満足すぎてにこにことしていれば、望月君が子どもを見るような目で私を見ていた。
年上なのに、こんなにはしゃいでしまって恥ずかしくなり、キュッと口元を引き締めた。
「ごめん、つい」
「どうして謝るんですか?」
わけが分からないと言った彼に、私はフォークとナイフを置くと、シャンパンを一口飲み、息を整える。
「だって、こんな子どもみたいにはしゃいで」
「別に悪くないでしょ? 今日は柚葉さんが喜んでくれて、俺が嬉しいんですから」
さらりと甘い言葉を言う望月君に、私はむせてしまう。
「私のお詫びなのに、それじゃあ意味がない」
取り繕うように言えば、彼はさらりと「俺はそれで十分」と、それだけを言うと、望月君もシャンパンを口にする。
あまりにもその光景が様になりすぎて、私は慌てて視線を料理に向けた。
「本当にお酒、弱くないんだね」
彼はその問いには答える気がなさそうに料理を口に運ぶ。それを見て、私は質問を変えた。
「じゃあ、あの夜、どうして酔ったふりをしたの?」
そのセリフに、望月君の動きがピタリと止まった。
そこで私もハッとする。どういう答えを言われても、自分自身が困惑する気がした。
「ごめん、なんでもない。望月君もお肉食べてみて」
まだ手を付けていない方の肉とフォアグラを切り分けていた私に、声が降ってくる。
「あの日は酔ってませんよ」
バッと顔を上げれば、まっすぐな瞳とぶつかり、ドキドキと胸がうるさい。
この間の千堂さんの時とは違う、ざわざわとする自分の心が怖くなる。
どういう意味かを考えようとするも、その瞳に射抜かれ、何も考えられずにいた。
肉を切ったままの姿勢で、じっと望月君と見つめ合う。
どれくらいの時間だったのかはわからない。
きっとほんの数秒だと思う。先に視線を外して口を開いたのは望月君だった。
「柚葉さん、肉くれるんですよね?」
なぜかそれは、病院で話すときの作られたような言葉に聞こえるも、私は小さく頷き、彼の前へと肉を置いた。
そのまま、なんとなくそわそわした気持ちでデザートを食べ終える。
望月君に促され席を立ち、そっとまた腰に手を回されるのを、今度は咄嗟に距離を取ってしまった。
これでは意識しているのがまるわかりだ。初めの日などまったく意識をしていなかったから、一緒のベッドで眠っても何も思わなかったのに。
これだけの触れ合いにドキッとしてしまう自分が、わけがわからない。
そのまま店を出ようとする彼に、私は慌てて声をかける。
「ねえ、支払いは? 今日は私のお詫びのはずでしょ?」
矢継ぎ早に言った私をちらりと見て、望月君は言葉を発した。
「本気ですか?」
「え?」
私がきょとんとしていたのだろう、彼はかなり大きなため息をついた。
「俺、こんな場所に誘って、相手に支払わせるような男に見えますか?」
なぜか少し怒っているような雰囲気に、私は言葉を濁す。
「でも……。お詫びしてって」
「そうでも言わなきゃ、柚葉さん来ないでしょ?」
核心を突いた質問に、私はうっと黙り込む。確かにストレートに誘われていたら、多分断っていた。
「どうします? もう少し飲みますか?」
話を変えるように聞いた望月君に、少し距離を取りながら歩き、私は答えを探すもどうしたいのかわからない。
千堂さんの時のような、帰りたいという気持ちはまったくないが、これ以上一緒にいることが怖かった。
医療関係者は嫌。そう思っているし、彼は同僚であり年下だ。
もし好きになんてなってしまえば、確実に苦しいのは目に見えている。
この人はどういうつもりで私と一緒にいるのだろう。
そんなことを思いながら歩いていると、目の前が一気に開けた。
「うわー」
そのフロアは展望フロアになっていたようで、目の前にはキラキラとした夜景が広がっていた。
外は汗ばむ陽気だが、ひんやりと冷房の効いたその場所にはカップルが多くいて、私は目のやり場に困ってしまう。
「ねえ、柚葉さん」
「ん?」
スペースが空いた場所に二人で並び、夜景を見ていると、横から私を呼ぶ声が聞こえ、何気なく返事だけをした。
「俺にしません?」
小さく点に見える車のライトを見ていた私は、今言われたセリフを頭の中でもう一度整理する。
――俺にしません?
「え?」
反射的に横に視線を向ければ、彼は夜景など見ておらず、私をじっと見つめていた。
その本気か嘘かわからない言葉に、私の胸の音はうるさい。
いつの間にか、私の前だけで使う「俺」という言葉にも反応してしまう自分がいる。
「付き合いませんか?」
そのストレートに言われた言葉に、私はとっさに「少し考えさせて」とそう答えていた。