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魔法少女の姿で紫水晶の杖に乗って空気を噴出し、かつグリュエーの追い風に後押ししてもらう。それが今のユカリの全速力だ。まるで凶兆を運ぶ流れ星のように紫と桃色の輝きが尾を引いて飛ぶ。それでも平野を走る万全のユビスには及ぶべくもなく、空気を吐き出し切ってしまえば再び同じ時間をかけて吸い込まなくてはならない。しかし雨に濡れた銀黒色のユビスには追いつくことができた。


ユカリは変身を解いて、濡れたユビスの縄梯子の如きあぶみを上ってベルニージュの背嚢を抱え込むようにその後ろに跨る。もはやレモニカとシャリューレの姿は地平線の内の青やかな草原のどこにも見えない。悪戯好きの宿命はレモニカ隠しを特にお気に召しているようだ。兆しも手がかりも見当たらず、天啓は降りて来そうにないので、近くの街へ向かうことにした。


「何から話してもらおうかな。いったい何の話をすればいいんだっけ? そうだ。まずは魔法少女の第五の魔法だね!」ユカリとの間に挟まった背嚢を前に移してベルニージュは言った。


「そんなの後で良いの。とりあえず、まずは助けてくれてありがとう」とユカリはベルニージュの背中に礼を言う。

「状況からして助けたとは言えないよ。自らを助けたユカリと再会しただけ」とベルニージュは素っ気なく言う。

ユカリは身勝手を謝る。「ごめんなさい。すぐに戻るつもりだったんだけど、ヘルヌスを追いかけて、あと少しあと少しって思う内に後戻りできなくなって。気が付いたら、気が付いて……あ、つまり気を失ってたんだけど」


「怪我はないの?」とベルニージュに気遣われて、ユカリは急に心の奥から安堵感が湧き出してきて、穴の開いた胸から零れ落ちないようにベルニージュの背中で蓋をした。

「ないよ。でも今思えばとても怖かった気がする。何といっても魔導書を全て奪われて、とても取り戻せない気がした。結局自分の力で取り戻したわけではないんだけど。それにしてもそれどころか魔導書を全て持っていても、シャリューレには敵わないと思った」


「そりゃ恐ろしいね。シャリューレが誰だか知らないけど」とベルニージュがあっけらかんとして言うので、ユカリは少しむっとする。

「本当なんだからね。あの剣技を、本当に剣技なのか疑わしいけど、目にしたらベルニージュだって……。シャリューレは……」

「順番に話して」


そう言われてユカリもまた何から話したものか、と悩む。


「そうだね。まずは、聞いてよ、ベル。レモニカってばライゼン大王国の王女様らしいよ。私もうそんなこととは露知らず、失礼なことしてないかな?」

「そこでユカリが疑問に思うってことにワタシが驚くくらい、失礼なことを何度もしてたよ」ベルニージュはユカリにもたれかかってからからと笑う。「訛りとか立ち居振る舞いでライゼンだろうとは思ってたけど、大王国の王族とはね。でもレモニカなんて王女は聞いたことがない」

「それってやっぱり呪いが理由で隠されていたってことかな。そういう話、レモニカに聞いてなかったね。聞けなかったんだけど。出生とか故郷とかさ」


一介の狩人の娘ラミスカが、ミーチオンのお喋り娘ユカリが、ライゼン大王国の王女レモニカを不憫に思う。

ユカリはユビスがいつもより張り切っていることに気づいた。流すような走り方ではなく、全身に、躍動する筋肉に強い意志が籠っている。ユビスもまたレモニカを取り戻したいと思ってくれているのだ。


ベルニージュが先を促すように言う。「それで、シャリーってのは何者なの? たぶん偽名だろうけど」

「それがさっき言ったシャリューレ。シャリューレが本名みたいだね。レモニカの親衛隊だか近衛兵だからしくて、レモニカを取り戻すこともシグニカに来た目的の一つなんだって言ってた。そのために、レモニカの情報を得るために、持っていた魔導書を全てこちらに引き渡すくらいにね」


ベルニージュは何かに引っかかった様子で言う。「シャリューレ。一人だけ有名人を知ってる。たしか、かつて大陸一の剣士と謳われた尼僧兵。でも救済機構を裏切ってライゼン大王国側に情報を流し、だけどライゼンによって処刑された。もちろん殉教ともみなされず、裏切り者として救済機構の歴史に名を刻んだ」

「シャリューレは生きてるけど。でも大陸一の剣士って話は真実味がある。救済機構の尼僧って話は、……改宗したのかな。そういえば殉教したと聞いていたメヴュラツィエもまだあの時は生きていたし、実はかつてのシャリューレも生き延びてライゼン大王国側についた、ってこと?」

ベルニージュはあまり興味を惹かれなかった様子で答える。「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。それはともかく問題は――」


「レモニカがシャリューレの近くで元の姿に戻ったこと、だよね」とユカリは確認する。

「うん。素直に受け取るなら、シャリューレが最も嫌いな生き物がレモニカってことだけど」

誰も見ていないがユカリは首を横に振る。「とてもそうは思えないよ。確かに大仕事・・・のついでだって言ってたけど。レモニカのために魔導書を投げ打ったんだもの」

「大仕事?」


ユカリは、救済機構から魔導書を奪うというシャリューレや盗賊たちの作戦について話す。ベルニージュもまたドボルグと接触してそのことを知っていた。


「少なくとも大仕事が終わるまでは、レモニカがライゼン大王国へ連れ去られることはないよね?」とユカリはあるべき答えを求めて問う。

しかしベルニージュは冷静に指摘する。「それこそレモニカのために魔導書を差し出す人だからわからないよ。そのままライゼンに帰ってしまってもおかしくない。それに連れ去られるって、一応レモニカの故郷でしょ?」


ユカリは痛いところを突かれて狼狽する。


「いや、まあ、そうなんだけど。レモニカもいい歳だし、何歳だっけ? 家出なんて言われてたけど他人にとやかく言われる筋合いはないんじゃない?」

「忘れたの? 十七歳でしょ。ユカリと二つ違いだよ。そうは言っても立場が立場だからね。王女という身分には重い責任が伴うんじゃないかな。想像だけど」


王族に生まれた重圧などユカリには想像もできない。壮大な王宮、絢爛な財宝、偉大な軍団、四阿あずまやで微睡み、異郷の詩歌に心を浸す、だけではないのだ。


「そういえばネドマリアさんはどうしたの?」とユカリは尋ねる。


ベルニージュによると、ドボルグを含め、かの盗賊団の中にはかつて人攫い集団として恐れられた人喰い衆の残党がいて、ネドマリアはその伝手を利用して生き別れの姉探しをしているらしい。

ユカリは、ミーチオン地方のヘイヴィル市の路地裏でネドマリアを最後に見た時のことを思い出す。ユカリの意識は迷宮都市ワーズメーズの運営委員長ショーダリーの中にあって、その最期を盗み見、盗み聞いていたのだ。


「ネドマリアさんにこき使われているのだとしたら、ドボルグたちはもう大仕事に参加しないのかな」


ユカリはそう言って、ネドマリアの君臨する盗賊団を想像して少し微笑ましく思う。


ベルニージュは推測しながら答える。「どうだろうね。相当大きな儲け話らしいし。ドボルグたちも諦めがつかないんじゃないかと思うけど」

「でもシャリューレさんがライゼンに帰ってしまったら大仕事自体が不発に終わるはずだよね。報酬がなければ魔導書なんて……いや、盗賊団の獲物の一覧表に魔導書が載ってたんだった」


盗賊団の地下の塒で世話役のレシュとともに眺めた羊皮紙をユカリは思い出す。数々の宝石とそれにまつわる物語、そしてシグニカに伝わる四つの魔導書について記されていた。

『至上の魔鏡』は真珠飾りの冠だった。その名の由来は水鏡になぞらえているのだろうか。

『珠玉の宝靴』は瑪瑙に彩られた靴だった。美しいが履きにくい、とユカリは評価する。

残るは『神助の秘扇』、そして『深遠の霊杖』だ。


「シャリューレに依頼されて下調べしたんじゃない?」

「ううん。廃墟の密会で聞いた話では大仕事の獲物が魔導書だってこと、ドボルグは初耳らしかった」

「なるほどね。シャリューレなしでも大仕事を行う可能性もあるか。危険性は高いけど儲けも大きい。ただの盗賊に上手くさばける品だとは思えないけど。ユカリが何を考えてるか当てようか?」


唐突にベルニージュにそう言われてどきりとする。特にベルニージュに隠して考えていることはなかったからだ。平たく言えば何も考え事などしていない。


ベルニージュは得意そうに指摘する。「大仕事の決行と共にワタシたちも救済機構に乗り込んで、魔導書を横取り! もしシャリューレが参加したならレモニカも近くにいるはず! でしょ?」

「……よく分かったね」


そういうことにしておく。


「手に取るように分かっちゃうね。ユカリは分かりやすいから」ベルニージュは後頭部をユカリの胸にぐりぐりと押し付ける。「あ、ごめん。一つ言ってなかった。ユカリの胸の怪我? 傷? レモニカにばれちゃった」

「ええ!? 何で話しちゃったの?」と言ってユカリはベルニージュの赤い髪と白い額を見下ろす。

「話しちゃってないよ。勘付かれたの。というかワタシとユカリの内緒話を聞かれてたんだね。とりあえずもう傷は癒えてるってことにしといたから」

「そう、ありがとう」


「別に話して構わないと思うけどね。いい歳・・・なんだから受け止めるでしょ」

「だとしてもあまり負担をかけたくないんだよ」とユカリは重苦しい響きを込めて言う。

「過保護だなあ。これはあれかな? また始まっちゃったかな?」とベルニージュは呆れたようなからかうようなことを言う。


「何の話? またって?」

「やんごとなき贔屓」と自分で言ってベルニージュは噴き出す。「何ていったっけ? ハウシグ王国のお姫様と会った時のユカリの慌てっぷりったら」

「アクティア姫ね。真面目に聞け」と言ってユカリはベルニージュの頭を両手で挟んでぐらぐらと揺らした。

笑うベルニージュが静かになるのを待ってユカリは続ける。「ベルだって同じことすると思う」


ユビスの足は徐々に本領を発揮すべく加速しつつあった。その長い毛が春の陽気に乾かされ始め、体が軽さを取り戻し始めている。


「……どうだかね」とベルニージュは言った。

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