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半年間は強い頭痛が続いた。
飯島翔太のすすめで脳神経外科で精密検査をしたが、脳に異常は見つからなかった。
彼が私の不安に寄り添ってくれて、私は幸せで穏やかな日々を過ごしていた。
翔太から博貴を訴えるように提案されたが、そんなことをする気にはなれなかった。
博貴に慰謝料を請求することもやめた。
私は結婚したからには、婚姻関係を継続することに執着した。
博貴が5億円を費やし、なぜ私の再教育をしようとしたのかずっと考えていた。
私は彼が執着したのは、彼を敬い愛していた私だと気づいた。
病める時も健やかなる時も、愛し敬うことの誓いを先に破ったのは私だった。
私は飯島翔太を知った時から、博貴から心が少しずつ離れていった。
博貴が事業に失敗した時は、彼を出来る男として尊敬していた気持ちがなくなった。
彼がいつまでも、現状と向き合わずプライドばかり高い姿を見て幻滅した。
それでも人生のパートナーとして選んだ相手だから、上手くやっていこうとした。
彼は私の気持ちの変化に気がついていたようだった。
私のことを詐欺師とまで罵りながら、付き合っていた頃の私を夢見る彼を傷つけたのは私だ。
あれから1年の時が経った。
「御影社長の性加害については知らなかったと言うことで、三ツ川商事では通すから」
田中室長の言葉に私は胸が痛んだ。
御影社長はモデル達から訴えられていた。
彼の立場を利用した同意のない行為は犯罪に当たると、最近はそのニュースばかりだ。
はじめに声をあげたモデルは、博貴とアトリエを訪問した日に全裸で呆然としていたモデルだった。
被害届も出されていて、近々逮捕起訴されると言われている。
(本当に犯罪行為をしてたんだ⋯⋯私もうっすら気がついてたからあんな夢を見たんだよね)
私は御影社長がやっていることに何となく気がついてたからこそ、自分が被害に遭うような想像をしたと思っていた。
あれは、私の中にある知らないふりをしている罪悪感が見せた夢だった。
「末永さん、顔色悪そうだけど妊娠してるんじゃ」
「田中室長、それはセクハラです」
田中室長の指摘に、私が教育係として仕事を教えている新人の佐藤さんが声をあげた。
私は飯島翔太と入籍したが、旧姓のまま働いていた。
「そんな恐れ多い! 僕が末永さんにセクハラなんてするわけないじゃないか。末永さんのご主人は天下の飯島製薬の次期社長だよ」
おどけたようにいう田中室長に私は困ってしまった。
確かに、こんな気の遣われ方をすると働きづらいから、翔太が身元を隠したかった理由も分かる。
「私はここでは末永亜香里です。しっかりこきつかってくださいね」
私が言うと田中室長の顔が柔らかくなった。
「本当に、桜井君と結婚した時は絶対うまくいかないと心配したよ。彼、職場の上下関係をいかにも家庭に持ち越しそうだったからね。そうだ、鈴木さんから君に手紙が来てたよ」
うまくいかないと思っていたなら教えて欲しかったが、今が幸せだから別に良い。
「鈴木さんって、派遣をしていた鈴木菜々子さんですか?」
私の言葉に田中室長が頷き手紙を渡してきた。
急いで手紙を読むと、私への謝罪と、あの後、博貴と結婚したがモラハラに耐えきれず直ぐに離婚したことが書かれていた。
お昼のチャイムが鳴る。
「あの、すみません。私、午後休をとっているんで失礼します」
今日は翔太と待ち合わせしてランチをした後、ウェディングドレスを選びに行く予定だ。
「この2着、どちらも良いよね。違った亜香里ちゃんの魅力を引き出してくれてる。2着とも買ってお色直しで着替えれば良くない?」
ウェディングドレスの試着をしていると翔太が幸せそうに語りかけてきた。
プリンセスラインと、マーメイドラインのドレスだ。
どちらも素敵過ぎて、私に似合っているかは自信がない。
「翔太さん。お色直しでまた違うウェディングドレスを着るって⋯⋯あんまりないかと」
私は2回目だしあまり華美な結婚式をすると、周りがどう思うのか気になってしまう。
「亜香里ちゃん、今、何考えているの? また、1人で悩もうとしている?」
すかさず私に聞いてくる翔太に心が温かくなった。
彼はこうやって私の気持ちをすぐに聞いてくれる。
彼は私が居心地よく過ごせる環境を作るのに、いつも気を回してくれた。
彼の実家に挨拶に行った時も不安でいっぱいだったが、既に歓迎ムードになっていた。
「私は結婚が2回目だから、あんまり派手にしたら周りから笑われそうで⋯⋯」
この場で告白すると、白けてしまいそうな悩みを翔太に吐露した。
「亜香里ちゃんの気持ちを無視してハイテンションで進めちゃってごめんね。俺、前の結婚式の準備の時も、これが俺と亜香里ちゃんの結婚式だったら良いのにってずっと思ってた⋯⋯だから、亜香里ちゃんとの結婚式が現実になって突っ走っちゃったかも。気持ちを話してくれてありがとね」
優しく私に寄り添ってくれる彼にホッとした。
「私も、本当はこの2着とも着てみたい。お色直しもウェディングドレスでいってみようか。それから、結婚したんだから亜香里ちゃんじゃなくて、亜香里って呼び捨てにして」
私の要望に翔太がニヤリと笑った。
「じゃあ、亜香里も夫婦なんだから翔太って呼び捨てにしてね」
「もう、とっくに心の中では呼び捨てにしているよ翔太!」
くすぐったいような幸せな時間を、私は今過ごしている。
帰り際、ふと宝くじ売り場が目に入り、走馬灯のようにあの地獄の記憶が蘇った。
「翔太は宝くじって買ったことある?」
「ないけど、馬券は買ったことあるよ」
「えっと、馬券と宝くじは違うと思うけど⋯⋯」
宝くじは貧乏人に課せられる税金と言われるくらいだから、セレブ育ちの翔太には縁がないのだろう。
確かに、宝くじを買った時の私の心は不満だからけで貧しいものだった。
生涯、添い遂げようと誓った博貴に対して嫌悪感ばかり募る日々。
子供が欲しいのに一向にできず、どこかで人生を好転できないかと運に頼った。
「くじだよね。亜香里が欲しいなら買おうか」
私は宝くじ売り場に近づく、翔太の手首を慌てて掴んだ。
彼は元々大金持ちだから、当選したところで人間が変わることはない。
しかし、地獄のようなタイムリープを経験するきっかけとなった宝くじに私は恐怖を感じていた。
「まあ、当たらないだろうな。運は使い切ったし」
「え、いつ運を使い切ったの?」
「亜香里と結ばれた奇跡を呼ぶ時に、一生分の運を使ったんだよ!」
夕暮れに照らされた翔太が私に微笑みかける。
私はその屈託ない笑顔に、前回の当選金の前後賞2億円を隠している罪悪感を少し覚えた。