テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
父さんに渡された聖遺物を握り、紫の光が僕の視界を覆った後…。
次に僕が意識を取り戻したのは…。 数歩先も見えない程の暗闇の中だった…。
「…なにが…起こったんだ…?」
頭が痛い…喉も酷く痛む…。それに真っ暗だ…。 ここは何処だろうか…? 空気はカビ臭いし…嫌にジメジメしている…。
一度…ここは地獄なのかとも思ったが… 壁のゴツゴツした岩肌らしき触感や、湿った空気に、何処かから反響して聴こえる水滴の落ちる音…。
それらの要素を鑑みると…、ここは何処かの洞窟の中だと分かった…。
死んだ訳でも、失明した訳でも無いと分かれば少しは気が楽になった…。
魔術を使えない人間であれば、この暗闇は致命的だが…、幸いな事に僕は魔術の心得がある。
…呼吸を落ち着け…体内の魔力を練る…。
「セレノフォト!(明かりよ!)」
僕が人差し指を天に突き立て、呪文を唱えると…、 貧血の時のような感覚の後に…人差し指が淡く発光した…。
魔力由来の蒼白い光が、冷たくこの空間を照らす…。
蝋燭一本分程の明かりだったが、足元を照らす分には十分だ…。
しかし、予想通りここは洞窟の中だった…。 こうもりは天井で群れをなして眠り、不愉快な虫たちも居た。 地下水が染み出し、小さな水溜りが幾つもあったが…。 幸いな事にそこまで険しい地形の洞窟ではなかった…。
基本的に一本道のような構造になっていて、僕はとりあえず傾斜になっている道を進み、出口を目指した…。
時折、天井から染み出した水が滴る音が響く。 靴の裏が湿った土を踏みしめるたびに、ぬかるむ感触が伝わる。
ここはどこなのか、どうしてこんな場所にいるのか…。考えようとしても、頭が痛くて思考がまとまらない。
それでも歩き続けるしかなかった。
……そして、数十分ほど歩くと、前方の闇の奥に、かすかに光が見えた。
出口だ。
脚を速める。光はだんだんと大きくなり、足元の岩肌がほのかに照らされる。 地表はもうすぐそこだ。
しかし…あれ程恋い焦がれて来た日の光だと言うのに何処か胸騒ぎがして…、歩みが止まる…。
ふと…周りに目をやると、こうもり達はまるで何かに怯えるように飛び回り…。 空気は重く、稲妻が走るかのように緊張感を孕んでいた…。 全身の毛が総毛立ち、自分の中の第六感が逃げろと警鐘をかき鳴らしている…。 しかし、身体は動かない…。
やがて、何かがこちらに向かって来るような…そんな足音が聴こえた気がした…。 ヒタ…ヒタ…と音を立て、決して走ってはいない速度で…、勝利を確信した捕食者のように。
そしてついには、その足音の正体をこの目で見てしまった…。
洞窟の外からやって来た、その足音の主は…基本的な種の形としては、狼に似ていた…。
しかし、体躯の大きさは大人の人間を簡単に丸呑みに出来る程に大きく…。 気高く、知性を感じさせる鋭き黄金の瞳…。 まるで全てを呑み込んでしまうかのような黒色の毛並み…。
その狼がこの場に存在するだけで、辺りは緊張感に包まれ、息が詰まった…。 確実にそれは人の人知をゆうに越えた存在である事が分かった…。
僕は…呆然としていると…その大狼は僕の手前で歩を止め、その大きな口を開いた…。
「…私が恐ろしいか?虚弱なる鱗ある子よ。」
…なんと、その狼は人の言葉を巧みに操り…こちらに話しかけて来たのだ…。
…僕は…あまりの衝撃と威圧感に、
詰まった言の葉が喉から出ることはなかった…。
…とにかく…恐ろしかった。
「そう恐れることはない。
私はいつでもお前を喰い殺すことは出来るが…。
少なくともお前の態度次第では、そうしないと約束できるだろう…。」
その狼の声は女性の物だった…。
静かに降る雪のようでありつつも、支配者たる…確固たる知性を持った者の声だった…。
「…もっ…目的は…?…私に…慈悲をお掛けになる…その目的は…何なのでしょう…?」
返答次第では殺されてしまう…。
僕は…心臓を掴まれたような心持ちの中…質問を投げかけてみる。
「…哀れなる人の子よ。
…貴様らの信じる神々の守護下からも外れたこの魔界では…、爪も、牙も持たぬ、人間の子供など…一夜を待たずとも魔物に襲われ、骨すら残らなかっただろう…。」
「こ…ここは魔界なのですか…!?」
僕はあまりの事実に驚愕する…。
魔界と言えば…今まさに魔王と人類が大戦争を続けている最中(さなか)の大陸だ…。
「…人の話を遮るとは、結構な事だ…。
そうして今も生きて居られるのも、私がお前を洞窟の奥へと隠した事によるものだと、お前はその小さき心に刻むべきである。」
「…私を救って下さったのですか…?一体…魔物の貴方が…何故…?」
僕は失言を続けてしまうが、否が応にも口が滑って、言葉は続いていってしまった…。
大狼は不機嫌そうな仕草をしながらこう言った…。
「…私は魔物などではない。人々は私をパラティヌスのルパと呼ぶ。貴様も鱗ある者であるならば、そう呼ぶと良い。」
「…パラティヌス…のルパ…ですか……失礼は重々承知しておりますが…その…鱗ある者とは私の事をおっしゃっているのでしょうか…?
…それは一体…何なのですか…?
私の身体に張り付く、この忌々しい鱗と関係があるのですか…。」
パラティヌスのルパは、その美しき黄金の瞳を細める…。
「…まず、この私が手間をかけてまでお前を救った理由は、
遥か太古の昔に この私が乳母を務め育て上げた人間の血を…お前が継いでいるからだ。」
「その人間の名はアスカリオス…。
ホルテイアの蛇の女神であるアギステラと、エルコンドのアンティポス王との間に産まれし子であり…。
…お前と同じように鱗を備えて産まれてきた子である。」
僕はアスカリオスという名に聞き覚えがあった…それはエルコンド大陸を創り上げた、神話の時代の建国王の名だった…。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!