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ガキィン!
鋭い金属音がして、それと同時に武尊は大和と折り重なるように地面に転がった。
「いてっ!」
日常生活でこんなふうに地面に倒れることなんて滅多にない。受け身の取り方も知らない武尊は一瞬息が詰まったが、何とか四つん這いの態勢になって顔を上げた。
「!!!」
漆黒の闇を切り裂くような、鈍色の一筋の光。
目の前に日本刀を構えた男性がこちらに背を向けて立っていた。黒い短髪にスーツ姿で、手に持っている武器との時代錯誤感が激しいにもかかわらず、なぜか違和感がない。まるでその刀と一緒に生まれてきたかのようにぴったりで、お互いの意思が通じているかのように動きも滑らかだった。
「お前ら、何者だ?」
男性は振り向かず、大蛇を凝視しながら叫んだ。
「え?」
「八岐大蛇が見えるんだろう? 剣は持ってないのか?」
「も、持ってません」
「じゃあ下がってろ!」
男性は刀を構えると、素早く地面を蹴って走り出した。七つと一人の大蛇の頭がいらただしげに彼を追った。
「……さあ、こっちへ」
いつのまにか別のスーツ姿の男性が二人、武尊たちのそばまで来ていた。スポーツ刈りの男性はがっしりとした体つきで、さっきの男性と同じように腰に刀を下げている。もう一人は背は高いものの優男で丸腰だった。それなのに刀を持った男性の方が武尊たちの元に残って、丸腰の男性が大蛇の方へ向かって走り出した。
「……その制服、ここの学生なのか?」
スポーツ刈りの男性に聞かれて、武尊は少しドギマギした。
「は、はい!」
「高校生か、ちょっと若いな……」
男性はただでさえ少しいかつい眉根を更にギュッと寄せて厳しい表情をした。
「私は渡部綱。渡辺綱の代行者だ。君たちはどの代行者の転生者だ?」
……一瞬時が止まって、武尊は何も言えなかった。
(……この人は一体何を言っているんだろう?)
一方大和は真剣な表情で、男性が腰に下げている刀を凝視していた。
「……その刀、見覚えがある、気がします」
「鬼切安綱だが?」
男性は不審そうに大和を見た。
「何言ってるんだ? 記憶がないのか?」
武尊ははっとした。
「そ、そうなんです! こいつ前世の記憶があるらしいんですけど、ぼんやりとしか覚えてないらしくて。でもなぜか俺と一緒だと思い出すみたいなんです」
「何だと?」
その時、地面からう〜んという女性の唸り声がして、三人ともはっと会話を止めた。稲田先生が気がついて、地面から起き上がるところだった。
「先生! 大丈夫ですか?」
「大山君? あれ、私は一体どうして……」
ザクっと肉を断つ音がして、男と女の声が二重になったような叫び声が響き渡った。先程のスーツの男性が大蛇の背後に回り込み、尻尾を断ち切ったところだった。
『ぎゃああああああああ!!!』
のたうちまわる大蛇の尻尾の先から、吹き出す血と共に一振りの剣が現れた。
「須佐殿!」
「はい!」
丸腰の優男が飛び出して、躊躇うことなく血飛沫の中の剣を掴んだ。そのまま稲田先生を背中に庇うように着地して、大蛇の目の前に立ちはだかった。
と、須佐と呼ばれた優男が握った途端、突如剣が神々しいばかりの光を放ち始めた。
『ぐうぅ』
眩い光に目が眩み、大蛇が苦しそうに顔を背けた。
「やぁっ!」
須佐が剣を思い切り振るった。元の剣の長さの何倍にも伸びた光が走り、辰巳の体と、七つの首の根本が集まった大蛇の胴体を一刀両断にした!
『ああああああああ!!!』
断末魔の叫び声が響き渡り、あまりの恐ろしさに武尊は思わず耳を塞いで目をぎゅっと瞑った。
それから何分くらい経っただろうか。
「……大山」
大和の声に恐る恐る目を開けると、いつのまにか大蛇の姿は消えていて、武尊の知っている人間の姿に戻った辰巳が地面にうずくまっていた。しかしその体はすでに半透明で、わずかに残った魂の欠片が、最後にこの世にかろうじて留めているだけの姿のように見えた。
彼女は真っ二つに割れて地面に落ちたペンダントを震える指で拾い上げ、大事そうに胸に抱えた。鬼灯色ではなくなった両目から涙がとめどなく溢れ出ていた。
『カズマくん、どうして私を捨てたの?』
一陣の風が、彼女の魂を散らすように彼らの間を通り抜けた。シャリンと音がして、風が去った後、辰巳花の姿は消えて無くなっていた。彼女のいた場所には、彼女が大事そうに拾っていた割れたペンダントだけが虚しく残っていた。
と、急に風に乗って、今までしていなかったはずの生臭い腐敗臭が漂ってきた。
「八岐大蛇の結界が外れたな」
スーツの男性が目配せすると、他の二人は素早く行動に移った。須佐が稲田先生を抱え、渡部が武尊と大和に手を貸した。須佐と渡部が武尊たちとその場を離れるのとは反対に、スーツの男性は一人で廃屋の更衣室へと向かった。
「あの、あそこは……」
武尊の言葉を渡部が遮った。
「また詳しく説明するから、今は一刻も早くここを離れなければ」
「でも、あの人は……」
「頼光様なら心配いらない。もうすぐ応援もくる。死体のある現場にはなるべく居合わせないほうがいいんだ」
死体、という言葉を聞いて武尊は言葉に詰まった。渡部に急かされて歩みを進めつつも、振り返らずにはいられなかった。
(あそこに……)
失踪したクラスメイト全員の遺体が隠されていたのだろうか。
「奴らの結界内はこの世から隔離されて、普通の人間には見えなくなる。我々でも探すのは至難の業だ」
渡部はそれ以上は語らず、武尊もそれ以上は質問しなかった。虚しさに胸の中が冷え、温もりを求めるかのように無意識に大和の服の裾を掴んでいた。