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1、よいにおい。香気。2、顔などのにおいついたつような美しさ。
「ーをかしき顔ざまなり」<源・柏木>→匂(にお)い[用法] 辞書にはそのように綴られている。
香り。それは人間や動物が嗅覚を使い、鼻、もしくは口から感じられるもの。
たとえば学生の頃、朝起きた時に香る香ばしいトーストの香り。
家族で旅行に行った時、朝ご飯の焼き魚の香り。夜ご飯のお鍋のようなものの下の固形燃料が燃える香り。
運動の部活で汗をかいて、壁にもたれかかり
そのまま座り、ペットボトルの蓋を開けた時のスポーツドリンクの香り。
夏のお祭りで買ったラムネを開けるのを失敗して溢れ出したときのラムネの香り。
しかし香りというのは食べ物や飲み物に限った話ではない。
もうすぐ暑くなるぞ。という新緑の香り。だんだん湿気が多くなっていった空気の香り。
陽差しが厳しくなってきたときの乾いたアスファルトの香り。
暑さも下降気味になってきた「黄色」な香り。冷たくなってきた乾いた風の香り。
雪が舞う、風すらも凍ってるんじゃないかと思うほど鋭い冷たさの香り。
まだ寒さは続くものの、段々風に湿気が出始めてきた「春」の香り。
こんなことを思うのは私だけかもしれないが、3月、4月の冬が終わりかけ
春の始まりかけの香りがしてくると「終わり」を感じる。
きっと学生の頃の影響が強いのだろう。1年間共にしたクラスメイトとの別れ
なんなら「卒業」という学問から解放される喜びもあった。
3年間良い思い出も悪い思い出も詰まった学舎を去らないといけない
その香りが3月、4月になると濃くなってくる。
現在31歳。今年で32歳となる。独身。バイト暮らし。
趣味といえるほどもものはないが高校生の頃からの夢はある。それは小説家になるという夢だ。
中学生の頃から小説を読むのが好きで、それがいつしか書いてみたいという意識に変わり
いつしか「自分の書いた小説を読んでほしい」という明確に「本を出したい」という夢ができた。
諦めてはいけない。というか諦められない。というか諦めたくない。
もちろん小説家になって食べれるようになりたいという思いもあるが
32歳…いやまだ31歳だが、この歳までろくに就職せず
その日過ごせるだけの身銭を稼いで、光熱費、安い家賃をギリギリ払い
小説家という夢を追い続けている。ここまで努力してきた。いやただしがみついているだけなのかもしれない。
ここまでやったことを水の泡にしたくないというのが本音でもある。
実家の両親からは「大丈夫?」だの「会社で休み取れるの?」とかそういったLIMEが送られてくる。
両親には「就職した」と嘘をつき、小説家という夢を追い続けている。
去年の12月30日に青森の実家に帰り、家族と年越しをし、1月5日に帰ってきた。
それからもう3月20日。あっという間にだった。1月は時間が過ぎるのが遅い気がしたが
2月から段々と早くなり、3月に至っては「昨日3月入った」気がするほどだった。
夕方19時からコンビニのバイトに行き、深夜0時に上がる。帰ってからはタブレットを使って小説を書く。
メモのアプリを開き、昨日保存したところから書き始める。「。」の後の「l」がずっと点滅している。
その点滅を見ると焦り、しかし焦れば焦るほど良い案は出ないものだ。
真っ暗な部屋に小さな音でつけられているテレビ。情けないがスマホの料金は両親に支払ってもらっている。
nyAmaZon(ニャマゾン)primeでテキトーな映画をテレビにキャストして垂れ流している。
炭酸が弱くなったソラオーラを飲みながらその映画を1から見直す。
何度も見ているが何度でもおもしろい。この映画はオリジナルらしいが
こんな何度も見たい、何度も読みたいと思って貰えるような小説を書きたいと思う。
思うがタブレットの画面は暗く、ただソファーに寄りかかり、ろくでもない時間を過ごしている。
その映画を見終わり、またテキトーな連続ドラマを1から垂れ流し
今度こそ書くぞと机の上のタブレットを持ち、ソファーに寝転がる。
タブレットの電源をつける。顔がタブレットの強烈な光で照らされる。
やっと「。」の後の「l」が動き始める。なるべく商業になるように「サスペンス」ものを書く。
「サスペンス」や「ミステリー」はドラマや映画が飛び付いてきて
映像化される可能性が高い。…気がする。しかしその分競争率は高い。
でもそれはどんなジャンルだろうと同じこと。
「恋愛」だったり「SF」「ファンタジー」ものも競争率は決して低くない。
なんなら「恋愛」ものは「サスペンス」や「ミステリー」よりも競争率が高い気がする。
たまに恋愛ものも書いたりするが「リアリティーがない」だの「キュンとしない」などのコメントで心が折れ
最近はサスペンス、ミステリーをメインで書いて投稿している。
しかしサスペンス、ミステリーは伏線を張ったり、凶器のトリック
犯人のアリバイ、そのアリバイを崩す美しさ、それを考えると楽しいのだが1から作るとなると頭が痛くなる。
気づけばベランダに行くためのスライドドアから見える空が白み始めていた。
タブレット上部の時間を見る。5時51分。
今日も6時間も小説書いたかぁ〜
なんて心の中で思うが、小説を書いていた時間などほんの1時間ちょっとだ。
毎朝7時に朝ご飯を食べて歯を磨いてから就寝する。
6時55分頃まで小説をちょろちょろ書き、6時55分頃になったらめざめのテレビをつけ
その日の運勢を見て一喜一憂してニュースを見る。
納豆の蓋を開け、レンジでチンしたご飯にかけ、ぐるぐるに混ぜかき込む。
シンクのバケツに水を張り、水道料金節約のため、夜にまとめて洗うため
その水を張ったバケツにねばねばのお茶碗を入れる。
いつも通り、3月、もう少しで4月の「終わりの香り」を嗅ぎ
少し寂しく、自分がまだ何者でもない焦りを感じ
それを打ち消すように歯ブラシに強烈なミントの香りの歯磨き粉を出し、歯を磨く。
するとまだ途中だというのにピンポーン。とインターフォンが鳴る。
安いアパートだが一応インターフォンモニターはついている。
歯を磨いたままインターフォンモニターのほうに行く。
モニターに写っていたのは黒いスーツで黒いネクタイ。黒髪の若そうな男の人。
なんだ?
と心で思いながらも通話ボタンを押し、歯ブラシを口から出し
「はいー」
とミントの歯磨き粉が含まれた唾液で喋りづらいが返事をする。
「あ、すみませーん。市野様でございましょうかぁ〜?」
「はいぃ〜。そうですが」
喋りづらい。
「市野星縁陣(せえじ)様でいらっしゃいますか?」
「はいぃ~私ですぅ~」
「あ、そうだよな。良かった。合ってた。あ、えぇ~市野星縁陣(せえじ)様にお知らせがありまして」
「お知らせ?はい」
「玄関の前でお話よろしいでしょうか?」
正直怪しいとも思ったが私も大人。
詐欺にはかからない自信があるし、朝の7時。大それたことはできないだろう。
なにかしてきたら大声を出せばいい。そう思い
「はいぃ〜」
と言いながら終了ボタンを押す。急いで洗面台に行ってコップに水を注いで口を濯いで
歯ブラシは後で洗えば良いとそのまま置いて玄関の鍵を開けた。
「あ、おはようございますぅ〜」
非常に顔立ちの良い爽やかだが、どこか少し怖い印象の、どこかに違和感を覚える男の人だった。
「あ、おはようございます…」
よく見ると耳が尖っていて失礼ながらまるで悪魔のようだった。
「今一度ご確認なのですが、市野星縁陣(せえじ)様でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「この度はご愁傷様です」
ご愁傷様?は?
「はあ」
「私(わたくし)デッラドール イバン ビガードンと申します」
「はい」
海外の方か。じゃあ顔立ち良いわな
「私(わたくし)悪魔でございます」
「…」
あぁ、変な勧誘だ
そう思った。めんどくさい。朝っぱらから長々と宗教の勧誘か。
はいはいはいはいと聞いて、断ろう。早く寝たい。
「私(わたくし)「死」を司る悪魔でございまして
まあ、司るなんてもんじゃないんですが、なんていうんでしょうね。
属性?種族?っていうのでしょうか?人間の「死」がわかるのです」
「はあ」
「これといって他の種族と違って特技というか能力はないんですけどね」
「はあ、資料とかあればそれをいただいて検討するので」
「資料?」
「はい。なんか、人生がこうだとか、夢がどうだとか
こういう考えを持つことで人生を前向きに豊かにできますよ的な資料です」
「はあ。資料…資料。…あ!なるほど!なにかの勧誘かとお思いですね?」
「はい。違うんですか?」
「違いますよぉ〜。悪魔って言ったじゃないですかぁ〜」
「はあ」
そういう設定の団体とかじゃないのか?それとも単純に変な人?
「信じてませんね?」
信じるも信じないも…
「失礼します」
その悪魔を名乗る人物がグッっと体を玄関の中へ入れてきて玄関に入ってきた。怖い。
「ちょっと、警察呼びますよ?」
「待ってください待ってください。そんなんじゃなくてですねぇ~」
そういう男はスーツのジャケットを脱いだ。
「失礼しますねぇ〜」
その男はスーツを優しく畳んで傍に置く。
「では。…でもちょっと狭いかなぁ〜…」
失礼なことを呟くとビリビリビリとなにかが破れる音が聞こえてくる。
どこか聞き覚えのある音。するとその男の背後に黒曜石のような質感の黒いなにかが現れた。
その黒いなにかは生き物のように、テレビの衝撃映像で見たひび割れた大地のようにゆっくりと動く。
段々その黒いなにかが大きくなる。
「あぁ〜やっぱりちょっと窮屈だなぁ〜」
その男の言葉も聞こえているが気にしている余裕などない。その黒いなにかの全容が見て取れた。
それは私たちが想像するものではないが「羽」というものだと認識できた。
その黒い羽は滑らかに、そして高身長の海外の方が電車に乗るときのような
狭いなぁ〜とか天井低いなぁ〜と言わんばかりに窮屈そうにしていた。
「どおですか?これで信じていただけましたか?」
唖然としていた。目の前のことが現実とは思えない。
漫画やアニメ、映画などの悪魔や死神の羽と似てはいたがリアルさが桁違いだ。信じられない。
作り物にしてはCGなどをも遥かに凌駕しているクオリティーだ。
腰を抜かすのすら忘れ、ただ立ち尽くしていた。
「え…。え?」
とその男の顔を見る。すると今までその「羽」に気を取られて気づいていなかったが
その男の頭部、こめかみの上、髪の生え際辺りから「角」のようなものが生えていた。
そこで初めて尻もちをついた。足に力が入らないというのか、上半身が非常に重くなったような感覚というか
「どうしました?…、あ!なるほど。そうか、悪魔見るの初めての方ですか。
まあ、そうか。そういや先輩から言われたっけ」
そんなことを呟く男。その角は羽と同じく黒曜石のような質感で
光をあまり反射せず、吸収しているような漆黒のものだった。
「触ってみます?」
本来ならなんの素材かもわからないものを触ろうとも思わないはずだが
気づいたら手が伸びていた。その男は角を触りやすいようにしゃがんでくれた。
しかし、あと少しで触れるというところでやっぱり怖くなり手を引く。
「触らないんですか?大丈夫ですよ?
触れても熱くもないし、まあちょっとひんやりしてるくらいです。別になんの支障もきたしませんよ」
その言葉を聞いて、また手を伸ばす。人差し指の先が僅かに角に触れる。
少し怖くてまた引っ込める。人差し指の先を確認する。なんにもなっていなかった。
意を決して人差し指の指の腹を押し当ててみる。硬い。
黒曜石のように多くの面が存在していて、その面の端を触ってみる。
平気だとわかって人差し指1本から掌で触ってみることにした。
掌、そして5本の指で角を包み込む。たしかに微かにひんやりとしていた。
しかし私の体温で段々と暖かくなる。しかしここまできてもどこか「作り物」というのが拭えない。
角の生え際を見た。色白の肌の延長という感じだった。
「どうです?」
「あ、えぇ〜と…どう…。生え際って触っても大丈夫なんですか?」
「はい。大丈夫ですよ?」
角を下って生え際を触ってみた。皮膚の部分は柔らかく、角になって急に硬くなっているという感じだった。
「作り物じゃないんですよ〜。本物なのでね」
「これ…え…。これ…どうなってるんですか?」
「まあサイとかとおんなじ感じですかね」
「サイ?動物の?」
「ですねぇ〜。サイの角ってあれ元々「毛」なんですよ。
僕たち悪魔も…まあ似たようなもんですね。毛と皮膚を硬くして物質形状が変わったような感じ?」
「はあ…え。…えぇ?…」
「触りますねぇ〜。角気に入りました?なんか触り方エッチだなぁ~」
そんなことを言いながら笑う男。
「あ、羽も触ってみます?」
その男が背中を見せる。背中を見ると音の正体がわかった。
その男が着ていたYシャツの羽の生えている部分が破れていた。
「Yシャツ…」
「ん?あぁ、羽生やすと、まあ当たり前ですけど破けるんですよ。
でもその度その度Yシャツ着替えてたらめんどいんで、ジャケットは脱がせていただきました」
傍に丁寧に畳まれて置いてあるジャケットに視線を落とす。
「なるほどぉ〜」
妙に納得した。差し出された羽を触ってみる。基本的には角と同じ感触で
違う部分というと、動くためなのか、間接のような部分があった。
その間接のような部分は濃いグレーで質感はゴムのような、スフィンクスという猫の皮膚のようなものだった。
さすがにそこは触ってはいけない気がしたので触らないでおいた。
「羽は…どういうのでできてるんですか?」
「どういうの?角と同じ素材ですね。剥ぎ取ったら同じ素材だと思います」
「あ、素材とかではなく…なんて言ったらいいんでしょうか…えぇ~…どういった感じでできてるんですか?」
「あぁ!なるほど!構造的な話ですか!」
私はその男から視線を逸らさずに頷く。
よく見ればその男の瞳は黒目が丸ではなく、縦に細長い楕円形だった。
最初に感じた違和感はこれだと気づいた。
「羽はですねぇ〜…」
と言った後、数秒無言でその後腕を組み、視線は天井を向き、左右に揺れたかと思うと
「難しいなぁ〜」
と溢した。
「授業で聞いたのをそのまま言うと第四肋骨が脊椎に一度吸収され
背中の方からまた形成を始め、皮膚は破らず細胞が分裂し続け
種族、属性の物質に変化を遂げる。らしいです。って言っても
元々角や羽は生えた状態でいることが向こうでは当たり前なので、角や羽をしまっていたら、の場合ですが」
受けたことはないが医学部の講義を受けているようでさっぱりわからなかった。
「向こう?」
「向こうの世界。あぁ、人間が言うところの魔界ってやつですかね」
「魔界」
「はい」
いろいろと情報が追いつかないが、とりあえずさっき聞いたことを脳で理解しようとするが
「第四肋骨と脊椎くらいはわかりました」
とごく一般的なことしか理解できなかった。
「おぉ〜さすが小説家です」
「え?」
「あ、まだ小説家ではないんでしたね。失礼しました」
「え。なんで知ってるんですか?」
「いや、まあ、派遣されたので一応」
そんな会話をしているといつのまにか角も羽もどこかへ消えていた。
その後は先程角のあった部分の髪を直すように触る。
「あ、えぇ〜っと…まだ飲み込めてはいないんですが…
遅れましたけど、どうぞ上がってください。狭いですが」
とその男に上がってもらうことにした。
「すいません。では失礼します」
傍に置いたジャケットを取って羽織ってから先程僕が朝ご飯を食べていた席に座った。
「すいません。来客なんてないもんで」
役割を存分に発揮できていないどこか可哀想な冷蔵庫を漁る。
「あ、全然お構いなく」
「牛乳飲めます?」
「もちろん」
「じゃ」
牛乳を取り出し、冷蔵庫を閉め、夜用のグラスをちゃんと洗って牛乳を注いでその男の前に出した。
「すいません。お気遣いを」
その男の正面のイスに座る。ここ数ヶ月座っていないイス。
そのイスからの景色も新鮮だったし、なにより家(うち)に自分以外の誰かがいるというのも新鮮だった。
その男が牛乳を飲む。グラスを置く。グラスの中の牛乳が揺れる。
「で、すいません。なんでしたっけ」
「あぁ、すいません。本題がまだでしたよね。えぇ、改めまして。この度はご愁傷様です」
そう言って頭がテーブルにつくほど頭を下げる。
「はい?」
スッっと顔を上げる。
「市野星縁陣(せえじ)様。来年の今日。お亡くなりになられます」
…
なにを言っているのかわからなかった。ちゃんと聞こえた。聞こえたはずなのに
その言葉がボーって頭の中を駆け巡るような
ぼかしのかかった電車がゆっくり頭の中を走っているような。とにかく飲み込めなかった。
「…え?」
「来年の今日ですね。時間まではわかりませんが、あと1年ということになります」
「え…。え。え。え」
言葉が出ない。
「まあそうなりますよね。僕もいろいろ考えたんですよ。
あえてクラッカーパーン!って鳴らして、おめでとうございます!あと1年ですね!とか
毎晩毎晩…あ、市野様は毎朝か。寝てるときに耳元であと1年ですよーって囁き続けるとか。
でも結局この伝え方になってしまいました」
「え…。え」
いろいろとその男が言っているが頭に入らない。あと1年?お亡くなりになる?来年の今日?
「え…待ってください。え、オレの寿命があと1年ってことですか?」
「はい」
あっさり言われた。思わず頭を抱える。これは絶望とかではなく、ただ単純に処理が追いつかない。
ある朝悪魔と名乗る男が自分の元を訪ねてきて、嘘か誠か角や羽を生やせてみせた。
その後私に寿命を宣告した。どう考えても現実とは思えない。夢?
夢にしては角も羽も感触がリアルすぎた。でもまるで現実のような夢もたまにある。
「え…なんで…なんで死ぬんですか?オレ」
「心労ですね。ストレスとかそういうのから来る心筋梗塞ですね」
はっきりと死因を聞くとより現実味が増して心が落ちるのがわかった。
「え…え。え」
「ご愁傷様です」
とまたその男が頭を下げる。
「え。ん?え、その日死ぬのはオレだけなんですか?」
「さあ?そんなことはないんじゃないですか?
明日だって、なんなら今日亡くなる方もいらっしゃるでしょうし」
「その人の元にも行ったんですか?この日死にますよ!って」
「んん〜。私は行ってませんが、もしかしたら兄弟とか姉妹とか
友達とか親戚なんかが行ってるかもしれません」
「え、悪魔ってそんなたくさんいるんですか?」
「そりゃそうでしょ!私1人なわけないですよー!」
満面の笑顔になる男。その笑顔はテレビに出ているトップアイドルや
イケメン俳優なんかにも引け劣らないものだった。
「死ぬ人全員の元を訪れるんですか?」
「いえ、市野様は特別でございます」
「特別?」
「特別」と聞いたとき少し嬉しく、助かったと思った。
「はい。市野様は独身、彼女もおらずバイトでその日暮らしも同然。
夢である小説家を目指し日々努力をし、ネットに投稿するものの未だ芽は出ず
なんとも言えない人生を過ごしていらしたのでこうやってご忠告といいますか、をさせていただきました」
思っていたのと違った。徳が多いからとか、人に優しいからとか
努力し続けているから助けてあげましょうとかそういうものだと思った。
「あ、え…あぁ」
沈黙が訪れる。外を走るバイクの音。車の音。部屋の中ではニュースが流れている。
「すいません。朝早くにお邪魔しまして」
とその男が席を立つ。
「え…あ、はい」
「これ一応私(わたくし)の名刺です。LIMEのQRコードもありますので、なにかあればご連絡ください。
まあ、お力になれることは少ないかもしれませんが」
テーブルの上に黒い四角い紙を置く。白字で「デッラドール イバン ビガードン」と書かれていた。
その紙をボーっと眺める。水道を捻る音がして、水の音。キュッキュッっという音がする。
「失礼します。あ、牛乳ご馳走様でした」
そう言って玄関へ行く。力無く立ち上がり玄関まで送る。
革靴を履いたその男が扉を開く。柔らかな春の陽差しが眩しい。
3月、4月の「終わりの香り」がスウゥ〜っと入ってくる。
その男は外で私に一礼をしてから去っていった。扉がゆっくりと閉まり、眩しさが蓋を閉じた。
「終わりの香り」が段々と消えていき、いつもの自分の部屋の香りに戻る。
しばらくボーって立ち尽くす。ゾンビのような足取りでベッドまで行って顔から倒れた。
少し硬めの安いマットに顔が埋もれる。全然洗っても干してもいないマット。
シャンプーやらコンディショナーやら汗やら総じて自分の香りがする。思考が働かない。
つい先程言われたことを考えようとするが脳が動かない。
…
ハッっと目を開ける。いつもの天井。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
あれはやっぱり夢か。変な夢だったな。
そう思い、恐る恐るキッチンのテーブルに向かう。
夢でなければテーブルの上に黒い四角い紙に白字で名前の書かれた名刺があるはずだ。
恐る恐る向かうとパッっと見テーブルの上にそれらしいものはなかった。
「はぁ〜…」
テーブルに手をつき大きな息を吐く。
やっぱり夢か。悪魔。なわけないしな。ま、今度小説のネタに使うか。異世界もの?
あぁ、夢のまんま寿命を宣告する悪魔の話もおもしろそうだな。
そんなことを思いながら顔を洗うために洗面所へ向かった。
パチンと電気をつけ、水を出そうとしたときに背筋がヒヤリとした。
洗っていない歯ブラシがそのまま置いてあった。あれは夢ではない。
歯を磨いている最中にあの男が来て、急いで口だけ濯いで
歯ブラシは後で洗おうと放置していた。その間寝る時間なんてなかった。
あれは夢じゃない
サブイボがたち、頭を抱え、急いでキッチンへ向かった。テーブルの上に名刺はなかった。どういうことだ?
テーブルの下を見た。真っ黒な紙が落ちていた。手を伸ばし、紙を取る。
裏返すと白字で「デッラドール イバン ビガードン」と書いてあった。
その瞬間その男の顔、少し尖った耳、端正な顔立ちの笑顔
縦長の楕円形の黒目、角、耳が一瞬でフラッシュバックした。
確実に夢じゃない。信じられないが夢じゃない。あの角のあの羽も。
そしてあの話も
その名刺を持ったままイスに座った。「デッラドール イバン ビガードン」
「長ぇ名前…」
そう呟きながらその名刺に書かれたLIMEのQRコードを読み取る。
「イバン」とだけ書かれた人物が表示され、改めて夢でなかったことを思い知る。
追加ボタンを押し、ものすごくひさしぶりに友達を追加して最初の文を打ち始める。
「おはようございます。今朝お名刺をいただいた市野です。
お名刺のQRコードから友達追加させていただきました。
正直まだ悪い夢かと思っているところはありますが、よろしくお願い致します。」
送信ボタンをタップする。なんのトークもないトーク画面に始めの1文が表示される。なぜか少し嬉しかった。
「来年の今日。お亡くなりになられます」
あの男の言葉があの男の言葉で頭の中を巡る。少しの嬉しさが引っ込む。
とりあえずお昼ご飯を食べようと軽く着替え、財布とスマホを持ち
柔らかな春の眩しい陽差しに眉間に皺を寄せ部屋を出た。