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ディートル侯爵家の屋敷は、ラフェシア様の実家であり、私も何度か足を運んだことがある場所だ。
彼女の家族とも交流はあり、私の久し振りの来訪を歓迎してくれた。
ただ、ディートル侯爵家の人々には私の来訪の本当の理由は話していない。今回は、ラフェシア様が知り合いを集めたお茶会を開いたということになっているからだ。
そのお茶会に呼ばれたメルーナ嬢は、ラフェシア様が言った通りの穏やかそうな女性だった。
ただ、ラフェシア様と彼女の共通の友人達の話では、今日はあまり元気がないらしい。
その共通の友人達は、メルーナ嬢よりも一足先に帰宅した。彼女達は何も聞かず、私達に協力してくれているのだ。
今回の目的は、当然件のメルーナ嬢にある。
私とラフェシア様と彼女で話し合う。その状況を作るために、今回のお茶会は開かれたのである。
「あれ? 他の皆さんはどこに行かれたのですか?」
「メルーナ、そこに座ってもらえるかしら? 実はね、あなたと話したいことがあるの」
「話したいこと、ですか?」
少し席を外していたメルーナ嬢は、庭に私とラフェシア様しかいないことに驚いているようだった。
そんな彼女の視線は、主に私に向いている。それはお茶会の間もそうだった。どうやらメルーナ嬢は、私の存在が気になっているらしい。
「最近、あなたは元気がないみたいだから、少し心配でね。何か話したいことなどがあるのではないかしら?」
「……いいえ、別に元気がない訳ではありません」
「リルティアのことが、気になっているようね? お茶会の最中、何度か視線が向いていたわよ?」
「それは……」
ラフェシア様は、メルーナ嬢に対して次々と言葉を述べていた。
それは優しい口調ながらも、鋭い言葉だ。友人に対して、中々に容赦がない。
ただ、ここで誤魔化されたら結局問題は解決しないだろう。だからこそラフェシア様は、情けを捨てているのかもしれない。
「……ラフェシア様は何かを知っていらっしゃるのですね」
「……ええ」
「そうですよね。おかしいと思ったんです。この場に彼女……リルティア様がいるなんて。他は共通の友人なのに」
「話してくれる気に、なったということかしら?」
「はい、お話します。私が知る全てを……」
メルーナ嬢は、ゆっくりと椅子に腰かけた。
その動きからは、あまり力が感じられない。なんというか、憔悴しているようだ。
しかしそれはどちらかというと、肩の力が抜けたということなのかもしれない。彼女の表情には、確かな安堵があるからだ。
「しかし、何から話せばいいものか……」
メルーナ嬢は、ため息をついていた。
話してくれる気にはなったものの、彼女もすぐに整理できるという訳ではないのだろう。
私もラフェシア様も、メルーナ嬢の言葉を待つ。別に焦っているという訳でもない。時間はまだいっぱいあるのだから。
「……ことの発端からお話ししましょうか。そもそもの始まりは、モルダン男爵家のシャルメラ嬢という令嬢がアヴェルド殿下と関係を持ったことでした」
「シャルメラ嬢が、ことの発端だったのですか?」
「ええ、彼女が舞踏会――恐らくは、リルティア様と婚約が決まる前の話でしょうが、そこで二人が出会って関係を持ったのが始まりのようです」
メルーナ嬢の言葉に、私は少し驚いてしまった。
シャルメラ嬢は、名前などしか私は聞いたことがない。ただ、まさかことの発端だとは思っていなかった。そのため、思わず声をあげてしまったのである。
「シャルメラ嬢は、ある程度計算の上でアヴェルド殿下と関係を持ったようです。彼女は肉体関係を持った後、持ち掛けた……モルダン男爵家について、ある程度融通を効かせてくれないかと」
「……シャルメラ嬢という令嬢は、計算高い令嬢だったようね」
ラフェシア様は、ゆっくりとため息をついた。
シャルメラ嬢は割り切ってアヴェルド殿下と関係を持った。それも初めてわかった事実である。
となると、彼に愛を抱いているのはネメルナ嬢だけということになる。メルーナ嬢は、当然そういう人ではないのだろうし。
「モルダン男爵は、そんなシャルメラ嬢と同じように計算高い男爵であるようです。彼は、それ程多くを求めませんでした。ある程度の税金などを誤魔化すだとか、そういったことをしていました。対価として、シャルメラ嬢を差し出して……」
「……」
「そんなことが続く中、オーバル子爵家のネメルナ嬢という令嬢が、アヴェルド殿下と出会いまいました。そこで彼女は、アヴェルド殿下に恋心を抱いたようです。そしてそのまま、関係を持ちました」
ネメルナ嬢の名前が出て、私は彼女のことを思い出していた。
彼女のことだ。多分、熱烈にアヴェルド殿下にアピールしたのだろう。
そしてアヴェルド殿下も、それを断るような人ではないはずだ。例えシャルメラ嬢とのことがあっても、関係なんてない。
ただ、問題はそれだけではないはずだ。
エルヴァン殿下の話では、オーバル子爵家もモルダン男爵家と同じことをしていることになる。事情はさらに、根深いものなのだろう。
「ネメルナ嬢との関係は、シャルメラ嬢の耳に入ったそうです」
「シャルメラ嬢の耳に?」
「ええ、そこからモルダン男爵の耳にも入り、男爵はオーバル子爵と話し合うことを選んだようです」
メルーナ嬢の言葉に、私は事態がどのように進んだのかを理解した。
要するに、シャルメラ嬢やモルダン男爵は、ネメルナ嬢が自分達と同じようなことをしていると、思ってしまったのだろう。
多分、ネメルナ嬢の実態まではわかっていなかったのだ。それは結構、致命的なことであるような気はする。
「話を聞いたオーバル子爵は、ネメルナ嬢に話をすることもなく、アヴェルド殿下と交渉しました。自分もモルダン男爵と同じように扱ってもらいたいと」
「……まあ、当然のことかしらね」
「こうして、オーバル子爵もアヴェルド殿下に優遇してもらえるようになったのです」
メルーナ嬢は、そこで一旦言葉を区切った。
それは恐らく、これから話すのが自分のことであるからだろう。話の流れ的に、次に出てくるのはラウヴァット男爵家だ。
「モルダン男爵家のシャルメラ嬢は、ラウヴァット男爵家の長男――つまりは私の兄と、婚約するという話がありました」
「そうだったのですか……」
「それでラウヴァット男爵――つまり私の父は、シャルメラ嬢のことを調べていました。その過程で、それらの事実を知ったのです」
二つの家に婚約の話が出ていたということは、恐らく調べればわかったことだろう。
それはなんとも、わかりやすい繋がりだ。ただ結果的には、その婚約は成立しなかったのだろうが。
「事実を知った父は、私にアヴェルド殿下との関係を持つように命じました。父もモルダン男爵家やオーバル子爵家と同じように優遇してもらいたいと思っていたようです」
「……最低ね」
メルーナ嬢の言葉に、ラフェシア様はとても冷たい言葉を発していた。
ただそれは、当然のことだろう。私もラウヴァット男爵の行いには、思う所がある。
しかし、そういったことを言うのは私の役目ではないため、黙っておく。私がやるべきことは、あくまでも今回の件をイルドラ殿下と協力して、治めることであるだろう。
「……あら?」
そんなことを考えていると、ラフェシア様が声を出した。
彼女の視線は、遠くに向いている。その方向を見てみると、使用人が立っていた。
その使用人は、焦ったような顔をしている。どうやら何かが起こったようだ。一応まだお茶会が続いている私達の元に来るということは、そういうことだろう。
「ラフェシア様、それにお嬢様方、御歓談中に申し訳ありません」
やって来たメイドは、私達に対して深く頭を下げた。
しかしそれは、必要がない謝罪である。この状況で話しかける時点で、それが仕方ないことだということは、明かだからだ。
「何かがあったのかしら?」
「それが、その……」
メイドは、メルーナ嬢の方を見ていた。
彼女は、言葉を詰まらせている。よくわからないが、何かメルーナ嬢に関することということだろうか。
しかもそれが言いにくいこととなると、色々と考えてしまう。もしかして、王家の方で何か動きなどがあったのだろうか。
「……ラウヴァット男爵が、亡くなられたという連絡がありました」
「……え?」
メイドの言葉に辛うじて声をあげたのは、ラフェシア様だった。
私は声を出すことすらできない。彼女の言葉が、あまりにも衝撃的だったからだ。
私と同じように――いや、確実に私よりも大きな衝撃を受けているだろう。メルーナ嬢は、
固まってしまっている。
「ごめんなさい。あなたが何を言っているのか、少し理解が追いつかなかったわ。えっと、ラウヴァット男爵が亡くなられたと言ったわよね?」
「はい。ラウヴァット男爵家から連絡がありました。メルーナ嬢に伝えて欲しいと」
「……何があったのか、わかってはいるのかしら?」
「詳しいことは、まだわからないようです。ただご自宅の私室で亡くなられたそうです」
「そう……」
淡々としたメイドの説明に、ラフェシア様も事務的な答えを返していた。
今の問答は、固まっているメルーナ嬢に聞かせるためだろう。そこに感情が入ると、良くないと二人とも思ったのかもしれない。
ただ、メルーナ嬢にそれらの言葉が聞こえているかどうかは微妙な所だ。彼女はずっと、固まったままなのだ。
「メルーナ、聞こえているかしら?」
「あ、はい……えっと、お父様が亡くなられたと」
「ええ、すぐにラウヴァット男爵家の屋敷に戻った方がいいわ」
「そ、そうですよね……わかっています。わかっているのですが」
メルーナ嬢は、かなり動揺しているようだった。
それは仕方ないことだろう。彼女の立場からしてみれば、訳がわからない状況だ。
ラウヴァット男爵は、私室で亡くなっている。その状況から考えられることは、病死などであるだろう。
ただ、彼は王族にまつわる陰謀の中心的な人物だ。そんな彼が亡くなったということには、何かしらの陰謀があるような気がしてならない。
例えば、アヴェルド殿下などはどうだろうか。
王族が嗅ぎまわっていることを察知した彼が関係人物を狙っている。その可能性は、ないという訳でもない。
「メルーナ嬢、申し訳ありませんが、ラウヴァット男爵家に戻るのは待ってください」
「え?」
「もしかしたら危険かもしれません。あなたも……狙われているかもしれない」
私は、メルーナ嬢にそう声をかけた。
今彼女をラウヴァット男爵家に戻らせるべきではない。そう思ったのだ。